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パーティコンプレックス!!  作者: 森田スガワラ
2/4

追放、そして号泣

 *


 なんで。


 「ーーだから、その、俺達のことは、もう、いいんだ」


 なんで。


 「お前はお前の目的のために、時間を使ってくれ。俺達にかまう時間は………もったいない、だろ?」


 なんで。


 「俺達をここまで引き上げてくれたことには、本当に感謝している」


 なん、で。


 「……ありがと、な」


 ありが、とう?


 何故、お礼を言う?何故、そんな辛そうな顔をする?

 お礼を言うくらいなら。

 そんな辛そうな顔をするくらいなら。


 ーーっ。


 なんで!


 戦術について教えていたタカオ。

 風魔術の扱い方をレクチャーしたアレックス。

 剣から銃へと転向するべきだとアドバイスしたエリス。

 回復魔術と支援魔術の重ね合わせについて一緒に検討したアミ。


 みんな、大切なメンバーだ。


 一緒に戦って、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って。

 そうして、これまで、絆を結んできたんだ。

 それなのに、どうして。

 どうして、今になって!


 「みんな、お前には感謝してる。これは、せめてものお礼の気持ちだ」


 そうして、視界にARが表示される。

 譲渡の契約として、そこに表示された金額は。

 このパーティが、一週間頑張ればなんとか稼ぐことができるかどうかの金額だった。

 そうか。

 そう、なのか。

 そこまでして、俺をーー!


 「………」


 「………!」


 驚いたようなタカオ。

 視界に表示されたポップアップに、戸惑ったような視線を向けていた。


 「頼む、受け取ってーー」


 「無理だ」


 否定。


 受け取ることなんて、できない。

 その金を受け取ってしまったら。

 本当の意味で、俺はお前たちの仲間でいられなくなってしまう。

 頼むから。

 俺に、お前たちを。


 ーー恨ませないでくれ。


 「それを受け取ることは、できない」


 「ーーそう、か」


 タカオは素直に引き下がった。

 その瞳は、悲しげだが、どこかこうなることを予期していたようで。

 そんなーーわかったような眼をされることが、今の俺には、たまらなく苦痛だった。


 「じゃあ、後は……ひとりひとり、言いたいことがあるそうだ。……聞いてやってくれるか?」


 こくり、と。


 俺は頷いた。


 そうして、直ぐにーー後悔した。


 「あのさ、お前が風魔術について色々教えてくれた時よ、俺、嬉しかったんだ。それまでは、なんか、距離があったような気がしてたんだけどよ。そっから、仲良くなれたしさ。だから、まあ、その、なに。今まで……本当に、ありがとうな。……また、何かあったら、よろしく頼むわ」


 「………あんたのおかげで、私は自分の才能に気づくことができた。………感謝してる。………今度、お酒でも一緒に……」


 「ファ、ファウストさんと一緒に魔術について話している時が一番楽しかったです!で、でも、魔術以外のことを話している時も、すごく楽しくて……そんなの、ファウストさんが初めてで…だから、私、私……!」


