童顔の鬼神は、女勇者に陰陽について話す。
「影の、ってのはどういう意味だ?」
ラセツは、小さくつぶやいたヴィランにそう問い返した。
「ナーロッパに、勇者は二人いた。私と、もう一人は男だ。勇者の剣は二本あり、光と影のもの、と言われていた。その一つがこれだ」
「ほぉ……影ってのは、闇とは違うのか?」
「違うと思っていた、のだが、貴様の話を聞いてよく分からなくなった……」
ヴィランは苦悩しているようだった。
青い月明かりに照らされた顔が苦しげに歪んで、白い肌も相まってまるで蒼白になっているように感じられる。
「このぐらむって剣は、そのもう一振りとは別のもんだったのか?」
「太陽に対する月のようなものだ、と言われていた。だから闇とは別、だとは思うのだが」
もう私には分からない、とヴィランはうつむく。
ーーー真打と影打みたいなもんか?
同じ刀を刀匠が打った時に、もっとも出来のいいものを真打と呼ぶらしいが、神の剣も同じようなことがあるのか。
あるいは、それこそが陰陽の思想に基づいたもの、ともラセツには見える。
その部分を明らかにするために、ラセツはヴィランに火の玉を倒した時のことを思い出しながら問いかけた。
「お前さんは、水を操るのが得意か?」
「ああ」
「他には、風も使ってたな」
「基礎魔法の一つだからな。向こうには四大元素魔法と呼ばれるものがあり、それぞれに地水火風に分けられている」
「なるほどな……」
ラセツは、自分の知識と照らしながら、彼女の言葉を噛み砕いた。
この国では、霊気の性質は四つではなく五つに分けられている。
「なーろっぱにゃ、雷と、木と、鋼の魔法、とかもあるか?」
「雷の魔法は、選ばれた光の者だけが使える、と言われている。実際に使い手は少ない。木の魔法、というのは?」
「木を育てたり、傷を癒したりする力のことだ」
「それは生命の魔法だな。治癒士や神父と呼ばれる者たちが使う。鋼の魔法、というのは、地の魔法の一種だろう。金属を操る魔法を見たことがある」
雷は上位魔法、生命は特殊魔法に分類されている、と言われて、ラセツは何度かうなずいた。
「なるほどな。もう一つだけ教えてくれ。雷や風の魔法が得意なやつは、治癒術も得意か?」
「ああ、私もある程度は使える。だがそれがどうしたというんだ?」
矢継ぎ早に魔法のことに関して質問された上に意図が読めないからか、苛立ったような口調に変わったヴィランに、ラセツは手のひらを向けた。
「一つずつ教えるよ。多分分け方が違うだけで、そっちにも陰陽の考えは一応あるってことが分かったからな」
この国では、彼女の言う四大元素に当たるのは『五行』と呼ばれるものだ。
木、火、土、金、水、の五種類である。
「木に当たるのは、治癒の魔法とやらだろう。こちらでは、雷と風はその派生、と考えられてる」
一括りに、木の霊気に類するものなのだ。
「木……」
「そう。木気を扱う者は通常、水気をあやつれない。木気は陽に、水気は陰に属するものだからだ。こっちでは〝陰陽五行〟と合わせて言われてる考え方だが」
「インヨウゴギョウ……」
ラセツは少し話に興味を持ち始めたらしいヴィランに、ことの成り立ちから説明した。
×××
世界は最初の混沌から、陰陽に分かれた。
その陽の中から『火』と『木』の気が生じて、南と東へ。
その陰の中から『水』と『金』の気が生じて、北と西へ。
最後に余った気が真ん中に集まって『土』の気が生じた。
×××
「そうして、神が生まれる。南方朱雀、東方青龍、北方玄武、西方白虎、中央麒麟の五聖獣だ。聞き覚えがあるか?」
「方位神のことか? フェニックス、レヴィアタン、バハムート、フェンリル、ベヒーモス、のことだな。それぞれに火、生命、水、風、地、の性質を持つと言われている」
それらの神の名はラセツには不明だが、即座に応じたところを見ると有名ではあるのだろう。
五体いるし、属性も多分認識は合っているはずだ。
「ここからが重要なんだが……水はもっとも陰に近い。おそらくは、お前さんが闇、と呼ぶものに、だ」
「……水は死に近い、とも言われるからな」
ヴィランは、改めて剣に目を向けた。
「ではやはり、この剣は闇の剣で……私は闇の勇者、なのか?」
「そいつは早合点だな。もう一つ、気になると言ったことを覚えてるか? お前さんが風の魔法を操ったことだ」
「ああ」
「木気に属する風の魔法は、逆に陽に近い。癒しの術よりもさらに陽に近いから、陰を極めた者には扱いづらいはずなんだ。そういう感じはするか?」
「いや……どちらかといえば」
記憶をたぐるように右のこめかみを指先で押さえたヴィランは、目を閉じた。
「最初は、弓を得意としていたし……治癒魔法や風の魔法の方が扱いやすかったように、思う。水の魔法を多用するようになったのは、この剣を手にしてからだ」
ーーーやっぱりな。
ラセツはその言葉に、パチン、と指を鳴らした。
「つまりお前さんは、本来は陽木の性質を持っているってことだ。なら、操ってるのも陰水の術じゃねぇ。実際は陽水の術だ」
「……意味がわからんのだが?」
「陰陽は表裏一体だと言っただろ? 陰の性質が強いものは陰に偏りやすいが、別に陽の性質がないわけじゃない。そう、お前さんの言い方に合わせると『水の魔法は得意だが』『氷の魔法は苦手』じゃないか?」
そう言ってやると、ヴィランは目を丸くした。
「その通りだ」
「つまりお前さんは陰じゃない。多分陽木……風の魔法や、治癒の魔法を得意とする戦士……なんて言ったっけ。えーっと」
ラセツは、異国から来た連中との会話で聞いた単語を思い出そうと、くちびるを指で撫でる。
「ぱ、ぱらでん? だっけ?」
「聖騎士か?」
「そう、それだ。お前さんは元々それだったんじゃないのか?」
「ああ。勇者になる前の、元の職種はな」
話の向かう先は相変わらず見えないようで、ヴィランは最早こちらの質問に答えるだけになっている。
「もうすぐ終わるよ。陽の性質の上では『水は木を育む』もんだ。つまり水は木の力を増す。陰の性質だけど、陽の属性を強化するんだ」
ヴィランの剣が、影、と呼ばれる所以はそれだろう。
「……つまり、なんだ?」
「普通は剣に力を与えて振るうもんだが、お前さんは『剣に力を与えられてる』ってことだ」
だが代わりに、奪われているものもあるのだろう。
それにも検討がついていたが、あえてラセツはヴィランには告げなかった。
「こいつは悪いもんではねーんだろうよ。文字通り『影の剣』なんだ。だが、それでも気になることが一つだけある。だからヴィランよ。最初の願いを聞き入れちゃくんねーか?」
直接剣に聞きてーからな、とラセツは彼女に改めて手のひらを差し出した。
「ーーー秘宝を使って、ちょっと俺に、剣と喋らせてくれや」




