童顔の鬼神は、女勇者と追い付けないことの疑問を語る。
「……おかしいな」
日が高く昇った頃合い。
ラセツは、道幅が狭まって来た山道の、顔のあたりに突き出た枝を払いながらつぶやいた。
密集した濃厚な草の匂いに多少の息苦しさを感じつつ、一度立ち止まってアゴを撫でる。
少しかがめば、土の道に張り出した木の根に泥がつき、ぬかるみに刻まれた足跡も見えた。
それなりの人数が通った痕跡は残っているのだが、それにしては随分道が荒れているようにも思えた。
「木気の呪術でわざと塞いでる感じか」
通った後に草木などの成長を促す、阻害の技である。
「そんでもやっぱ変だな」
するとそこで、ヴィランは木の根に足をかけ、張り出した枝を掴んだ姿勢のままこちらを見た。
「何がだ?」
「本当にあの数の小鬼どもがこっちに向かってたなら、そろそろこの辺で見つかってもおかしくねーんだよ」
道が歩きづらくされていたところで、こちらはたった二人である。
それに加えて、連れであるヴィランもラセツが歩く速度に苦もなくついてきているのだ。
「なのに追い付けねぇ。そこんとこの理屈が合わねーんだよな」
いかに小鬼たちが健脚といったところで、人数が増えれば行軍は遅くなるし、その分を加味しても勘は外れていないはずである。
だが、小鬼たちの姿が見えないどころか、臭いや音すらも感じないのはどういう理由なのか。
「……大半を囮にして、大将を含む少数だけがこっちに逃げてきた、という可能性はないのか?」
それなら行軍の速度が上がるだろう、というヴィランだが、ラセツはどうにも違和感が拭えない。
「お前さんの線も、ないことはねーと思うが……」
さすがにこの状況で足跡の数まで正確に数えられるわけではないが、そこそこの人数は通っているはずである。
この状態は。
「……あの村を襲うより先にここを抜け始めた、って感じがするんだよな」
「また意味の分からないことを言い始めたな……」
「何が?」
「村を襲う前に小鬼たちがここを通り抜けたのなら、私たちが戦った相手はなんだ?」
「それこそ、一部だったのかもしれねーぜ?」
「つまり私たちは、村を襲った訳ではない別の連中を追いかけている、という話になるが」
軽く汗ばんでいるヴィランは、手で額を拭うと別の話を付け加えてきた。
「単純に、身体強化魔法を使っているのではないのか?」
「何だそれ」
「そのままの意味の魔法だが。動きを軽くしたり、腕力を増したり……まさか知らないのか?」
「聞いたことはねーな」
霊気で体を強靭にするのとはまた違うのだろうか。
そう質問すると、ヴィランが首を横に振る。
「確かに拳闘士や重戦士の中にはそうした者もいるが、私の言う魔法は誰にでも掛けられる……どちらかといえば、治癒師のスキルだ」
「全然言葉の意味が分かんねーだが」
ヴィランは黙って眉根を寄せると、腕組みをしているラセツに向けて手をかざす。
「《即効魔法・身体強化》」
すると彼女の腕輪に嵌った宝玉が淡く光り、白い光がラセツの体を包んだ。
「お?」
「こういう感じだ」
「へぇ……コイツはいいな」
なんだか体が軽い。
少し調子がいい、という程度の感じ方だが、それでも明らかに違う。
「「持続時間はさほど長くないが、連続で使用すれば疲労をある程度抑えられる。こうした魔法を使う者はいないのか?」
「少なくとも知り合いにはいねーな」
異国の連中とは一緒に旅をしたことがある訳ではなく、街中で話したことがあるだけなのだ。
もしかしたら使えるのかもしれないが、少なくとも教えてもらったことはなかった。
「貴様の知識にもだいぶ偏りがあるな……」
「基本は一対一のケンカしかしねーからなぁ」
「極端だな。戦争には参加したことがない、という感じか」
「……嫌いだからな」
少しだけ返答に困る話だったので、それだけ言い返すとヴィランはすぐに悟ったようだった。
「そうか……そうだな。すまん」
「いや、いいよ」
彼女も同じ経験を……戦争で故郷を失っているのだ。
辛気臭いのもあまり好きではないので、ラセツはすぐに話題を変えた。
「ま、連中に追いついてみりゃカラクリも分かるだろ。とりあえず、山頂あたりで飯にしようぜ。腹減ってきたしよ」
片目を閉じてポンポン、と自分の腹を叩くと、ヴィランも呆れを含みつつもほほえんだ。
「……貴様は本当に、欲望に忠実だな」
「生きるに必要なことってのは、眠りにしろ飯にしろ、基本は気持ちいいもんだ。楽しくねーか?」
「あまり理解は出来んな」
「そうか」
娯楽の少ない山に生息していれば、その楽しさは何にも代えがたいものになる。
「お前さんが嫁になってくれりゃ、別の楽しみもできるんだが……」
「っ、だ、だからそういうことをいきなり言うなと言っているのだ! 貴様は本当に気配りが出来ないな!」
一気に顔を赤くしたヴィランが八重歯を剥くのに、ラセツは喉で声を押し殺す。
今日は少し控えようかと思ったのだが、ついついやってしまった。
「悪い悪い。が、しかし食事が楽しくねーってのも、生きててつまんなくねーか?」
「楽しくない訳ではないが、食が太い方ではないのでな……昨日の食事でも、少し多かった」
「へー」
確かに量はラセツが満足できるほどに盛られていたので、食が細いのならキツかったのかもしれない。
「普段はあれだけ食べれば体調が悪くなるんだが、むしろ昨日よりかなり良くてな……自分でも驚いている」
「なんでだ?」
「おそらくは、魔力水や、魔力が多く含まれた食事のおかげ、だろうな」
あまり納得したくない様子ではあるものの、ヴィランがそう続ける。
「恐ろしいことに、ただ食事をしただけで未だかつてないほど魔力が体にみなぎっている。普段よりは寝ていない状態で山登りをしているのに大して疲れもしない」
この場所に住む者には普通だが彼女にとっては異常なことなのだ。
しかしラセツは、別のことに納得した。
「そうか、お前さん半妖だもんな」




