僕らとおとこの戦い
「倒さなければならない相手がいるんです」
そう言って、三田さんは僕にチラシを差し出した。
「これは…『駅前商店街デストロイ・ギア大会』?」
『デストロイ・ギア』-それは、モーターで動く4輪駆動の車のおもちゃ。ただの車のおもちゃと違うのは、車体の前後とホイール部分にウェポンと呼ばれる攻撃用の部品がついているということ。そのデストロイ・ギア2台を楕円形のバトルフィールドと呼ばれる場所に入れ、どちらかがフィールド外に出てしまうか走行不能になるまで戦わせるという、今子供たちに人気の遊びだ。
「へぇ、すごいですよね。僕が子供のころ、こんなのなかったですよ」
僕らの時代、同じようにモーターで走る車のおもちゃ『ミニドライブ』はあったけど、それはただまっすぐ走るだけで、せいぜいサーキットで速さを競うぐらいだった。それでも社会現象になるくらい大流行したものだ。
「でも、どうしてこの大会に?」
三田さんは無言でチラシの一部を指さす。『優勝賞品 商店街で使える商品券3000円分』。ああ…
「この大会に小暮さんも参加するということです…おそらく決勝でぶつかるのは小暮さんと私…かつてない死闘になるでしょう。私は勝たなければならない、最強の強敵に…」
「へー、あ、でも年齢制限あるから、三田さん、多分出られませんよ」
「ナンダヨモーーーーーー!!!!!!」
僕の力を借りてまで優勝を狙っていたにもかかわらず出場すらできずに若干へこんでいる三田さんと一緒に、今僕はデストロイ・ギア大会会場にいる。商店街のおもちゃ屋「おもちゃのさいとう」の駐車場に特設会場は作られていた。人気のホビーなだけあって、会場にはたくさんの子供たちと保護者が集まっている。
4つあるフィールドではすでに予選が始まっており、子供たちの悲喜こもごもが繰り広げられていた。
「何ですかもー年齢制限って!小暮さんだって結構トシいってますよ!」
「まあまあ、こういうのってホラ、見た目だから」
いまだにぶちぶち言っている三田さんをなだめながら会場を見渡すと、レイちゃんを見つけた。
おっ、ちょうど勝ったみたいだ。貼りだされたトーナメント票を見ると、どうやら予選で3勝すれば決勝に行けるらしい。こちらに気づいたレイちゃんがやってきた。
「なんだ二人とも、見に来ていたのか」
「まあね。調子はどう?」
「自信はある。わたしはこの相棒で必ず勝利し、商品券を手に入れるだろう」
手にしたデストロイ・ギアを僕にみせながらそう言って頷く。僕より年齢は上のはずなのに、身も心も小学生並みだ。本当に年上か?
ほかの試合を見ていると、会場にレイちゃんを呼ぶ声が響く。さいとう店主の甲高い声だ。
「ん、行ってくる」
ツルツルのフィールドにツルツルのプラスチックホイールを履いたデストロイ・ギアは、バトルでは想像もできないような不規則な軌道で動き回る。おそらく必勝法というものはないだろう。セッティングでの優劣というものはあるだろうが、自分のマシンの挙動も把握しきれないのではないだろうか?動きが速すぎてフィールドから飛び出し自滅している子もちらちら見かける。レイちゃんのマシンはというと、割とどっしりと構えて突っ込んできた相手を力で弾き飛ばす、という渋めのセッティングのようだった。
相手のマシンが回転しながら突っ込んでくる-ガチッガチッ…ぶつかり合う2台のマシン、ガチンッ!!!!弾く!マシンはフィールド外に!レイちゃんの勝利だ!
