僕らと変態おじさん
『この近所に変質者があらわれたらしい』
なんでも、目の前で突然コートをはだけて体を見せつけてくるというのだ。しかもその体はなにやらテカテカとしているとか。その変質者は小柄な、なんだか爬虫類っぽい顔をしたおじさんだとか。
そんな噂が流れてから数日後の今日、僕の目の前には、三田さんとレイちゃんにボコボコにされた件の変質者が正座させられている。
「あの映画、すっごい面白いですね!もう体が勝手に動きますよ!」
シャドーボクシングのようにパンチを放ち、妙な構えで怪鳥のような声を上げる三田さん。レイちゃんも隣で同じような動きをしている。傑作カンフー映画「燃える!ドラゴン」を二人で観たらしい。二人の気持ちはよくわかる。あの映画を見た者は、自分が「若くして逝った永遠のカンフーヒーロー ブルース・李」になったと錯覚してしまうのだ。聞けばどうやら、二人は公園で「ドラゴンごっこ」を毎日のように繰り広げているという。考えるんじゃない、感じるんだ!とかそんなことを言ってるんだろう。
そういう精神状態の二人の前に、この変質者は現れてしまったのだ。ドラゴンごっこの帰り道、タイミングが悪かった。ターゲットもまずかった。コートがはだけたその刹那、偽ドラゴン二人に覚えたての功夫を叩き込まれたのだ。そして、アパート前に引きずられてきたのだ。
「ホントしょうもないですね!ホント!なんなんですかあなた!しょうもない!」
三田さんにこっぴどく叱られた変態おじさんは、汗と脂で額をテカらせながらひたすら謝っている。レイちゃんは無言でおじさんの背中を蹴っている。サッカーボール扱いだ。
「まあまあ、三田さん落ち着いて。レイちゃんもホラ、もう蹴らないの」
「いいんですよ、こんな人!多少手荒でもいいんです!地球人類じゃないんですから!」
「そうなの?!そうなのおじさん?!」
「すっ、すいません、そうなんです…痛っ、もう蹴らないで!」
言い終わって、ひと呼吸、おじさんはカエルのような姿になった。
「うわっ、ホントだ!…おじさん、何なの?」
「…アタシもね、宇宙人なんです…」
カエル型宇宙人といえば、1951年アメリカ・イリノイ州オーランドパークに現れた小型のフロッグエイリアンが有名だけど、おじさんの場合は1955年オハイオ州ブランチヒルに現れたというフロッグマンの方だろうか?ブランチヒル事件は右肩が妙に盛り上がったヒューマノイドだったとも聞くが、おじさんのことだろうか。
「…アタシもね、はじめは調査目的で地球に降りてきたんです。そりゃあ仕事ですから、まじめにやってましたよ。でもね、なんていうか、こう、やってるうちに物足りなさ?みたいなものを感じたんです。そんなある日、アタシの姿を見られちゃったんですよ…その時にね、こう、首のあたりにぞわぞわーっと、じわじわ―っとしたものがきてね、気持ちよーくなっちゃったんです」パァン!
言い終わると同時にレイちゃんの蹴りが背中に決まった。ワールドカップのPKを彷彿とさせる、スピード、角度共に良い感じだ。
レイちゃんもむっつり変態なところがあるが、こういった本物の変態は気に入らないようだ。
「そっ、それからは、人に見られると感じちゃうというか、癖になっちゃって」パァン!
「ホラ、レイちゃん、もうやめなって。ちょっと大家さん呼んできてくれる?こういう宇宙人がらみのことは相談した方がいいよね?」
「そうですね」
うなずく三田さんのその目は、腐った魚を見るかのようだ。おじさんは2発の蹴りがこたえたのか、突っ伏してゼエゼエしている。
ほどなく、レイちゃんが大家さんを連れてきた。
「感心しないね。君たちの星にも、地球人類に迷惑をかけないという規約があるだろう」
大家さんがエルダーだとわかったからか、おじさんの脂汗がよりひどくなった。ただただ平謝りだ。
「三田さん、大家さんってすごいんですね?」
「そりゃあ、このあたりの宇宙人の総元締めみたいな方ですから」
「じゃあ、この件は私が預かるよ」
そう言って、大家さんは変態カエルおじさんを自宅に連れて行った。その日の夜、何気なく窓の外を見ていたら、大家さん宅の庭から、一瞬、光の柱が空に伸びた。
それからというもの、変質者の噂はいつの間にか消えていた。
あの時の光の中にあのおじさんがいたような気がしたが、僕の目の錯覚だったかもしれない。三田さんとレイちゃんのドラゴンごっこは、まだしばらく続くだろう。