三田さんと夕暮れの男の子
その日の夕方、三田さんは公園のブランコに座っていた。レイちゃんと連日「ドラゴンごっこ」をしていた公園だ。ニコニコしながら、足でブランコを揺らしている。不思議なのは、時折自分の左側にある、もう一つの誰も座っていないブランコに向かって話しかけているように見えるところだ。
「三田さん、一人でなにしてるんですか?」
「ああ、こんにちわ青木さん。一人でって、嫌だなあ、一人じゃないですよ。ほらここ…あれ?」
ブランコを見て、そのあと周りをきょろきょろ見回す。そのブランコはさっきと変わらず静かに小さく揺れている。
「あれ?おかしいな、帰っちゃったのかな?」
「帰ったって、三田さんひとりだったじゃないですか?」
「いや、いましたよ、小さい男の子。5・6歳くらいの」
そう言われても、僕には三田さんが一人でブランコを揺らしていただけにしか見えなかった。
結局その日、三田さんのいう男の子は現れなかった。
別の日の夕方も、三田さんは一人でブランコを揺らしていた。また、別の日も。僕には見えない男の子は、きっと三田さんの宇宙人仲間だろうと思っていた。しかし、どうやら違うようだ。考えてみれば、初めてあの光景を見た日、三田さんは「小さい男の子」と言っていた。仲間であれば、レイちゃんの時のように僕に紹介してくれるはずだ。「男の子」という事は、それは三田さん自身も初めて会った人物だろう。アパートに帰ってきた三田さんをつかまえて、僕は男の子について尋ねてみることにした。
「不思議な子なんですよ、あの子。いつも他の子供たちと遊んでいるんですけど、夕方になるとみんな帰っちゃうじゃないですか?あの子だけ残って一人でブランコに乗っていたから声をかけてみたんです」
やっぱり三田さんの仲間じゃなかった。近所の子供だろうか?
「私が見かけるときはいつもなんです。みんなと遊んで、でも夕方にはひとりぼっち。ちょっと心配になっちゃって。この間の変質者のこともありますし」
先日この界隈を騒がせた「露出狂変態宇宙人」は三田さんとレイちゃんに成敗され、おそらく大家さんによって地球から強制退去させられている。それからは変質者騒動は聞かなくなったが、それでも子供が一人で夕方の公園にいるというのはちょっと危険だ。
「お母さんは?とか尋ねてもニコニコ笑ってるだけだし。寂しそうにはしてないんですけど…あんまり喋らないんですよ。仕方ないので、私の方から一方的に喋って保護者の迎えが来るのを待ってるんです。で、そろそろ暗くなってきたな、と思って、ふっと横を見るといなくなってるんです。不思議ですよね」
子供たちと遊び、三田さんには見えて僕には見えない「男の子」。不思議というか、
「その子、人間、なんですかね…?」
「おお!言われてみれば!んー?でも、なんだろうな?」
「オバケ…とか?」
「オバケ?すなわち死者の精神が実態を持たずに具現化するという現象およびその具現化した精神体、一般的には幽霊とも、という事ですか?」
「いや、ムズカシイことは分かんないですけど…」
オバケをそういうふうに解釈する人初めて見た。
「でも、ちょっと違うかもしれないですね?生体エネルギーは感じましたし」
「そういうものなんですか?生体エネルギー?」
「私たちの視覚は、いわゆる視覚情報のほかに生命体から発せられるエネルギーを視ることができるんです。こう、体のまわりにモヤっとした光が見えるような?そんな感じで。それがあったから、オバケじゃなさそうですけど?」
人間ではなく宇宙人でもなく幽霊でもない。だとしたら何だろう?UMA?でも人間の姿をしている?
「ひとつ心あたりが…」
ひょっとしたら、かもしれない。でも、目の前に宇宙人がいるんだから、僕のこの仮説はあながち間違っているとはいえないだろう。
「妖怪かもしれないです、その子。座敷童的な」
「妖怪?人類や生物とは違う独自の生態を持ち古来より人類のその隣に生存しているとされながらも具体的な生存証拠はなく主に伝聞や物語の中に登場する幻想生物…日本以外ではモンスターという存在がそれに近いという、妖怪ですか?」
「いや、ムズカシイことは分かんないですけど…」
「なんですか?ざしきわらしって?」
「古い民家なんかに出るっていう、子供の姿をした妖怪ですよ。子供たちにしか見ることができないっていうやつです。座敷童が家にいる間、その家は繁栄して、いなくなると衰退するんですって」
「へえ…なんで私、見えるんでしょうね?子ども扱いされてるのかな?」
子供と遊ぶ大人には見ることができない不思議な存在といえば、それはやはり座敷童だろう。三田さんには見える、というのは、彼女の精神が子供のそれといい意味で同レベルだからではないだろうか。
「きっと、純真な心をもってるんじゃないですか?」
「あはは、照れるな」
嬉しそうに笑う。
それにしても、宇宙人に続いて妖怪まで現れるとは、こりゃあ幽霊もUMAもいるかもしれないな。…いや、きっと彼らはずっと存在しているんだろう。僕らが気づかないだけで、いつも隣にいるのかもしれない。
「あーあ、私の故郷に来てくれないかな。いてくれてる間は繁栄するんでしょう?いいなー。あ、こんど頼んでみよう」
「いやあ、どうでしょう?あちらの都合とかあるかもしれないし…あっ、すみません、玄関先で長々引き留めちゃって」
「いいんですよ、青木さんとおしゃべりするの楽しいですから!」
「あはは、じゃあ、また」
「はい、今日はこれで」
今日も三田さんは夕暮れの公園で一人、ブランコを揺らしている。楽しそうに話しかけている相手は僕の目には見えない。僕も仲間に入りたいけど、でも、この二人の時間はきっと、とても大切なんだろう。