『イエア!勝利したのは小暮レイ選手!あと1勝で、決勝進出、だ!!』さいとう店主が勝利者コールする。あんな喋り方する人だったのか。
『さあ!イヨイヨ決勝戦!まずは、デストロイ始めて1週間という驚異の新星!小暮レイ選手!そして対するは前回チャンピオン!デストロイヤー坂本けんじ選手!このバトル、目が離せないぜ!フゥーー!!!』
相対する二人。けんじ君は小学6年生だという。なぜかレイちゃんを睨みつけているようだ。
「でてきたなオトコオンナ!今日こそ!お前を負かしてやる!」
「…」
けんじ君、妙に意気込んでいるみたいだ。
「けんじ君、公園でよく小暮さんに絡んできてるんですよ。その都度返り討ちにあってて…それでなんだか、小暮さんを目の敵みたいにしてるんです」
「へぇ…返り討ちって、なんですか?」
「携帯ゲームで対戦して遊べるものがあるんですけど、それで小暮さんにボコボコにやられてるみたいです。たぶん30連敗とかそれぐらい」
「それで、今日こそはデストロイ・ギアで勝とうってことか。おとこの子は不憫ですからね、そういうところ」
気持ちは良くわかる。あのくらいの年齢は、負けたくない年齢なんだ。とくに女の子に対して負けるなんて、絶対に許されない。女子に負ける、それは小学校という世界では、男子にとってあってはならないことなのだ。
『サア!準備はいいか!二人ともーっ!!それではっ!ゲットセット!!レディーッ…んGOオオオウ!!!』
「いけぇっ!僕のカブキ・マキシマム!!!」
「弾け!わたしのファイナル・カブキ・ジャスティス!」
フィールドに投入される2台のデストロイ・ギア!回転し、不規則に動き回り、ぶつかり合う!
けんじ君のマシンは前後に回転ノコギリのようなウェポンを付け、素早い動きでレイちゃんのマシンを圧倒する。スピード重視のセッティングで、相手マシンを全方向から攻撃するタイプのようだ。迎撃タイプのレイちゃんのマシンとの相性は悪いように見えるが、しかしレイちゃんは攻撃タイミングを掴めないらしい。今!という時にはすでにけんじ君は攻撃を加え離れていく。ヒット&アウェイ、それがけんじ君の作戦のようだ。
-疾風い-これがチャンピオンのマシン!レイちゃんはフィールドの中心で動きを封じられた形になっている!ガチッ!ぶつかる!何かが弾け飛んだ!レイちゃんのマシン後部に取り付けられていた前後運動するヘラ状のウェポンだった!
『おおーっと!!小暮選手バックウェポン破損!!大ピンチだァーーッ!!』
「どうだ!オトコオンナ!このバトル僕の勝ちだ!!僕のカブキ・マキシマムは絶対無敵!」
「…まだだ…まだ終わっていない…!」
レイちゃんのマシンが動きを止めた!ホイールが回っていない?!駆動系の故障か?!
-しかし、次の瞬間!
レイちゃんのファイナル・カブキ・ジャスティスは後輪を中心にして高速回転を始めた!フロントに斧のような巨大な固定ウェポンを装着したマシンは、まさに回転する破壊兵器『デストロイ・ギア』そのものとなった!
「いけっ!ジャスティス・サイクロン!!」
「なにいっ!?バカな!そんな動きができるなんてっ…!?でも、勝つのは僕だっ!!勝って!約束通り!お前と遊園地に行くんだああっ!!!」
けんじ君下心すげえ!惚れていたのかけんじ君ッ!
突進していくカブキ・マキシマム!
ガキィィン…
フィールドの外に、木っ端みじんになった元カブキ・マキシマムがあった。
『WINNER!!!小暮!レイ選手!!!』
「僕が…僕のマキシマムが負けるなんて…」
がっくりと膝をつき、うなだれるけんじ君。金一封を持ったレイちゃんが歩み寄る。
「わたしのマシンは、バックウェポンが外れる非常事態に陥った時、自動的にフロントホイールへの動力供給をカットし、左右の後輪をそれぞれ別方向に駆動させるようにセッティングしていた。可動ウェポン全盛のこの時代に、あえて固定ウェポンをメインにしたわたしの戦略を見抜けなかったな。固定装備の回転迎撃スタイル…試合中に手の内のほとんどをさらしていたにもかかわらず、お前は対策を怠った。今日の敗北は、お前の慢心によるものだ」
「ちくしょう…」
「でも」
手を差し出すレイちゃん。
「良いバトルだったことは認めよう」
「小暮…」
けんじ君も手を伸ばす。
「あと、試合前の約束通り、準優勝の賞品・商品券1000円分をよこすんだ」
「ちくしょおおおおお!!!!!」
ひでえ・・・