ヴィーブル領とアスクリムゾン領-10
「―――――もういい」
その言葉はいつまでも自分の問いかけに答えてこないユウキに愛想が尽いたのか、それともこれ以上待っても何も答えないと察したのか先ほどまでのカズの怒声にも近い声とは一変し、重くまるでやるせない感情を思わせる物だった。カズはそのままユウキから手を放し、再度訪れる痛みに表情を歪ませながらも布団を頭から被った。
その光景を見て、ユウキはシノが出会ったときから言っていた『未来予知』に関しては誰にも話すなという言葉の意味をようやく理解した。『未来予知』という能力は長年様々な人間の能力や適正クラスを宝玉越しに鑑定していたシノにとっても未知の能力であり、未だ発動条件や発動時期などその能力の詳細を理解出来ていなかった。
だからこそ、シノはユウキに公言するなという圧力を掛けていた。しかし、それは『未来予知』という能力が未知だからという理由だけではなかった。《未来が予知出来る》ということは《対策が出来る》ということだ。
普通に考えれば誰かが危険に合ったとしても、それは自分または誰かの不注意によって起きる事だ。しかし、『未来予知』という能力が能力の詳細もよく分かっていない状態で周りに認知され、それを頼りに過ごしていたらどうだろうか。その能力によって救われることがあれば賞賛はされるだろう。だが、その能力によって視えた事がすぐ目の前で起きる事だったら?誰かに伝えるよりも先に未来が現実として起こり、最悪誰かが死ぬような事だったら今回の様に誰彼構わずその能力を持つ者に罵倒や誹謗の言葉を浴びせるだろう。
例え、その能力が不完全なものでいつどこで視えるのかも、いつの出来事が視えるのかも分からない、と伝えたところで周りからはただの言い訳だと聞く耳を持たないだろう。それらを危惧していたからこそシノはユウキに公言するなと圧力を掛けていたのだ。そして今、ユウキはカズの言動を目の辺りにしてようやくシノの危惧していたことを理解したのだ。
しかし、今となってはシノの言っていた意味を理解したところで遅い。すでにシノが危惧していた事が起きてしまったのだから。これ以上ユウキがカズに対して何か言い返したり、言い訳をしなかったのは良かったとシノは安堵するが、全てが解決したわけでは無い。だが、これ以上ユウキや事情を知っているマシルやアオイ、そしてシノという外部の人間が無理に説明したところでまた衝突が起きかねない。
「はぁ……しばらく考える時間も必要だろう。それに起きたばかりだ。ゆっくりさせてやれ」
しばらくの間、黙考しながら解決の糸口を探るが、どう考えても解決法は見つからない。これ以上考えても仕方ないと思考を放棄したのか、それともこういう問題は時間が解決してくれるだろうと自分には視えない未来に投げたのかシノは一度大きいため息を吐き出すとユウキにそう溢した。ユウキも今の自分には何も掛けられる言葉は無いと理解し、「そうだな」と一言シノの言葉に返事をするように溢すと、いつの間にかマシルに朧と呼ばれていた黄金色とシアンの瞳というオッドアイが特徴の白毛の子狐と戯れているアオイを半ば無理矢理呼び戻し、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、顔面に痛みが走った。
「ユウキさん、マシルさん!いますかっ!大変なんですっ!!」
部屋のドアを荒々しく開き、慌ただしく二人の名を呼んだのはイズの従者であるリンだった。いきなりの出来事に部屋にいる皆はドアの方に視線を向けるが、すぐに状況を理解出来る者は居らず、しばしの静寂が流れた。しかし、その静寂を破ったのは勢いよく開けたリンのドアに顔面を打ち付けたユウキの悲痛の声だった。
「ちょっ、ユウキさん!何してるんですか!そんなとこにいたら危ないですよ!」
「……リンよ。ユウキがそうなった原因はお主のせいじゃぞ」
「え!?私のせいですか!それはすみませ……つぁッ!!」
「つぅッ!」
シノに諭させられリンはドアを開けたときと同様に鼻を押さえながら起き上がろうとするユウキに向かって勢いよく頭を下げるが、今度はタイミング悪くユウキの額に頭突きをかますようにぶつけ、さらなる悲痛にユウキは声を溢す。リンも同じように額に訪れる痛みに声をあげ、今度は額を押さえながら「すみません」と震える声で謝罪の言葉を口にした。
「何しとるんじゃ……」
そんな二人の阿呆みたいな光景にシノは呆れる様にため息とともに溢し、アオイはケタケタと無邪気に笑い、マシルは心配そうに二人に駆け寄り、カイザは一体何を見せられているんだという表現しがたい表情でユウキ達の姿を見ていた。
「―――――それで?リンは一体どうしたんだよ。そんなに慌てて」
未だに痛むのか鼻頭を撫でるように擦りながら話を進めようとリンに慌てていた理由を訊ねると、リンも訪れた理由を思い出したように話し始めた。
「えっと、それがですね。呼んでいるのはイズ様なんですが、どうやら急ぎの用でして。しかも、今までに見たことない切迫した表情で今すぐユウキさん達を呼んでこいって」
「急ぎの用?なにか頼まれている様なことってあったか?」
「私が知る中じゃないと思うけど?」
「あーもう!!考えるのは後にして早く着いてきてください!!」
マシルの答えにユウキはさらに急ぎで呼び出される意味が分からないといった表情でイズが呼び出した理由を考えるが、どうやら考えさせてくれる時間も無いようでリンはユウキとマシルの手を取ると、「馬車を持ってきているので早く乗って下さい!」と診療所の前に停めている馬車に無理矢理押し込んだ。そして、二人が乗ったことを確認するや否やリンは愛馬でもあるロニーの手綱を握り、馬車を走らせる。
馬車はヴィーブルの中では一番早い移動手段だが、ユウキの普段の移動手段を考えると正直急いでるという中では遅い。だから、リンが馬車を走らせる際にユウキが「『闇扉』で向かえばすぐだろ」と提案するが、「イズ様の指示で『魔法は使うな!』とのお達しです」と返され、半ば強制的にイズの待つ屋敷までのしばらくの間は馬車に揺らされる事になった。
次回更新は12/23です




