ぼくは、クロだよ
「こんばんは!あなたと話したくて来たの」
そう言ってその若くてきれいな雌猫はこちらに歩いてきた。ぼくはこの急な出来事にまだ対処できていない、なにがなんだかわからない、頭がパニックになる。
…失礼のないようにしなきゃ。
そう思った瞬間、ぼくはすべり台を前のめりに滑り降り
「では…ベンチの方に」
と目の前に来た彼女に言った。それを聞いた彼女はきょとんとした顔をして
「なんでベンチなの?」
と言った。僕もそれを聞いて(確かに)と思った。
「いや、べつに、なんとなく、ベンチの方がいいと思って」
そう苦し紛れに言うと
「…うん、わかった」
と言って彼女はベンチまで歩いていき、ぴょん!とベンチの上に立ち、ぼくを待った。ぼくも急いで彼女を追いかけた。そしてお互い猫一匹分のスペースを開けて座った。
僕たちは月を見上げている。
すると雌猫が体をこちらに向けてぼくを見て言った。
「私はメグっていうの」
「…へぇ」
「あなたは?」
「え?」
「あなたはなんていうの?」
「えーと…」
そうだ、ぼくには名前もないんだ。本当にぼくには何もないんだな…。なんだか自分が本当に情けなくなってきた…。
ぼくは今どんな顔をしているのだろう?きっと…情けない顔になっているはずだ。
本当に、なんだか、もう、どうでもよく、なってきた。
「ぼくは、クロだよ」
ぼくは笑顔をつくって嘘を付いた。こんな嘘がいとも簡単に出てきたことに、自分でも軽く驚いている。
「体が黒いから?」
メグはニヤニヤしながらそう言った。
「そうだよ…」
それは本当だよ。
「今つくったの?」
え…?
「名前、今つくったんでしょ?」
メグはぼくの目を見て、ニヤニヤしながら首をかしげた。その姿になんだか色気を感じてしまう。
「そう…だね。なんでそう思ったの?」
ぼくが精一杯の笑顔をつくりながら言うと、メグは目を大きくして口角を上げた。
「やっぱり!」
メグは笑顔でそう言うと、ぼくを見て目を細めてはっきりとした声で続けた。
「だって私たちには名前なんて、そもそもないもの」
「ぇ…」




