僕らとおかしな祭り
『祭り』というものがある。古くから自然現象や飢饉など、人間の力を超越した目に見えない”チカラ”を神や鬼として奉り敬い、感謝し厄をよける。人類が発展してきたうえで重要な文化だ。日本では四季ごとに神や作物の恵みに感謝する祭りがごくごく自然に行われている。神輿を担いだ男たちが掛け声とともに街を練り歩く。誰もが目にしたであろう光景だ。
そしてまた、この国には『奇祭』と言われている祭りも多く存在している。いわゆる、一般的ではない祭りの事だ。僕がわざわざレンタカーを借りて数年ぶりにハンドルを握ってまで向かっているその目的地も、『奇祭』が行われる山奥の神社だった。
「いやー楽しみですね!あっ、そこ右です」
「ほら青木、おやつを与える。食べろ」
割といっぱいいっぱいで運転している僕の隣で三田さんが、後部座席でレイちゃんが愉快なドライブ気分ではしゃいでいる。まさか初めての3人での外出が奇祭に向けてのドライブになるとは、おとといまで夢にも思っていなかった。
なぜこんなことになったのか。三田さんがどこからかこの奇祭の情報を仕入れてきたからだ。
「青木さん知ってましたか!?県内でこういうお祭りやってるんですって!私、お祭りって見たことないんです!一緒に見に行きませんか!」
急な話だった。興奮を隠せないレイちゃんも一緒に僕を見つめていた。場所はというと、僕らの住んでいるアパートから車で約2時間30分、最寄り駅はあるにはあるけど、そこから徒歩1時間。バスは通っているみたいだけど1日4本。結構な山奥だ。ここは珍しい炭酸の温泉が湧いている温泉地でもあった。最近は少し寂れてきてしまったらしいが。
二人が興奮する祭りの内容はというと、それは僕の想像を超えたものだった。おみこし担いでみんなでワッショイなんていう生易しいものではなかったのだ。
『この祭りの起源は今から約1200年前にさかのぼります。当時、この地を恐ろしい大蛇が荒らしまわっていました。田畑を荒らし、川を氾濫させ、村人を襲っていたのです。村人は大蛇をなだめるために毎年作物を供えていましたが大蛇は一向におとなしくなりませんでした。困り果てた村人のもとに一人の若者が現れました。立派な体躯の若者は村人の悩みを聞くと、ならば我が退治てくれん、と大蛇の住処に向かい、死闘の末みごと大蛇を打ち取りました。これを喜んだ村人たちは、村の名物である乳を発酵させた飲み物「饐え乳」で若者をもてなしたところ、若者はたいへんに喜びました。村を後にした若者はその後征夷大将軍「坂下木村麻呂」となりました。以来、この地では木村麻呂に感謝を捧げる祭りを、毎年巨大な樽に饐え乳を入れてそれを桶ですくい浴びせかけ合う「饐え乳祭り」として受け継いできました。現在では「饐え乳こぼし」「ビフィズスさん」と呼ばれ多くの方々に愛されるお祭りとなっています。』
三田さんが持ってきたパンフレットにはこう書いてある。どこで手に入れたのか、初めて見る祭りにしてはずいぶんハードな内容だった。
「見たい見たい」「行こう行こう」二人の目が僕をじっと見つめてくる。まさか洗脳じゃないだろうな。
で、根負けした僕はレンタカーを借りて二人を乗せて山に向かっているという訳だった。
「さすがに大家さんも、こんな私用に宇宙船つかったらダメだって言ってましたよ」
当然だろう。日本の奇祭を見るために宇宙船で乗り付けてくる宇宙人がどこにいるというのか?ここに二人いるわ。
「アーサーも連れてきたかった。青木のオタンコナス」
先日からアパートで飼われ始めた謎のゼリー状宇宙生物「アーサー」。レイちゃんは特に気に入ったようで、犬に擬態したアーサーをよく散歩に連れて行っている。今日も連れてきたがっていたが、それは僕が却下した。祭りの中に連れ込んで何かが起こったら冗談じゃすまないかもしれないし、何より車中で伸びたりしてきたら余裕で事故を起こすだろう。まして僕はペーパードライバーだ。アーサーは段ボールで作った小屋に入れられ、逃げ出さないように特殊なロープで厳重に縛られ留守番している。出かけるときに、三田さんが「アーサー、伸び、NO!逃げる、NOよ!」となぜか片言でしつけていたし、大家さんにも伝えてあるので、トラブルの心配はないだろう。
なれない山道をドキドキしながら進むこと数十分、やっと現地にたどり着くと、そこはもう祭りの独特な雰囲気に包まれていた。会場の小さな神社の境内には、祭り開始1時間前だというのにカメラをもった数十人の見物客が場所取りをしていた。三田さんもレイちゃんも、吊るされた祭り提灯や竹飾り、並べられた桶、そこにいる人々、それら全部を包み込む山の景色に目をキラキラさせている。ここに来るまでにだいぶ神経をすり減らして正直なところちょっと疲れてしまったのだが、この二人の様子を見ていると、なんだか自分もうれしくなってくる。ここまで来たんだ、僕も祭りを楽しもう。
会場を見て回ると、酸っぱい匂いが漂っている。人が二人入れるくらいの大きな樽、これが「饐え乳」か。周りのおじいさんたちは口々に「これはいいわい」「今年は今までで一番のデキだ」と、発行した牛乳を褒めている。樽をのぞくと、ヨーグルトみたいなものが50ℓくらい入っている。
「お兄ちゃん、初めてかい?」
「ええ、そうなんですよ。友達が見たいっていうんで、一緒に来たんです。これ、牛乳なんですよね?」
法被をまとった気のいいおじさんに話しかけられた。
「そう、牛乳。そん中にヨーグルトをぶち込んでな、涼しいところで2日間かき混ぜながら発酵させたんよ。どうだい?飲んでみるかい?今年のはいいデキだぜ!なぁに、腐っちゃいないよ、臭ぇけどな!ガハハ!何?飲まないの?まぁ、お兄ちゃんにはちょっとキツイかもな!ガハハ!」
おじさんによれば、この饐え乳をふんどし一丁の男たちが桶でブッカケ合うというのだが、さすがにこの量では足りないので、境内にある小ぶりなプール程の貯水槽に貯めた天然炭酸温泉水で薄めてからぶっかけるらしい。スーパーなんかに行くと「クルピス」という乳酸菌飲料が売っている。水や炭酸水で薄めて飲むおいしいアレだ。この祭りは簡単に言えば、ふんどしの男たちがクルピスソーダを作ってぶっかけ合うのだ。なんて祭りだ。
祭りまでまだ時間がある。三田さんとレイちゃんは今か今かと興奮しきりだ。会場にも続々と見物客が集まってくる。山奥の、それも奇祭だということもあり、数百人でごった返すという訳でもないが、見たいという人はやっぱりいるんだな。
そんな中、とても目だつ女の人がやってきた。金髪ポニーテール、タンクトップで身長は大きい。三田さんや、僕よりも大きいか、180㎝くらいはありそうだ。そして何より、その胸が大きかった。