僕らと謎の愛玩生物
「ををををう!」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
三田さんが隣に引っ越してきて以来、僕の周りには奇妙な人たちが現れ不思議な出来事がたくさん起こった。そんな日々を送っていたものだから、大抵のことは慣れてきているつもりだった。
でも、今日のこれはなんだ?アパートに帰ってきた僕を出迎えたのは、犬くらいの大きさの、ゼリーみたいにぶよぶよした、何というか、とにかくわけのわからない巨大な粘土の塊のような何かだったのだ。そのわけのわからないものが僕の足にまとわりついて、さも子犬がじゃれるかのようにうごめいているのだ。
なんだこれなんだこれなんだこれ落ち着け落ち着け落ち着けなんだこれ…頭の中でぐるぐると同じ言葉が繰り返される。次の瞬間、それはにゅーっと伸び上がって僕に覆いかぶさろうとしてきた!
「おっ、おおお!!??」死ぬ?死ぬのか?こんなことなら、あの時あれやっておけばよかったなぁ…
「コラーっ!!!!!」スパァン!!
三田さんの声、何かをひっぱたくような音、走馬燈が流れるよりも速く伸び上がってきた何かが吹き飛んでいく。
「大丈夫ですか青木さん!ほんとにもーこの子は人懐っこいんだから!」
気が付くと僕は女の子座りになっていた。
「みっ、三田っ、さんっ…?今っ、のっ、アレっ、なんっ・・・うおおっ!」
ぶよぶよの何かがじわじわとこっちに近づいてくる!
「こらっ!」スパン!
三田さんがひっぱたくと、それはおとなしく?なった。
「ハイ青木さん深呼吸ー、吸ってー吐いてー…吸って―…吐いてー…」
女の子座りのまま深呼吸すること6回、やっと落ち着いてきた。あれは何なんだ?
「あの子はですね、まあごらんの通り宇宙生物です。さすがの青木さんも驚きましたか」
人の形をしているものだったら、まだ理解できる。知っている動物の形をしているものだったら、まだ受け入れられる。ああいうわけのわからないものは、さすがに初見では無理だった。
「なんで、そんなのがここに…?」
「いやあ、散歩に行ったらですね、あの子、迷子になってたみたいで…かわいそうなので連れてきたんです」
あんなのが迷子?町の人は平気だったんだろうか?
「あの子、擬態能力と意識操作能力があるんで、犬に擬態してうろついてたんです」
説明を聞いて納得した。さすがにアレが町中をうろついてたらとんでもない騒ぎになるだろう。
「大家さんに言ってきたぞ…青木、お前もやられたのか」
レイちゃんがやってきた。大家さんに報告してきたのだろう。困ったときの大家さんだ。
お前も、という事は、レイちゃんもにゅーってやられたのか。
「どうでした小暮さん?」
「うん、飼い主とは直接連絡つかないから、一旦組合本部に連絡してくれた。むこうから返事が来るまで、少しの間面倒みてほしいって」
「そうですか…」
飼い主?飼われてるのこれ?こんなのを飼うの?ぶよぶよはレイちゃんにすり寄ってぶよぶよしている。あっ、伸びた。
「こらこら、やめないか」スパン!
レイちゃんがひっぱたく。ぶよぶよは縮こまり、足元でぶよぶよしている。
つまり、こういう事だった。
散歩中の三田さんが町で犬に擬態したぶよぶよを見つけたが、このぶよぶよは本来ペットのような存在であり、一匹?で行動することはなく飼い主が一緒にいるはずだが近くにみあたらない。はぐれたのか逃げ出したのか?擬態能力と周囲の人間への意識操作で大事にはなっていないがこのまま放っておくわけにもいかずアパートに連れ帰ってきたもののさてどうしたものか?あっ、小暮さん、この子拾ってきたんですけどこらこら伸びないのスパン!ちょっと大家さんに報告してもらっていいですかほら伸びないスパン!ちょっとここで待っててね今ヒモ持ってくるから。
で、そのタイミングで僕が帰ってきたと。
「面倒みるのはいいんですけど、わたし、これ飼ったことないんですよね。餌とかどうしたらいいのか…」
「私はあるぞ、これより少し小さいやつ。大抵のものは食べるから、餌の心配はしなくてもいいだろう」
少し楽しそうな二人の会話は、子猫を拾ってきた小中学生のそれだった。違うのは、拾ってきたのは子猫ではなく「ぶよぶよしたなにか」だというところだ。
「あっ、そうだ!名前つけましょう名前!そうだなーどんなのがいいかなー…」
「…アーサーというのはどうだろう?」
「ソレだ!すごい!かっこいい!」
何がソレなのか僕にはわからないが、この件に関してはもう二人に任せよう。ヒモに括られ、階段の手すりにつながれたぶよぶよは伸びたり縮んだりしている。
「よーしアーサー!しばらく一緒にいようねー!」
「よしよし、いい子だ。伸びるな」スパン!
遠い故郷の事を思い出したんだろうか。二人は暗くなるまで階段に腰掛け、アーサーと一緒に過ごしていた。