僕と三田さんの日々
3メートルの宇宙人、三田さんがとなりに越してきて数日が経った。
昼間は僕も仕事があるし、三田さんもどこかへ出かけているようなので、いつもどういう風に過ごしているかはわからない。夜、たまに謎の言葉で喋っているのが壁越しにうっすら聞こえてくることがあるけど、多分誰かと連絡を取っているのだろう。
今のところ、僕の生活に大きな変化はない。となりの部屋に宇宙人が住んでいるだけだ。
総戸数4、1LDKで駅から徒歩約15分家賃33,000円、超安いがお世辞にも綺麗とは言いづらいアパート『メゾン・ド・ザ とぐろ荘』、ここに僕と三田さんは住んでいる。僕は201号室、三田さんはとなりの202号室だ。築40年、僕が産まれたときにすでに15年経っていたアパート。安さと駅の近さで入居を決めたが、別に問題はない。ゴキブリも、たまにしか出ないし。周辺も静かで、住んでいて気持ちのいい土地だ。遠くに聞こえる電車の走行音も、最近はお気に入りの生活音になった。ここに住んでよかった、と思っている。
ピーン・ポーン
「三田でーす、ちょっとよろしいですかー?」
日曜日、三田さんが訪ねてきた。先日別れ際に言っていたとおり、人間の姿だ。
「おいしいもの見つけたんで、お土産に持ってきました!」
そう言って紙袋を差し出した。
「あっ、これあの和菓子屋の?」
「はい!先日ごちそうしてくださったようかんのお店の、きんつばです!」
初めて三田さんと出会った日、あの時お茶請けに出したようかんが気に入ったのか、どうやら三田さんは店まで訪ねて行ったらしい。あの店の和菓子は僕も気に入っている。昔ながらの饅頭から最近話題の食材を使ったスイーツまで、幅広く手掛ける店だ。ちょっと値段はするけど、給料日あとなら何の問題もない。
「いやあ、うれしいな。おいしいんですよね、あそこの和菓子」
「このきんつば、普通のあんこじゃなくてサツマイモを使ってるんですって。で、あんことはまた違った甘さが堪らなかったので思わず買ってきちゃいました!」
せっかくなのでお茶を入れて、二人でいただくことにした。ちょうど聞きたいこともあったし。
「今まで、どんなことしてたんですか?結構朝はやくから出かけてたみたいですけど」
「人類観察、というやつですかね。やっぱり、地球人類の行動には興味がありますし。駅に行けばたくさんの人たちを見ることができますから。事前に多少の知識はあったんですが、やはりみんな毎日同じことを繰り返して生活しているんですね。同じ時間に電車に乗って職場に行き、夜おそく帰宅する。毎日これ」
「やっぱり、おかしい、とか思います?宇宙人的に」
「いいえ、おかしいとは思いません。こういう文化なんだ、こうやって生きてこうやって発展してきたんだ、って納得しただけです。私たちは異文化を否定しません。否定しても意味がないと思っています。相当理解に苦しむようなことは否定する『かも』しれませんけど、異文化に対しては受けとめ、考え、理解し受け入れることが大切なんじゃないかなって」
「すごいですね…そういう考えかた、なかなかできませんよ。みんなもっと、それができればいいんでしょうね」
「青木さんだってできてるじゃないですか。私とこうやっておしゃべりしてるんだから」
「えっ、いや、三田さんがごく自然に接してくれてるからですよ」
ちょっと照れてしまった。
「ほ、他にはなにかしてたんですか?」
「あとは、食べ歩きですね」
「食べ歩いてたんですか」
「ほら、私たちには食事という習慣がありませんから。この姿なら口もありますし。すごく楽しいですよ!見たこともない食べ物を食べて味を知るって!もう、地球に来て良かったって思うほどに」
「そこまでですか」
「私、食事という行為・文化を故郷に広めたいって思ってるんです。私の種族は、私たちの星は、もう進化と発展の限界を迎えているんです。肉体的に食事を必要としなくなった。食事が不要なら、食料の生産も当然不要、今まで食料としてきた生物、地球でいうところの豚や牛などの家畜、魚、それらを飼育するための飼料植物なんかもすべて廃棄、死滅しました。文明だって、こうして惑星間移動できるまで発展して、そこで終わりです。私たちは、生物も植物もほとんどいない、これ以上なんの変化も起こらない世界で暮らしているんです」
