童顔の鬼神は、女勇者をいい場所に案内する。
「……ハーフエルフであることが、体調がいいことと一体なんの関係があるんだ」
不機嫌そうになったヴィランの言葉に、ラセツは頭を掻いた。
昨夜もそうだが、気にしていないと言いつつ他人からそれを言われるのは好かないらしい。
が、ラセツは別にバカにした訳ではなかった。
「お前さんはそうやってすぐふてくされるな」
「質問に答えろ!」
「簡単な話だよ」
ラセツは肩をすくめると、また歩き出しながら理由を説明した。
「妖怪ってのは、人よりも陰陽五行の霊質に、より近い存在だ。だから得た霊気の総量に、人間よりも影響を受けやすい」
その説明自体は親の受け売りだが、妖怪連中は体調が悪くなるとむしろ飲み食いに対する意欲が増す。
体を癒すのに霊気を得るのが手っ取り早い、と本能で理解しているからだろうが、実際にそうして大食いして深く眠った妖怪は翌日には大体の病が治っているのだ。
「それに妖怪は、霊気が多けりゃ多いほど強くなり、少なけりゃ弱くなる。人間はあまりそうした影響は受けない代わりに、使う術が基本的にゃ妖怪より弱ぇ」
「……そういう意味か」
どことなく恥ずかしそうにうなずいたヴィランに、ラセツはニヤリと笑みを浮かべる。
「短気だよな、お前さん。ま、そういうところもめんこいんだが」
「……だから、そういうことをむやみに口にするなと言っているだろう!」
険のある言葉だが、耳の先は赤く染まっている。
そうやってますます照れるからめんこいんだけどなぁ、と思いつつ、ラセツは話を戻した。
「この国で、西よりも妖怪が強ぇ、ってんなら、つまり霊気がそれだけ豊富だってだけだよ」
「今まで出会った中で強かったのは貴様だけだ」
ヴィランがビシッと指を差してくる。
「貴様は人間ではないか!」
「いやだからな? 知り合いの妖怪は俺と同じくらい強ぇんだって」
ノブナガには勝ち越しているが、常に勝てるという訳でもない。
それに。
「俺は、両親の力を受け継いでるからな。本質的にはそっち寄りの体になってるんだよ」
鬼神は、子を成し成長すれば、その力の一部を種として子に与えて受け継がせる種族だ。
ラセツの両親は子を成すつもりがない古い鬼神だったので、拾われたラセツがその力の種をもらって育てたのである。
その説明にヴィランは納得したようで、興味深そうにうなずいた。
「なるほど、それは知らなかったな……貴様が人の身でありながら『鬼神の気配』とやらを持つのは、それが理由なのか」
「結構これでも苦労したんだけどな。なんせ鬼神の力が強すぎて、ただ受け継ぐだけの話じゃなかったしよ」
全く訓練していない人間が鬼神の力を受け継ぐと、それは猛毒となって体を駆け巡り、死に至らしめる。
力を継ぐと決めた時も、両親はうんざりするほどラセツに念押ししたのだ。
人間としては最高峰の肉体を得ていてもなお、死の可能性はつきまとうぞ、と。
「……よく生きてたな」
「霊気の扱いを誰よりも覚えて、体を鍛えて、それでも三日三晩、生死の境をさまよったよ。いやー、本当に死ぬかと思ったぜ、あん時は」
ラセツがカラカラと笑うと、ヴィランは理解出来なさそうな様子で首を横に振った。
「どう考えても笑い事ではないだろう」
「そんでも、強くなりたかったからな。だが、お前さんも同じだろ?」
「私は死の危険など負ったことはないが」
「その剣の話だよ。神の試練とやらを受けたんだろ?」
試練という意味で言えば、特に変わりはない。
ヴィランは思いがけない話だったのか、目を丸くしてからうなずいた。
「言われてみれば、そうだな」
「死と隣り合わせの試練を受けて力を得るのは、誰でも一緒だよ」
そいつが俺は鬼神の力で、お前さんは〝影の勇者の剣〟とやらだっただけだ、とラセツが言ったところで、
「だろ? お、山頂に着いたな」
遠くを望める山間から、街の姿が見えた。
「あれが、貴様の言っていた街か?」
「そうだよ。『蜘蛛の宿場街』だ」
見えるのはほんの一部だが、かなり大きな街である。
ラセツは周りを見回して、山頂の様子から自分のいる場所を理解した。
「なるほど、ここに繋がってたのか」
「どこだ?」
「このあたりは、山の反対側からしか登る道がないはずの、火山の火口近くだよ」
ほれ、とラセツが指差した先に、薄く煙が上がっている。
「ここは火山なのか」
言いながら、ヴィランがすん、と形のいい鼻を鳴らした。
「……硫黄の臭いがするな」
「おう。ここにゃ良いもんがあるぜ」
こっちに来いよ、と彼女を手招きしたラセツは、目の前に現れた道をたどる。
周りから緑の姿が少しずつ消えて岩だらけになって来たあたりで、それの姿が見えてきた。
白いモヤが漂う、暖かい水たまりである。
そこだけ人の手が入ったように綺麗に岩が並べられて、水の周りを囲っていた。
「これは……湯、か?」
「温泉だよ」
天然のそれに手を加えて、上流と下流にそれぞれ流れ口が出来ている。
下の宿場街から上がってきた者が浸かるためのもので、適温だ。
街には街で温泉があるので、こんなところまで来るのはよほどの物好きだけだが。
「一緒に入るか?」
「は、入るわけないだろうが!」
「何でだよ」
気持ち良いのにな、とラセツが思っていると、ヴィランは指先を擦り合わせて目線を逸らした。
「だ、男女が裸で湯を共にするなど、聞いたことがない話だぞ!?」
「こっちだと普通だぞ」
「……やはり文化の違いというのはよく分からん……」
「で、入るか?」
「入るわけないだろう!」
何がそんなに嫌なのかが分からないので、ラセツは首をかしげた。
「そうか。ま、俺は飯食ったら入るけどな」
「そんな悠長なことをしている暇があるのか!?」
ここまで来たらもう、連中が辿る道は決まっている。
「こっち側なら近道も知ってる。よほどの事がなきゃ街に入る前に追いつけるはずだ」
ラセツがそう言った途端。
ゆらり、と温泉の上流に何かの影が浮かび上がった。
「あん?」
ザパリ、と姿を見せたのは、巨大な蝦蟇である。
『ゲゴォオオオオオ!!』
大きな声を上げて威嚇してくるオオガエルに、ラセツは思わず腕組みをした。
「……なんで温泉にいるんだ? 浸かりに来たのか?」
しかもどこか、見覚えのある気がする相手である。
「どう思う? ヴィラ……」
ン、と目を向けた先で、彼女は固まっていた。
顔色が真っ青になり、両手の指をカギの形に曲げた状態で震えていた。
「……おい」
ポン、とラセツがその肩を叩くと、ぞわり、とヴィランの皮膚に鳥肌が立ち。
「き、キャァアアアアアアアアアアア!!!」
絹を裂くような悲鳴が、木霊した。




