妻は死を望んでいなかったのに、死んだ。俺は死ぬことを望んでいるのに、どうして死ぬことができないのだろう?
妻は死んだ…妻は死んだんだ。
俺はその後、妻のあとを追おうと、何度かその得体のしれないものに飛び込んだが、なぜかそういう時は避けられた。妻は死を望んでいなかったのに、死んだ。俺は死ぬことを望んでいるのに、どうして死ぬことができないのだろう?
そしてある日またいつも通り、俺はそいつに飛び出そうとした。するとその時突然カラスが鳴いた。俺はそれに気を取られて上を向いた。そして前を向いた瞬間
「!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
俺の鼻をかすめるほど近くをそいつは走っていった。そしてすごい風圧に襲われ、俺は恐怖で勢いよく後ろに下がった。
「…」
俺はその時恐怖を覚えた。
それから何度か、また得体のしれないものに飛び込もうとしたが、そのたび足が震え、体が震え、動けなくなった。そしていつの間にか、あの得体のしれないものの音を聞くだけで、俺は恐怖で体が震えるようになった。
そうして俺は、死ぬ方法を失くした。
この世界で、得体のしれないものの音を聞かないなんてことはできない。どこにいても、なにをしてても、どこかから聞こえてくる。俺はそんな音から逃げて、逃げて、逃げ続け、逃げて逃げて、ようやく辿り着いた。あの不快で恐怖の音が聞こえてこないところへ。はっきり言ってここがどこかもわからない。でも、ここはきっと、誰も来ない。静かな静かなところだ。
ここで死ぬのもいいだろう。
ここで何も食べずに死んでいこう。
死んで妻に会うんだ。
天使のような妻ではなく、天使になった妻に迎えに来てもらおう。
そうしてゆっくり語り合おう。
また一緒に暮らそう。
「……」
お願いだ…もう一匹にしないでくれ。
もう一匹は嫌なんだ。
寂しいんだ、苦しいんだ。
お願いだ、はやく、はやく死なせてくれ。
俺の望みは、それだけだ。
生きていくなんてまっぴらだ。