「そうなんですか…」
「このままでは衰退するだけ、良くて現状維持。そういうことに危惧を覚えた一部の同胞が『他の惑星の文化を取り入れ、種の存続と新しい発展を』って考え始めて、それで今、私が地球にやってきたわけです」
「結構まじめなお話なんですね。三田さん、もっと気楽な感じで来てるのかと思ってました」
「いやあ、なんだか照れちゃいますね。もっとも、計画が始まったのはだいぶ昔のことらしいんですけど。やっとお金が貯まったから、いよいよってことで私が派遣されたわけで」
「ああ、お金拾い部隊がんばったんですね」
「もう本当に何もないんですよ、私の星!文明発展しきっちゃったから何も製造しないし!毎日ヒマで!社会生活だって、世界がそんなだから何もやることがないし!ヒマつぶしといえば他人の服の中にいきなり入り込むことぐらいで!」
「何してんですか」
「道行く他人の服の下からいきなりズボォって、突き上げるように入り込むんです!全く見ず知らずの他人に!スナック感覚でやってましたね」
「ろくでもないことしてるんですね」
「青木さんもやってみます?ほら」
女の子座りの黒いロングスカートの裾をちらちらめくりながら三田さんが笑う。
「やりま、せんよ…」
「ですよねえ、面白くもなんともないもの」
「面白くないのか」
正直、やりたい。しかし、今それを言ってはいけないだろう。きっと「地球人はドスケベ変態生命体だ」と思われるだろうから。
と、同時に疑疑問がひとつ。
「あの服の中って、一人入れるくらいのスペースがあるんですね?」
「ありますよ。あ、やっぱり誤解されてるんだ、私たち?」
「誤解ですか?」
「私たち『3メートルの宇宙人』って呼ばれてるじゃないですか?でも実際のところ、私たちの平均身長って2メートルなんですよ」
「は?え?」
「頭のてっぺんから地面までが3メートル、その見た目で『3メートルの~』って呼ばれてますけど、あの服の中はほとんど何もないですよ。空間があるだけです。あれはですね、1メートルくらい浮いているわけなんです。つまり本当は『1メートル浮かんでいる2メートルの宇宙人』なんです」
「頑張って浮いてるんですんね。あんまり聞きたくなかった真実」
「『計3メートルの宇宙人』でもいいかもしれない」
三田さんは自分の言葉に妙に納得しているようだった。
「そうだ三田さん。このアパートに入居するとき、手続きどうやったんですか?やっぱり洗脳?」
「いいえ、そんなことしてませんよ。ここの大家さん、宇宙人ですから」
「!?」
道路を挟んだはす向かいの一軒家に、このアパートの大家さんが一人で住んでいる。70代くらいの、少し気難しそうなおじいさんだ。入居した時、向かいに住んでいると聞いて挨拶に行った。応接室にいた大きな蛇が印象的だった。
「新生活、楽しみなさい。これからあなたの人生はいろいろな事が起こるでしょう。楽しいことはもちろん、つらいことも、もちろんあるはず。困りごとがあったら訪ねてきなさい。いつでも私はここにいるから」
初めての一人暮らし、大家さんにかけてもらった言葉は、とてもやさしいものだった。
その大家さんが宇宙人だったとは。
「知らなかった…本当ですか?」
「大家さんは『エルダー』と呼ばれている種族の方ですね。スゴイ頭良くて超優秀なんですよエルダーさんたち!『全宇宙・宇宙共同組合』っていう惑星間連盟があるんですけど、そこの最高責任者もエルダーさんです」
「宇宙2回でてきた」
「あちらの星の知性の象徴・蛇のマークをつけた宇宙人を見たらエルダーさんですからね。覚えておいて損はないですよ」
「だから蛇飼ってたのかな?大家さんも、三田さんと同じような目的で地球に来たんでしょうか?」
「どうでしょうね?理由はわかりません。でも案外、地球が気に入った、とか、そういうのじゃないですかね」
今度あったら、訊ねてみようかな。地球を好きでいてくれたのなら、なんだかうれしい。
「いけない、長居しちゃいましたね。今日はこれで失礼します」
夕方、三田さんは帰っていった。
「あ、そうだ!今度私の友達が遊びに来るって言ってました!青木さんにも紹介しますね!」
今日の置き土産、なんだか気になる言葉だった。