人間関係をわずらわしいと思ったことはなかった
人間関係をわずらわしいと思ったことはなかった。
でも、人の悪口に同調するのは嫌だった。
人の悪口に同調するだけで、私もその人のことが嫌いなんだと皆は思う。私も悪口に同調していると、その人のことがだんだん嫌いになっていく。
私はその人に何かをされたわけではないのに…自分も嫌いなんだと思ってくる。
次の日から、その人の粗ばかりを見ようとする。そしてその人の悪い所を見ると、皆で目線を合わせてクスクスと笑う。
そうやって人は仲良くなっていく。
人の悪口に同調しながら。
学生時代私は皆でいるとき、あまり一人でトイレに行かなかった。
一人でトイレに行って、戻ってきたとき、皆がわたしの悪口で盛り上がっていたらどうしようと、怖かったからだ。
人ってどうしてこんなに悪口を言うのだろう?人ってどうしてこんなに人の事嫌えるんだろう?自分ではないからと、ゲラゲラと大きな声で、自分がされたら怒る癖に、自分がされたら怒鳴り散らす癖に、嫌いになった理由も忘れて、その人の地位を低くさせて、皆で共有して、皆はそれに同調して、皆は、同調しないと私が…とかいい感じの言い訳を語りながらゲラゲラ笑って同調する。
次のターゲットが自分だったらどうしよう。自分もああいう風になるのかな?他人に理不尽を投げつけられて、それを黙って、何も感じていないという風を装いながら、生きていかなければいけないのかな?
他人は、理不尽を投げている奴に関して何も言わない。自分ではないからと何も言わない。それは誰が見ても悪い事なのに、他人はいたずらな汚い笑みを見せながら、自分たちが醜く笑っているとも知らずにその様子をただただ見ている。
でも、理不尽を投げつけられたものが勇気を振り絞って怒った時、理不尽に対して「こんなのおかしい!」と怒った時、醜い顔をして見ていた他人が姿を現す。
「おい…やめろよ…」
この言葉とともに、他人は列をなして同調する。
「そうだよ…」
「どうしたんだよ…」
「おいおい、こいつ誰か止めろ…」
死ね、キモイ、消えろゴミ、そんな言葉を並べているときは、他人は何も言わず、「どうしてそんな言葉を言うの!」とその人が怒ると群れを成してでてくる他人。
高校生の時、私はそんな光景を目にした。




