それはきっと、物語の序章というやつで
その魔術は、芸術だった。
一条の赤が、複雑な軌道を描いて敵を殲滅する。
膨大な青が虚空から産まれ、殺到する敵を押し戻す。
地面に染みこんだ輝く黃が、敵の立つ地面を揺らす。
圧倒的だった。
圧倒的に、綺麗だった。
今まで見たなによりも。
なに、よりも。
「大丈夫か?」
ローブの男は言った。口元には優しげな微笑が浮かべられている。
「あ……」
声が出ない。
今見た光景の美しさに呑まれ、ぼくは声を上げることもできない。
鮮烈な赤。
勇猛な青。
輝く黃。
美しかった。
美し、過ぎた。
「まいったな。PTSDか……精神系の魔術は苦手なんだよな」
頭の後ろを掻きながら、男は言う。
その様子を見て、ぼくのなかに焦りが産まれた。
なにか、なにか言わねば。
なにか言わねば、彼はこの場から去ってしまう。
突然現れてぼくを救ってくれたように。
突然、去ってしまう。
ぼくではない誰かを、救いに行くために。
「あ、あの…!」
意を決して口を開いた。
何を言うかなんてまだ決めていない。自分が、何を言いたいのかも分からない。
けれども、内側から沸き起こる熱が。
一瞬で心に刻まれた憧憬が、ぼくを突き動かした。
「ま、魔術、とっても綺麗でした!」
複雑な軌道を描いて殲滅する赤。
膨大な質量で押し戻す青。
地面に染み込み地を揺らす黃。
全ての光景が、鮮やかで、綺麗で、美しかった。
「………」
男は何も言わなかった。ローブからのぞく顔は、よく見えないが呆気にとられたように見えた。
「……そうか」
呟く。
「………そうか………そう、か」
簡素な肯定の言葉を、男は繰り返し呟く。
やがて、男の雰囲気に、徐々に高揚したところが混じっていった。
「そうか……そう、か。俺の魔術は、綺麗だったか」
「………っ、はい!」
力強く、頷く。
そんなぼくを見て。
男は、今度こそ、その瞳を大きく見開いた。
「そう、か。綺麗、か。ふ、ふふふふふふふふふ」
怪しく笑う男。
まるで思わぬところから喜びが降ってきたかのように。
予想していなかったプレゼントをもらった子どものように。
男は笑った。
ひとしきり笑い。
そして、不意にそれを収めた。
「なあ、少年」
呼びかけられ、ぼくは高揚する。
強烈に刻まれた憧れが。
一瞬で魅せられた心が。
否応なしに、どくんと跳ねる。
「”これ”が美しいと、お前はそう思うなら…」
「【真理】の先で、お前も、俺と同じものを手にしようぜ」
男は、そう言って笑った。
友達を遊びに誘うように。
どこまでも朗らかに。
「そうしたら、一緒にーー」
そうして言われた言葉は、
「ーー【探検】に、行こうぜ」
一生忘れられないものになった。