ヴィーブル領とアスクリムゾン領-4
「この度はリンを助けていただきありがとうございました」
イズはソファーに座ったまま頭を下げ、そう礼を述べる。リンが働いているという店舗に無事到着した後、イズと名乗る女性にリンを助けてくれたお礼に良かったらお茶でもと誘われたユウキとマシルはブレスタという国を詳しく知るために是非にと応じた。
「いや、助けたって言ってもそんな大した事じゃないだろ。逃走した馬—————ロニーを連れ戻しただけだし」
「それでもです。あの積み荷には他人には盗られてはならない物も積まれてましたし、それ以外にもこの街に住む人の生活資源なども多く積まれてました。そして何よりこの子が無事で本当によかった。ユウキさん、マシルさん助かりました。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございました!」
イズはリンの方を見ながらそう言うと再度二人に向き直り頭を下げ、いつの間にかお茶と菓子を持ってきてくれたリンもお盆を胸に抱えながら連られるように頭を下げた。
「ところでちょっと聞きたいんだが、この街は……いや、この国はブレスタで違わないんだよな?」
馬のロニーを連れ戻しただけでこんなにも感謝された事に困惑しながらもユウキは話を変え、疑問に思っていた事を訊ねた。すると、イズはユウキの問いに一度頷いてから口を開いた。
「確かにこの島にはブレスタという国はありました」
「ありました?その言い方的に今は違うのか?」
イズは首肯し、さらに言葉を続けた。
「知っていると思いますが、ブレスタという国は騎士の国とも呼ばれています。そう呼ばれ始めたのはまだ最近の方ですが、理由はご存知ですか?」
イズの問いにユウキとマシルは一度お互いに顔を見合わせると、首を横に振った。二人がこの島に関して知っているのはブレスタという国は騎士だけが住むという事だけだった。しかし、二人が知るブレスタに関する情報がそれだけなのは当たり前と言える。何故ならエイガルドに住むほとんどの住民がブレスタに関する情報を知りえていなかったからだ。
もちろんユウキもマシルとの修行期間の間、人目に着くような場所やパーティーメンバーのカズたちがいるような場所に姿を現す事はなかったが、ブレスタに関する情報収集の際だけには大神殿にある書物を求め、何度か大神殿に足を運んでいたのだ。しかし、ユウキが求める情報は一切得られなかったのだ。
そんな二人の返答にイズは表情を変えることなくブレスタに関して話し始めた。
「ブレスタが騎士の国と呼ばれた理由は二つあります。一つは二人の騎士、人間のブレットと亜人のスタテリアという男女がかつて未踏の地だったこの地に足を踏み入れ、開拓し、結婚し、子を生し、国を作ったからという理由です」
イズはそう答えると、リンによって新たに淹れてもらった液体をゆっくりと飲み、再度口を開いた。
「二つ目は貴方達も知っていると思いますが、エイガルドからこの島に続く門は特殊な力が張られており、今も昔も人間・亜人の騎士しか通れないことからこの国を訪れるのは騎士の者しかいないからです。それまでこの地には人と呼べる存在はなく、また魔物という凶暴な生物も存在しない自然と魔生物だけが存在する島だったのです」
”未踏の地”そして、”魔物が存在しない”という言葉を頭の片隅に置きながらユウキはイズの言葉を静聴する。
「ブレットとスタテリア—————この二人は元々は貴方達と同じようにエイガルドに住んでいたらしいのですが、当時人間と亜人はお互いに相容れない存在同士で領地や身分、種族間で争いが絶えなく、常にどこかで小競り合いが起きていました。それだけでなく二人の両親は特にお互いの種族を忌み嫌っていたせいか人間のブレットは両親に亜人は魔物と変わらないと教えられ、またスタテリアの両親は人間は臆病なくせに傲慢で亜人だけでなく全ての脅威的な存在を敵対視していると教えられていたそうです。しかし、そんな風に教え込まれた二人は成長するにつれ、両親が思っているほど亜人も人間もそんなに酷い存在ではないんではないかと考えるようになったそうです。そして、二人はそんな環境に嫌気が差したのかお互いの家族や友人、仲間の眼を盗んでこの地に来たと記述されています。二人が出会ったのはこの島に来てからだそうで最初こそ敵対はしていたものの言葉を交わしていくうちに惹かれ合い、結婚したそうです。それからはこの国では人間と亜人が共存を目的に今まで暮らせていました」
イズは一気に喋りすぎたのか一度運ばれたカップに入った液体を口に運ぶと、そのまま飲み干してしまった。そして、一呼吸おいてから「ブレスタと呼ばれる理由は以上です」と付け足す様にそう零した。
「なるほど、ブレットとスタテリア……二人の頭文字を取ってブレスタ、か。とりあえずブレスタが生まれた経緯、そして騎士の国と呼ばれる理由は理解出来たが、今はこの島にブレスタって国はないんだよな?」
「えぇ、今は私たちが住むこのかつてブレスタの北部に当たる領域がヴィーブル家が治めるヴィーブル領と呼ばれ、もう一つブレスタの南部に当たる領域がアスクリムゾン家が治めるアスクリムゾン領と呼ばれています」
「ヴィーブルにアスクリムゾン……お前らはなんでブレスタを二つに割ったんだ?内乱か?」
イズは少し困った表情を浮かべながらそんな感じです、と答えた。
「……元々はヴィーブル家もアスクリムゾン家もブレットとスタテリアの子孫で、さらに両家はブレスタがまだある頃から存在していたんです。しかし、両家には一つだけ違いがありました」
「違い?」
「ヴィーブル家は今も変わらず人間亜人関係なく暮らしていますが、アスクリムゾン家は亜人を忌み嫌い、敵視しているせいか彼らが治める領地には亜人は一人もいません。それどころか彼らの領地に一歩でも足を踏み入れたらそれが子供だろうが女性だろうが問答無用で殺害するほどです」
「それは……昔からなのか?」
ユウキはイズの話を聞いて一つ疑問が浮かんだ。それはブレスタという国は基本的に人間と亜人の共存が目的であるにも関わらず何故この地で生活をしようとすることだ。何故なら共存が出来ないのであればこの地から離れればいいだけのはずだ、と。エイガルドは無理だとしても他の地なら人間だけの国もあるはず。もし、どの地にも亜人が存在し、生活しているのであれば仕方ないがそれでも考えは他にもあるはずだ。亜人に干渉せず生きるだけならば、誰も来ないような場所にひっそりと住めば必要以上に亜人に接する事もないはずだとユウキはイズの話を聞いた上でそう考えた。
しかし、それがブレスタが割れる前からなのであればエイガルドにいた亜人を忌み嫌う騎士がそうブレットとスタテリアの子孫に教え込んだのなら納得は出来る。だが、ユウキが求めていた答えはイズの口からは放たれることなく、逆に驚きを与えた。
「いえ、昔はアスクリムゾン家も亜人との共存を望んでいました。しかし、五年前彼らの領主が代替わりした瞬間、新たな領主は領民に向かってこう言い放ちました。『今日よりアスクリムゾン家は領内に存在する亜人全員を追い出し、人間だけの国にする』と—————」
イズは真剣な眼差しでユウキたちに向かってそう答えた。
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