 あくまで明るく、別れの言葉を口にするもの。

 いつもと変わらず、けれどもほんのりと頬を赤らめてぽつりと言うもの。

 感情のダムが決壊したように、泣きじゃくってしまうもの。


 よく、訓練してある。


 なんて完璧に演出された「別れ」だろうか。


 泣きじゃくる少女と、彼女をそっと支える面々。

 完璧だ。完璧な別れの演出が、俺の目の前で繰り広げられていた。


 ぽろぽろと涙を零す少女と、彼女に寄り添う三人のメンバー。

 ふと、彼らの瞳が、俺の方をむいた。


 何かを期待するように。

 何かを、彼女に向けて、言って欲しいように。


 「……私、私……っファウスト、さんに...!」


 ぽろぽろと透明な雫をこぼしながら、少女は嗚咽する。

 何かを言いたくて開く唇は嗚咽に邪魔をされ。

 伝えたかった言葉は永遠に届かない。


 だから。


 だから、代わりに俺の方が歩み寄るべきだと。

 少女が言えないのならば、代わりに俺が言うべきだと。

 少女を支える彼らは、そう言うのだ。

 そう言い、そういう空気を作るのだ。

 作って、しまうのだ。

 ぎしり、と心が軋んだ。


 「………」


 俺は口を開いた。

 少女を支えるメンバーが、期待したような眼を向ける。

 泣きじゃくる少女は、未だ涙に邪魔をされている。



 ーー罵倒しようと思った。



 口汚く、思いつく限りに屈辱的な言葉を使って、彼らをなじろうと思った。


 距離が近づいたことなんてない。

 お前に才能なんてない。

 楽しいと思ったことなんて一度もない。

 そうして、傷つけるためだけの言葉を言おうとして。


 そして。


 「………俺も、アミと話している時が、一番楽しかったよ」


 出来なかった。

 彼らをなじる侮蔑の言葉も、関係を永遠に終わらせる決定的な一言も。

 俺は言うことができなかった。


 「……お礼を言うのはこっちだ」


 だって、嘘になるから。

 俺の言うことを真摯に聞いてくれる姿にありがとうと思った。

 初めて銃を持ったとは思えない技量に、すごいと思ったし、少し嫉妬した。

 魔術についてここまで深く話ができることに嬉しくなったし、交わす言葉が一つ増える毎に、心が、暖かくなった。


 全部全部、本当のことだ。


 本当のこと、だからこそ。

 今、彼らがこんなふうに別れを演出していることが、ひどく悲しかった。

 そんなに、俺と戦うのは嫌だったか。

 そんなに、俺に指示を出されることは、屈辱だったか。

 偽りの涙を流してまで、俺をここから追い出したいのか。


 「ありがとう」


 すべての気持ちを押し殺して、俺はお礼の言葉を口にした。

 彼らが作った「別れ」の演出にのっかり、泣きじゃくる少女の頭を撫でる。

 ライトイエローの髪の毛は絹のように指を通りぬけ、リンスか、それとも彼女由来のものかーー甘く優しい、“少女”の香りが、俺の鼻孔を優しくくすぐった。


 “女”を知らない俺には、少々刺激が強い少女との接近に、僅かに体温が上がる。けれど、まあ。


 これくらいの得は、許してもらってもいいだろう。

 見え透いた彼らの演技にーー騙されて、やるんだから。


 「………!」


 撫でられた少女は、ぱっと顔をあげ、自分が今何をされているかを理解すると、徐々に顔を輝かせていった。

 俺はそんな様子を見て、一層心が重くなる。

 普段ならそんな仕草を可憐な少女にされれば嬉しく思うはずなのに、「別れ」を演出されている今。

 彼女のそれを見ても、単に演技が上手だなとしか思えなかった。


 「じゃあ、俺はこれで…」


 それだけ言って、俺は彼らから離れた。

 何気なく自然な動作で。

 いつもの別れのように。

 後ろからかけられる声に、意味を見出すことはしなかった。

 どうせ全部台本だろうから。

 俺という異分子を追い出すために作り上げた、感動的な「別れ」の台本。

 かけられた言葉を完全に聞き流し、俺は店を出た。

 途端に目の前に広がる摩天楼。

 天を突くような巨大な建造物が、所狭しとつめ込まれている。

 宙を流れる四角い箱の群れをぼんやりと眺めていると、背後で扉を通る音がした。

 振り返らずとも、歩き方でわかる。

 タカオだ。

 なんの用だろうか。


 「演出」の続きだろうか。


 「あのさ、ファウスト」


 どうやらそのようだった。

 タカオは、背を向けたままの俺に向けて話し続ける。


 「もし、よければなんだけど…」


 もし、よければ…なんだ?


 「アミのこと、気にかけてやってくれねえかな?」


 アミ。泣いてしまった少女。“泣いてしまうという演技を指示された少女”。いや、それともあの演技は、彼女が自ら申し出たのかもしれない。より円滑に俺を追い出すための演出として、彼女が積極的に俺を追いだそうと提案したのかもーー


 暗い思考を無理矢理打ち切った。

 自分から悲しい想定をするなんて、まるで自傷行為みたいだ。

 

