新たな旅立ち-8
カイザは神殿に運ばれてから四日後に目を覚ました。目を覚ました時は何故こんな所にいるのか理解が出来ず、困惑したが自分の担当をしてくれているという寝不足からか目の下に隈を作った一人の神官が食事を乗せたワゴンを押しながら部屋に入ってきた。神官に手を貸してもらいながらゆっくりと身体を起こしたカイザは、神官が説明してくれたおかげで自分の身に何が起きたのか理解した。
神殿に運ばれた時はすでに右腕の肘関節の骨折と三本の指の関節が完全に折れ曲がっており、左腕からは穴が数か所開いていたため、かなり出血をしていた。さらには、背骨にも罅が入っていたという。そんなボロボロのカイザの姿を見た神官たちは「生きてるのが奇跡」だと口を揃えて言っていた。神殿に運ばれた彼はすぐに治療が始まり、神殿にいる神官たちが総出で治療を行ったが二日間にも渡ったという。
カイザの治療はなんとか間に合い、一命を取り止めたが問題が二つあった。一つは大量に出血してしまったことだ。傷は治せても流してしまった血液は元には戻らない。だが、こちらは暫くの間、しっかりとした食事を摂れば命に関わるような問題ではないだろう。そして、二つ目の問題である背骨を怪我したことによる後遺症だった。神官たちはそれを一番心配していた。
しかし、そんな神官たちの心配もカイザの状態を見て安堵の息を漏らした。カイザは完全には治らなかった右腕に包帯を巻き、さらに固定するように白い三角巾のアームリーダーを装着しており、左腕には包帯だけが巻かれていた。
「目を覚まして本当によかったです。あと少し遅かったら死んでましたよ」
目の下に隈を作った神官はワゴンに乗せていたカイザ用の食事をベッドの近くに備え付けられたナイトテーブルの上に置きながらそう言った。カイザは神官の動きにつられるように視線をナイトテーブルに向けると、そこには食事以外にあるはずのない物が立て掛けられていた。ナイトテーブルに立て掛けられていたのは『黒猿種』から逃げる際に手放してしまった片手直剣だった。
「あの、この剣って……なんで、ここに?」
カイザは指で剣を差しながら神官に訊ねると神官は「あぁ!」っと思い出すように口を開いた。
「その剣は貴方をここに連れてきた冒険者が昨日届けてくれたみたいよ」
神官はそう言うとワゴンを部屋の外に押していき、部屋を出ようと歩き出す。
「そうそう、一応大体の怪我は治ってるけどまだ無理はしないでくださいね。あと、食事は残しても構わないですがちゃんと食べてくださいね」
部屋を出る直前で神官は新たに思い出したようにカイザの方に振り向くなりそう言葉を残していった。カイザはナイトテーブルに置かれた食事を一瞥するだけで特に口もつけずに、ゆっくりとベッドに横になった。窓から差し込む光を鬱陶しく思いながら左腕で顔を覆い、瞼を閉じた。
カイザが目を覚ましてから一週間後には神官たちによる治療も終わり、骨折した腕もほぼ治りかけていたのでそのまま礼を言い、神殿を後にした。カイザは完全に怪我が治ったら自分を助けてくれたという謎の冒険者に会いに行こうと、神殿にいる神官たちにその謎の冒険者について訊ねたのだが誰一人として教えてくれなかった。いや、正確には教えてもらえなかったのではなく、知らなかったようだ。
神殿に訪れた時はすでに全身をフードのついた黒い外套で包んでおり、フードも目深に被っていたせいか顔もよく見えなかったようだ。ただ、声からして男性でそれもカイザとほぼ年齢も変わらないだろうと謎の冒険者を見た神官はそうとだけ教えてくれた。しかし、顔も見れていないおかげで名前は分からないと申し訳なさそうにその神官は話してくれた。
カイザは少しでも謎の冒険者の特徴を教えてくれた神官に礼を言い、ギルドに向かった。ギルドなら冒険者も多いし、何かしら手がかりがつかめると思ったからだ。しかし、カイザの思惑は見事に外れ、ギルドで他の冒険者に聞き込みをしてもギルドマスターのマコに訊ねても知らないと言われてしまった。
