童顔の鬼神は、小鬼たちの企みを看破する。
翌朝。
朝靄が煙る中、日の出とともに村を出たラセツたちは、ぬかるみに残るいくつもの足跡を辿って歩き出した。
「くぁあ……」
「先ほどからあくびばかりだな」
ラセツが涙のにじむ目をこすっていると、元気そうなヴィランがそう問いかけてきた。
「朝は苦手なんだよ……」
「ではなぜ早朝に出たのだ」
「連中を本当に逃したら困るだろ……」
呆れた顔をするヴィランに、ラセツはそう言い返した。
さすがに一昼夜も空けてしまえば、どれほど足が早くとも追いつけなくなる。
雑魚でも妖怪は妖怪なので、奴らは健脚なのだ。
「そういうお前さんはどうなんだ?」
「元々、眠りは浅く短いほうだな。夜よりは朝のほうが強い」
「うらやましい話だ」
何も無ければ日が沈んでから昼に高く上がるまで寝ているラセツにしてみれば、信じがたい話でもある。
そんな話をしながら畑の畦道を抜けた先は、山側から来た時と同じように、少しずつ草の背丈が高くなっていった。
「脇に逸れたりはしてねーみたいだな」
少し目が冴えてきたラセツが、横の草むらに消えずに素直に森のほうへ続く足跡を見て言うと、ヴィランはうなずいた。
「瘴気の気配も森のほうへ続いているからな。足跡だけの騙しではないだろう」
「しょうきってのは?」
「魔物の放つ気配のことだ。獣に近いモノにはないことも多いが、死霊や人型のモノは大体放っている」
言われて、ラセツはアゴを撫でた。
「んー、陰気のことかな?」
妖怪や人間の中でも、血の気の多い生活……たとえば人殺しによる略奪や戦などをしている連中は、どうしたって陰に寄る。
戦場に満ちる殺意や、殺した相手の負の怨念を背負うことになるからだ。
「人が瘴気を放っているのは見たことがないな。魔の眷属になった者には多いが」
「ふぅん。向こうだと万物に宿る生気が少ねーことと、なんか関係があるのかもな」
陰の気配そのものはラセツも感じているので、同じようなものだろうと結論づけた。
やがて森に差し掛かると、ヴィランは木々を見上げながら歩いている。
「どうした?」
「小山でも思ったが、この島はあらゆるものが太く大きいな。そして、色が濃い」
「そうなのか?」
「ああ。天を覆い、ほとんど日が差さないほど暗く茂る森は、西ではよほどの大森林でないかぎりあまり見ない」
彼女とともに見上げた木の葉は深緑色で、枝が見えないほどに生い茂っている。
「葉も、夏以外は浅緑程度の色合いだ。こんなに巨大でもない」
手のひらほどの大きさの葉を指差して、ヴィランは言った。
聞くところによると西の大陸には不毛の大地も多く、大半は乾いた土地らしい。
「ここは、緑が豊かだ」
「豊かか。俺はこの国しか知らねーから、なんとも言えねーな」
峻険な霊峰も、断崖の滝も、多くは草木に覆われている。
「そもそもこの国は山ばっかだしな」
「平地の多い向こうとは、その辺りも違うんだな」
この国では。街や村、畑の大半は山間の盆地に作られているのだ。
たわいもない会話だが、ヴィランは昨日よりもどこか楽しそうに見えた。
「だが、景色を楽しむ余裕が出来たみてーだな」
「え?」
ヴィランは、ラセツの言葉に虚を突かれたようにこちらに目を向ける。
「表情から険が取れてる」
数度まばたきをした彼女は、形のいい稜線を描く頬に手を触れて、少し小さな声で言葉を返した。
「……昨日は、気を張っていたからな」
「今は違うのか?」
「少しは余裕ができた、とは思う」
理由はよく分からなかったが、ヴィランの表情は少し柔らかくなっていた。
「そいつは、良いことだ」
ラセツはうなずいて、前に目を戻す。
すると先に続く足跡が、分かれ道で二手に分かれていた。
「……どういうことだ? 撹乱か?」
ヴィランがいぶかしそうに足跡を見比べる。
ラセツは彼女に地理を説明した。
「この道は、片方が先にある山の上を抜ける道、もう片方が裾野を迂回する道になってる」
「どちらが近い?」
「裾野を抜ける左の道だ」
「瘴気からは、右に足跡をつけて戻り、左に向かった、と感じられるが」
「小鬼は小賢しいからな。お前さんの言うように、二手に分かれるまでは考えつくだろうが……」
山側へ続く足跡に残っている陰気が薄いのを、彼女も感じたのだろう。
だが、追っ手を想定してただ二手に分かれる以上の策を講じて動く、となると。
「後ろに小鬼以上に知恵の回る奴がついてるな」
「上位の小鬼呪術師か、小鬼王がいるのか……」
「可能性はあるな」
ラセツは周りを見回した。
そして、脇の茂みと分かれ道の真ん中にある木の幹に目をやり、ニヤリと笑みを浮かべる。
「下手すると、後ろ盾は小鬼なんか比じゃない奴かも知れねーぜ?」
「どういう意味だ?」
「二段どころか、四段構えだってことだよ。こっちを撒く気満々だ」
ラセツは、まず木の幹に向かった。
「誰への合図か知らねーが、こいつは獣の仕業に見せかけた山暮らしをしてる連中の合図だ。右に向かった、という印になる」
そこに残る斜めの引っ掻き傷をヴィランに示して、ラセツは言葉を重ねた。
陰気の薄いほうに向かった、と示すとなれば、ここまでで三段構えの撹乱だ。
「が、印が示してるのは右の道じゃねぇ……それならほとんど真横に向かって引っ掻き傷をつけてるはずだからな。こいつは縦に近い」
「ふむ……」
ヴィランはアゴに手を当てて一考した。
彼女は素直で実直だが、決してバカではない。
森で暮らしていた上に仮にも魔王を倒したとなれば、戦闘の経験は豊富なのだろう。
何かを探るように薄く目を細めると、元々意志の強そうな顔に冷たさが加わってより一層、美しい面差しが映える。
やがて、彼女は最初にラセツが目を向けた茂みのほうに指を向けた。
「あの向こう、か」
「なんで分かった?」
「ここまで助言をもらえば誰でも分かるだろう。向こうにも、かすかな瘴気の痕跡が続いている」
「ご名答だな」
ラセツが、不自然に葉の向きが違う茂みを掻き分けると、そこに獣道が現れた。