 タカオから投げかけられた、演出の続きの言葉。

 それに対する返事は決まっている。

 彼らの「演出」通り、彼らの望む言葉を。


 「ーーああ、わかってる」


 わかった、ではなく、わかってる。

 半年の付き合いだ。その程度、分かり切っている。

 今彼が、どんな言葉を欲しているかくらいは。


 「ーーっ、おう!だよな!」


 笑みを漏らしながら、背後の彼は言った。

 その言葉は少し涙に濡れていて、彼の演技力の高さに思わず苦笑が漏れる。

 俺は歩みを再開した。


 「ーーっパーティは、俺が引っ張っていくから!」


 投げかけられた言葉に、軽く手を振って答える。

 今度こそ、背後の彼は何も言ってこなかった。

 俺は彼の視線を感じながら、一人、口の中だけで呟く。


 「ーーっとーに、大した演技力だよ」


 呟かれた言葉は雑踏のなかに消え、それを拾うものは俺以外に誰一人としていなかった。





 タカオたちと別れた後。

 俺は路地裏にいた。

 薄暗く、そこかしこにゴミが散乱している。

 普通の人間はまず立ち入らない、この【都市】に存在する唯一不潔な場所。

 そんな場所で何をするかというと。


 「……」


 無言で、魔術を発動する。

 脳内のインターフェースを操作し、目的の魔術を行使する。

 支援魔術Lv.4【サウンドキャンセラー】。

 同じく支援魔術Lv.4【ディスピアー】。

 二つの魔術を発動し、重ねて周囲を把握する魔術、【サーチ】を使い、きちんと魔術が効果を発揮しているかを確認する。

 振動漏れ、光子漏れ、共になし。

 準備は整った。


 「………すー……」


 そうして俺は深く息を吸いーー


 「ーーなんっでだよ!!」


 ーー咆哮した。


 「なんでだよなんでだよなんっっっっでだよ!!!」


 力の限り。


 「なんっっで俺が!!“俺が作ったパーティ”から追い出されなきゃならねえんだよ!!!」


 俺は叫んだ。


 「どいつもこいつも、誰がお前らを集めてやったと思ってんだ!!誰が連携を叩きこんだと思ってんだ!!俺だぞ!?俺が!お前らを!パーティに!したんだぞ!?」


 叫びは続く。


 「風魔術を教えてくれてありがとうだあ?俺じゃなくても教えられる人間はゴマンといるだろうよ!!」


 防音の結界のなかで。


 「銃の才能に気づかせてくれてありがとうだあ?んなもん自分で気づけよこのタコ!!」


 全てを吐き出しきるまで。


 「一緒に話していて楽しかっただあ?当たり前だろ!俺がどんだけお前に気を使ったと思ってんだふざけんなバーカ!!話題を探してニューラルネットを駈けずり回るコッチの身にもなれやちくしょーーー!!」


 俺は叫び続ける。


 「一番ムカつくのはなあ!てめえだよタカオぉ……!」


 髪を振り乱し。


 「戦術を教えたと思ったらあっという間に吸収しやがって……!飲み込みの速さに嬉しくなってどんどん教えちまったよ……!」


 腕を振り回しながら。


 「その結果がこれかよ!!まんまと嵌められたわ!!まさかお前がパーティを乗っ取るとはなあ!!!」


 怨嗟の声を吐き出し続ける。


 「………くそっ!」


 拳を叩き付け。


 「…裏切られたのに……っ。また、裏切られたのに……!」


 流れる血を撒き散らしながら。


 「あんな「演技」までされたのに………なんで俺は………俺は………!」


 俺は。


 「まだ、あいつらのことが………好きなんだよぉ………!」


 泣いていた。


 「うわあああああああああああ!!あああああああああああああ!」


 子どものように、赤子のように。

 みっともなく、恥も外聞もかき捨てて。

 ただただ、泣いた。

 号泣、した。


 「あああああああああああん!わああああああああああああん!」


 いつの間にか降りだした雨を、魔術で弾き飛ばしながら。

 俺は、パーティを追い出された悲しみに、肩を震わせていた。

 この【都市】に来て、六年。何度もパーティを作り、何度も連携を叩き込み、何度も【探求】を推し進めてきた。

 パーティを作り、パーティを運営し、パーティのために身を粉にして働いてきた。

 なのに。それなのに.........!!

 


 泣き叫びながら、俺は空を仰ぐ。分厚い雲に覆われた空は、溜め込んだ水をしとしとと地上に注いでいた。

 

 ああ、空よ......お前も、俺と一緒に泣いてくれるのか?


 水滴を弾く魔術を解除し、勢いを増してきた雨を身体で受け止める。首のところから水が滲みだし、ひやりと身体が冷えるのが分かった。


 天を仰ぎながら、俺はあらゆる思いを噛みしめる。裂けた拳から流れる血をそのままにしながら、ただ路地裏に立ち尽くしていた。


 俺が中心となって結成されたパーティは、いつものように俺を追い出し。

 

 そうして俺はまた……一人に、なった。



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