仕方ないのでギルドで簡単な採取依頼を受け、ギルドを後にした。依頼を受ける際にマコから止められたが、食い扶持を稼がなければならない上、骨折していた腕もまだ完全には完治していなかったため採取系の依頼のみ受けられるという形で納得してもらった。
「はぁ……しかし、僕を助けてくれたという冒険者は本当に存在するんでしょうか」
街から少し離れた森で依頼内容の果実と薬草の材料である花を片手で器用に採りながらそう呟く。ギルドでも神殿でも謎の冒険者の情報は掴めなかった。カイザは本当にいるのかと疑問に思えてくるほど何も掴めなかった。
採取を始めてから三十分後、前とは違う少しだけ開けた場所で採った果実と花の数を数えながら依頼された数と合うか確認しているとガサガサと遠くから草木を掻き分ける葉擦れの音が聞こえてきた。前回とは違う場所なだけあって隠れられるような岩もないため近くの木の後ろに隠れ、音のした方へと警戒を強める。
「……あれはッ!」
しかし、今回現れたのは魔物ではなかった。音のしたところから現れたのはカイザが探していた人物と姿が似ていたのだ。フード付きの黒い外套を羽織っていたが、フードは被っていなかったので横顔と特徴的な赤い髪の長さから男だと分かった。赤髪の男は周りをキョロキョロと警戒するように見渡しながらゆっくりと歩いていた。
「なんでここに彼が?……まさか、彼が僕を?いやいや……それはあり得ない!彼が冒険者になったのは僕とほぼ同じ時期だったはず。そんな彼が『黒猿種』を倒したとは到底思えない」
警戒しながら歩く赤髪の男には見覚えがあった。彼の名前は『一之瀬和人』。この世界に訪れた異邦人の一人だった。彼はこの世界に来てカイザとほぼ同時期に冒険者になったが、二週間足らずで一人で魔物をDランクの魔物を狩れるまでに成長していた。だが、自分を襲った『黒猿種』は基本的にCランクの冒険者が数人で倒せる程度の強さを持っていると言われている。それを同じEランクの彼が一人で倒したとは到底思えなかった。
同じ片手直剣という武器を扱う者同士、そして同時期に冒険者になった者同士としてカイザは本当に彼が『黒猿種』を倒したのか気になり、少し離れたところから彼を尾行することにした。しかし、カイザの行動はのちにカズを尾行したことに後悔する事になった。暫くの間、カズを尾行しているとある茂みの前で身体を屈ませ、茂みの奥を確認した。
カイザも同じように少し離れた木の影からカズと同じ方向を睨みつけるように目を細め、見つめるとそこには『黒猿種』と同等の強さと大きさを持つ『血牙猪』の親子が木の幹の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしていた。
「何をする気だ?」
木の影に隠れながらカズの動きを見張っていたカイザは聞こえないように呟いた。カズは茂みの影から『血牙猪』の子猪二匹を近くにあった小石を拾い、その小石を親猪のいる方向とは違う場所に投げて誘導し始めた。暫くしてから、自分の子が離れたことに気付いた親猪は鋭い目つきで辺りをキョロキョロと見渡しながら子の匂いを頼りに歩き始めるが、それは茂みから顔を出したカズによって阻まれた。
カズと『血牙猪』の戦いは木の影から覗いていたカイザも開いた口を閉じること忘れるほど圧巻だった。それは一瞬の出来事にも近い動きでカズは怒り走る『血牙猪』の突撃を何度か難なく避けた後、生まれた一瞬の隙を突いて『血牙猪』の首を一振りで落としたのだった。辺りには『血牙猪』の血液が飛び散り、広がる様に地面を赤く染める中、カズは一度周りを警戒するように見渡した後、慣れた手付きで『血牙猪』の皮と食材や燃料に変わりにもなる肉と脂、そしてまったくと言っていいほど傷のついていない牙を取っていった。
全ての素材を取り終えたカズは顔に付いた血を拭うと、来た道を戻るかのように振り向き、歩き出した。その彼の姿をみたカイザは信じたくなかったが、自分を救ったのは彼だと自覚し、カズとは違う道から街に引き返した。
次回更新は5/13です




