私、会社辞めるんで
茜田さんが辞めてから一カ月の間、私は会社に行くのも会社にいるのも嫌で嫌で仕方なく、朝から晩、そして深夜でさえ、どうやって辞めようかと考えていた。毎日毎日、今日こそ言うぞ!と呪文のように唱えて会社へと向かったが、いざ部長を目の前にすると、頭では辞めますって何回も言っているのにもかかわらず、それを口に出すことができなかった。
今日は周りに皆がいるから辞めておこう…
というよりもここで急に辞めるなんて言えるわけないじゃん!
こんな普通に皆が働いているなか、コツコツと部長の方へ歩いていって「私、会社辞めるんで」なんて言えるわけないじゃん!
皆に見られるわ!あの子どうしたの?って奇異な目で見られるわ!
「…」
でも…それでも、どんなに皆に奇異な目で見られても、辞められるのであれば…そっちの方が、こんな言い訳ばかりしている自分より、プラスだな…。
毎日仕事を辞めたいと思い、どうやって辞めるかを考え、どうやって言うかを考え、でもいざ会社に行くと何も言えず、周りの目が…とか、こんな空気で…とか、毎日同じような言い訳を重ねて、今日も私は仕事をする。昨日やったような仕事をする。毎日同じような仕事をする。
そして帰るころにまたタイミングをうかがうけれど、やっぱり何も言えずに大きなため息をつく。毎日ずっとこんな感じだ。そして帰りの電車のつり革につかまり、いつも自暴自棄になる。
こんな仕事したくないのに、していたくないのに…
どうして私はこんなとこにまじめに毎日来ているんだろう
来ないという選択肢がどうしてこんなにも大変なんだろう
こんな毎日同じような仕事しかしていないのに、お休みを取るのも大変だ
そして辞めるのはもっと大変だ
辞めると口に出すのも大変だ
いくら心の中で思っても、それを口に出さなければ意味がない
そんなことはわかっている
でも…口に出そうとすると、辞めた後はどうするの?どこかで働けるところはあるの?お金はもう入ってこなくなるんだよ?今後の家賃はどうするの?電気代は?ガス代は?水道代は?携帯のお金だって馬鹿にならないじゃない?私は辞めてどうするの?どうしたいの?そういうこと全部わかってて「辞めます」って言おうとしてるの?
と現実をきちんと見ている冷静な私が、言葉を飲み込ませてしまう。
でも、だったら、私はどうすればいいのだろう?
こんなことを言っていたら私は永遠に辞められないではないか、辞めることができないではないか。この世の中は全ての事にお金がかかる。食事をするのも、何かを飲むのも、アパートで暮らすのも、電車に乗ってどこかへ行くのも、テレビを見るのも、エアコンをつけるのだって、料理をするのだってお金がかかる、いや知らぬ間にお金がかかっている。私たちは生きている限りお金がかかる。だったら辞めることなんて永遠にできないじゃないか。




