童顔の戦鬼は、女勇者を説得する。
「それはつまり、契約関係になる、ということか?」
ヴィランの声音には、戸惑ったような色がにじんでいた。
「どういう意味だ?」
「嫁のフリをしてそばにいろ、と言われた気がしたんだが……そうではなかったのか?」
「あー、まぁ、俺としては別にそれでも構わねーけど」
ラセツは両手を広げて肩をすくめてみせる。
彼女を気に入った、とは言ったが、出会ったばかりのヴィランに、共感以外の深い感情を抱いているわけではない。
外見はとても好みだがそれは置いておいて、契約として夫婦のふりをするだけでも別にいいとは思う。
が。
「フリだけで予言が達成されるかーどーかは、俺には分かんねーぞ?」
「……それもそうか」
「大体、いつまで一緒にいる? 予言を成就させないつもりなら、先は長いぜ? それなら本物の嫁になってもいいだろ」
一生夫婦のフリを続けるのなら、それはもはや本物ではなかろうか、と思う。
「俺としちゃ、お前さんなら本物の嫁でもいい、とは思ってるが」
「もっ、もしそうなるとしても、その前に確認しなければならないこともある!」
露骨に慌てるヴィランに、ラセツは首をかしげた。
「確認しなきゃならねーこと?」
「貴様は強いから、魔王以上に厄介になる、という話に関してはうなずけるところもあるが……それでも、今聞かされただけで信じられる話ではないだろう!」
「ふむ」
言われてみればそうかもしれない。
ラセツはその場にあぐらをかいて、アゴを撫でた。
見た目のわりに偉そうな仕草だと言われるが、クセである。
「ならどうする? 予言を教えてくれた奴のところに行ってみるか?」
「本当のことならば、私としても放ってはおけないからな……それも一つの手だとは思うが」
そこで、ヴィランは眉をハの字に曲げて悩ましげな顔になった。
「真実だと分かったら、私は貴様の嫁になるかどうかを選ばなければならんのか……」
大魔王も倒していないのに、と漏らす彼女に、ラセツは問いかける。
「そんなに嫌なのか?」
「嫌だとか以前に、初対面の男と添い遂げろと言われて誰が納得するんだ! 親が決めた許嫁というわけでもないのに!」
許嫁なら初対面でもいい、というのも不思議な話だが。
「でもそもそもお前さん、負けて俺に命を預けたんだろ。今の時点で本当なら選択権とかねーわけだが」
「うぐっ……!」
負けたことを指摘してやると、ヴィランは言葉を詰まらせる。
直情型っぽいから、目の前の話に集中し過ぎて忘れていたのかもしれない。
抜けてるなぁ、と思っていると、ヴィランは体を支えていた剣から手を離して地面に四つ這いになると、ガックリとうなだれた。
「……死か、結婚の二択……!」
「だから殺す気はねーって」
「だが、死ぬ以外の理由で見逃す気はないんだろう!?」
「そりゃもちろんだ」
権利は権利である。
「わ、私はどうすれば……」
剣を地面から引き抜いて鞘におさめたヴィランは本気で苦悩しているようだ。
ラセツはおかしくなって、笑いながら助け舟を出した。
「まぁ嫁になるに関しちゃ、無理にとは言わねーよ。が、しばらく一緒に旅するくらいはいいだろ。その間にお前さんもなびくかもしれんしな」
「そんなことにはならん!」
即座に否定してから、ヴィランは話を戻した。
「だが、今その気がないのに、やがて世界を滅ぼすというのもおかしな話だな、考えてみれば」
「そーだな」
「しかも、嫁探しとそれにどんな関係があるかも、冷静に考えたらよく分からない」
「言っただろ。そいつは俺に訊かれても知らねーんだよ。その二つしか言われなかったしな」
「貴様はそれを信じたのか?」
「半々ってとこだな」
正直、顔なじみの言葉でなければ全く信じなかっただろう、とは思う。
ラセツの気持ちは、ちょうど今のヴィランの気持ちとよく似ていた。
「でも、お前さんがめんこいと思うのは本当だし、縁があればいいとは思うけどな」
「そこに話を戻すな!」
「何でだよ」
口にしなければ伝わるものも伝わらないのだから、普通は言うものだと思うが。
「ま、どっちにしろお前さんは、俺と一緒に来るほうが得すると思うぜ」
「なぜだ?」
「もし仮に、俺が嫁を取らずに世界を滅ぼそうと思ったとして。その時、お前さんは今のまんまの強さで俺を止められるか?」
頭の後ろで両手を組んで問いかけたラセツに、ヴィランは答えなかった。
「お前さんは、守りたい奴らを守るために、ここに来たんだろ?」
「……その通りだ」
「だが俺は、お前さんより強ぇ。なら止められねーよな」
「ぐ……」
ヴィランは、悔しそうな表情を浮かべて拳を膝の上で握り締める。
