三田さんの友達
三田さんが子供を連れてきた。
小学4年生くらいだろうか、ボーイッシュな女の子とも可愛い男の子とも、どちらともとれるような子だ。三田さんの後ろから大きな黒い瞳で僕をじっと見つめている。
「ご紹介します!先日お話しした私のお友達、小暮さんです!」
「…小暮だ」
「ああ…よろしく、お願いします…」
三田さんの友達という事は、この子も宇宙人なんだろう。あまり表情を変えないタイプの種族なのか、ほぼ無表情でまだ僕を見つめている。
「小暮さんはですね、ご存じ!リトルグレイさんなのです!」
なるほど、三田さんよりわかりやすい名前だ。小さいグレイね。
「まあ、とにかく上がってよ、二人とも。ちょうどいいおやつもあるし」
「おやつ?」
反応したのは三田さんだけだ。小暮とよばれた子はいまだに無表情。なんだか不思議な子だ。
「小暮さんは、その…」
どうにもやりづらい。ちゃぶ台を囲んでも、やはり無表情、無言で僕を見つめている。つなぎに入るべき三田さんはおやつのチーズケーキに夢中だ。
「その、男の子なんですか?」
変な質問をしてしまった。
「…今は男」
「今は?」
「女の体にもなれる」
「へえ…」
「女の方が良いのか?」
「いや、まあ、そう、ですね」
「…わかった」
そういって小暮さんは目を閉じる。そしてすぐに、
「今変わった」
「え?もう?」
ほんの数秒だ。それに、見た目は全く変わっていない。あ、そういう事なのかな?服の中で何らかの変化が起きているっていう。
「…今、何か考えたか?」
「いや、何も。すごいなって」
「…三田、青木は変態なのか?」
「?そうなんですか?」
そんな目で僕を見ないでほしい。
「少年か少女の二択で少女を選び、目に見えない何かを想像し、妄想している。これは変態というやつだろう」
なんでそんなこと言うときはやたら流暢にしゃべるのか、この子は?
「やはり地球人類の発展のカギはその変態性、エロスにあるのだな。エロい事をすることによって人類は進化する―つまりはそういう事なんだな。そうか、我々にはない進化だ。なんてエロいんだろう」
なんだ?ちょっと興奮しているのか?顔を赤らめて鼻息が少し乱れ始めたじゃないか?
「ちょっ、ちょっと、ダメだって、子供がエロスとか言っちゃ」
「子供ではないぞ。青木よりずっと長く生きている」
そう言われても、その見た目でその発言はまずい。なんらかの条例に引っかかる恐れが十分すぎるほどある。
「とにかく、あんまり他でそういう事言わない方がいいよ、地球だといろいろ問題があるから」
「…そうか。なら、そうしよう。でも、エロい物はエロいと言うからな。覚悟しておけ」
なんで今脅されたのか?
ここまでで分かったことがある。この子は妄想をこじらせるタイプだ。1を聞いて10を知るタイプだ。世間に有り余る些細な日常の風景を瞬時にエロに結び付ける類まれなる才を、この子は持っている可能性がある。…地球で生活していけるのだろうか。
「小暮さんは、どういった目的で地球に?」
「…地球の文化と、人類の進化の過程を調べに。…あと、牛といううまい動物がいると聞いて」
ああー、そっちかー。リトルグレイはTボーンステーキ食べるって言ってたしな。
「手を付けてないけど、そのチーズケーキも牛由来の食べ物だよ」
「…そうなのか。食べる」
「どう?」
「うまい。…でも、肉が食べたい。最近食べてないから」
「どうして?牛肉くらいすぐ手に入るんじゃないの?」
「…先日、我々の地球探査班のリーダーが牛をさらおうとして牧場主に見つかり、ものすごく怒られた。正座させられて1時間説教されて、保護者を呼ばれる寸前までいった。リーダー、すごく泣いてしまって、それ以来、牛は食べないようにと通達されている」
「どうしようもねぇな」
「…実は、私も同じ宇宙船に乗っていたのだが、怖くて見ていることしかできなかった。牧場主のおじさん、とても怖い」
妙なトラウマがあるようだ。たいていの宇宙人はメンタルが弱いのだろうか。
「でも、普通に食用で売ってる肉なら食べてもいいんじゃない?牧場主のおじさんだって、勝手に食べられるのを怒ってるわけだから」
「…今度リーダーに報告してみる。本当はみんなも食べたいだろうから」
割と仲間想いの一面もあるのかな?