負けず嫌いなのだろう。
事実を理解していても、認めたくはないのだ。
だからラセツは、話を先に進めた。
「しかしだ。今日から俺が稽古をつけりゃ、お前さんは今よりさらに強くなれる。それだけでもついてくる価値はあると思わねーか?」
自分たちの関係はねじれている。
ラセツはヴィランの命の権利を握っているが、結婚を強要するつもりがない。
逆に彼女はノブナガを倒したいらしいが、こちらの話を聞いてそれも放っておけなくなっている。
ーーーあいつを倒すと言えば。
そこで一つ思い出したラセツは、彼女を丸め込むことに決めた。
「そういや俺は、さっきのお前さんの話を聞いて、一つ気になることがあったんだよ」
「私の話?」
「おう。仲間を置いて一人でこの場所に来た、と言ったが」
指を解き、パシン、と左手でヒザを叩いたラセツは、片目を閉じる。
「ーーー実はもしかして、お前さん、西の連中に体よく追放されたんじゃねーか?」
そう告げると、彼女はいぶかしげに言い返してきた。
「……どういう意味だ?」
「勇者ってことは、海の向こうではそれなりに強かったんだろ? 西の魔王とやらをせっかく倒したってーのに、それより強い奴が国に残ってたら権力者は落ち着かねーだろうしな」
「何をバカな。そんなわけがないだろう」
予想通りに彼女は否定した。
ラセツはニヤリ、と笑い、今度は提案する。
「だから、そいつらが何を考えてたかも、ついでに聞きに行こうぜ」
「聞く? 誰にだ?」
「俺に予言をした奴は、過去を視るも遠くを視るも得意な奴でな。そいつに頼んで、ちょっとした賭けをしようじゃねーか」
ピッ、と右手の人差し指を立てたラセツは、言葉を重ねる。
「俺は、西の連中がヴィランを利用してからこの島に追放したほうに、お前さんは、西の連中が裏切ってないほうにそれぞれに賭ける。どうだ?」
話が読めないのか、ヴィランは眉をひそめた。
「……私が勝った場合の報酬は?」
「もしお前さんが勝ったら、お前さんに命の権利を返して自由にしてやる」
そう告げると、ヴィランの目が少し力を取り戻したように見えた。
上手く乗ってきたようだ。
「なんなら、その後に俺が大魔王とやらを倒すのに協力してやってもいい。が、当然、ウマい話ばっかりじゃねぇ」
「分かっている。私が負けた時は?」
ここで直接嫁になれ、というのは簡単だ。
が、それでは面白くないので、ラセツは少しひねった提案をした。
「そうだな……俺が勝ったら、お前さんが俺より強くなるまで一緒にいる、ってのはどうだ? 当然、大魔王とやらを倒すって話は、しばらくお預けだ」
そもそもラセツに勝てないようでは、ノブナガに勝つのも無理である。
こちらの提案にしばらくジッと考えていたヴィランは、やがて真剣な顔でうなずいた。
「良いだろう。貴様の話が真実であろうとなかろうと、修行はしなければならないと思っていた。なにせこの国での私は、ただの鬼の子に負ける程度だからな」
「根に持ってんなー。でも、本当の話じゃねーか」
「むぅ……だがさっきの話を聞いたら、どう考えても『ただの』ではないだろう!」
「今は世界を滅ぼすほど強かねーよ」
仲間たちや両親が本気になって複数でかかってきたら負けるだろう。
それでも、彼らがそうしたくない、と言うからラセツはわざわざ嫁探しの旅に出たのだ。
「後、俺のことは貴様じゃなくて、名前で呼べよ。これからしばらく一緒にいるんだしよ」
よっ、とラセツは立ち上がって彼女に手を差し出す。
「行こうぜ。善は急げ、だ」
「ああ」
こちらの手を取って立ち上がるヴィランを眺めながら、ラセツはニヤニヤと笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
結局『殺せ』という自分の最初の願いが反故にされていることに、賭けに釣られてまるっきり気づいていない辺り、本当に純粋で少し間が抜けている。
「なんだ?」
「いんや、なんでもねーよ」
問いかけてくる彼女にすっとぼけたラセツは、海と反対側の斜面を指さした。
「今朝出てきた村が向こうにある。とりあえず、今日はそこで泊まりだ」
「いいだろう。……だが貴様、負けた時に賭けの件をなかったことにしないだろうな?」
「そんなことはしねーよ」
だまくらかしはするけどな、と思いつつ、片目を閉じる。
「なぁヴィラン。この世はどうしようもなく弱肉強食だが、その分、色んなことを好きに決められる」
ラセツは念押しする彼女の美しく凛々しい顔を見つめながら、トントン、と自分の胸元を叩いた。
「―――だから俺は、自分で決めた約束ごとだけは守るんだ」