「リトルグレイといえば、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「…何だ」
UFO好きなら恐らく誰もが知りたいだろう真実を、僕は訪ねることにした。現在のすべての宇宙人事件のはじまり、あの事件の真相だ。
「ロズウェル事件って、あれ本当はどうなの?本当に宇宙船は墜落したの?」
1947年7月4日アメリカ、ニューメキシコ州ロズウェルの郊外にUFOが墜落。乗組員と思われる宇宙人・リトルグレイが死亡していた。アメリカ軍は事件を隠蔽し、墜落したUFOと生き残ったリトルグレイは軍事基地エリア51に運び込まれたという。当時一大スキャンダルとなり、今もなお、その真実は不明のままだ。
「…あまり話すな、と言われているが、まあいい。宇宙船が墜落したのは本当だ」
UFOはやはり墜落していた…!これまで何度も議論が重ねられていたが、ついに真実が明らかに!
「…原因は『わき見運転』だ」
…?
「当時の操縦者が、地上を歩くうまそうな牛に気を取られて、そのまま墜落してしまった。これは我々の不祥事であるとし、一時箝口令が敷かれた」
「え?じゃあ、あの、何人か宇宙人死んだっていうのは…」
「死んではいない。墜落し大破した宇宙船の修理に保険を使用するにあたり現地の警察を呼んだ。事故証明がないと保険が使えないからな。呼んだといっても付近は広い牧場、到着までに時間がかかる。やることがないので横になって待っていたのを、到着した人類が『死んでいる』と誤解したのだ」
「え、エリア51とか、そういうのは…」
「紹介された修理工場の名前が『エリア51』だった。なかなかの技術をもった素晴らしい工場だと聞いている。今も現役だとか」
「な…」
「つまり、『牛が原因のわき見運転で墜落した宇宙船を、現地の警察官の紹介でエリア51という修理工場に持ち込んだ』というのが、地球人類の言うロズウェル事件の真実だ」
「交通事故…?」
「幸い死者は出なかった」
この真実は、僕の心の中にしまっておこう。
「どうです、青木さん?小暮さんとうまくやっていけそうですか?」
僕たちのやり取りを、横でニコニコ見ていた三田さん。
「ええ、まあ、大丈夫ですよ。っていうか、何ですか、うまくやっていけそうって?」
「…このアパートの一階に住むことにした。101号室だ。ここの真下だ」
「そうなの!?まさか入居者の3分の2が宇宙人とは」
「あ、もうこんな時間ですね。そろそろ帰りましょ、小暮さん」
「…分かった。…青木、これからもここに来ていいか?」
「いいよ。あ、小暮さん、その、呼び方を変えていいかな?『小暮さん』じゃなくて」
どうにもやりづらいのだ。
「…構わない」
「じゃあ、その、『レイちゃん』っていうのはどうだろう?」
グレイのレイだ。単純だが、小暮さんと呼ぶよりは親しくなれそうな気がする。
「…それでいい。…青木は『レイ』という名に何か興奮する要素がある、ということだな。『レイという少女』に人には明かせないような卑猥きわまる劣情をもよおすというのだな」
また何か妄想しはじめた。
また来る。そう言って二人の宇宙人は自分たちの部屋に帰って行った。可愛らしいむっつりスケベ、新しいご近所さんができた。