僕らと祭りとあたらしいともだち
それは大きく、たわわであった。レイちゃんは論外として、三田さんもそれなりのものを持っている。スレンダーな体型もあって、ちょうどいい感じのものだ。しかし、それは圧倒的であった。
金髪のその人は、楽しそうに会場を見まわしている。あちらをみて笑い、そちらを見て喜ぶ。その度にそれは揺れ、はずむ。
あっ、しまった、気づかれたか?こっちに向かってくるではないか!
「やあ、あなたたち!まさかこんな所で異星の人たちに会えるとは思わなかったよ!」
あれ?違った?金髪の人は三田さんに話しかけてきた。
「本当に!あなたはウンモ星の方ですね?」
「そう!アタシはウンモのきららって言うんだ!よろしく!」
ウンモ星人。1989年、ロシアのボロネジに現れた巨人型宇宙人、漢字の「王」の字を横に倒したようなトレードマークを持つ有名な宇宙人だ。きららって名前、ウンモ→雲母→きららってことかな?へえー、お祭り会場で出会うなんて。それにしても大きいな…。
「そっちのおチビちゃんもよろしく!こらこら、初対面でいきなり他人の胸をたゆたゆさせちゃダメだぞ!」
「ハイ!よろしくお願いします!私は三田、こちらは小暮さん、そして青木さんです!」
「ああ、どうも」ついで、みたいな感じで紹介された。
「?地球人類と一緒に行動してるの?大丈夫なんだ!すごいね、あなたたち」
「ええ、大丈夫なんですよ私たち!」
きららさんは驚いている。宇宙人と一緒にいるって、宇宙人から見てもやっぱりちょっとおかしいんだろうか?最近はもう、あまりにも自然に接している。ともだち感覚ではあった。
「私たち、このお祭りを見に来たんですけど、きららさんもですか?」
「そう!アタシは祭りが大好きでね!この星に来て初めて祭りを見た時、こう、なんていうか、心がぐあーっと盛り上がってきて興奮して、もうたまらなくなっちゃって!そんな感覚はじめてだったから!それですっかりはまっちゃってね!」
三田さんときららさんは楽しそうに会話しているし、レイちゃんは頭できららさんの胸を持ち上げている。やっぱり、初対面とはいえ宇宙人同士楽しいんだろう。
と、
「えー、本日は、饐え乳祭りにお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。わたくし、実行委員長の橋本でございます」
放送が入った。
「えー、長い歴史を持つ饐え乳祭りではありますが、残念ながらここ数年は村の過疎化、少子化で祭りの担い手さんたちが少なくなってしまいまして、本日も他県からお越しいただいた有志のみなさまのおかげで、開催できることになりました。まことにありがとうございます。長く続いた伝統ある祭りを終わらせてしまわないように、これからも我々実行委員会は努力してまいります。これからもよろしくお願いいたします。さて、そういうこともありまして、本日は『飛び入りでの参加』も受け付けております」
というアナウンスを聞いた途端、宇宙人3人の目の色が変わった。
「えー、会場にお越しのみなさま、参加費・保険料として1000円納めていただく形になりますが、男性はもちろん、女性、子供さんももちろん参加していただけます。女性とお子さんはこちらで水着も各サイズ、用意しておりますので、お気軽にご参加ください。えー、まあ、男性は褌になりますが。祭りの後の簡易シャワー、タオルなどもありますので、みなさまのご参加、よろしくお願いいたします」
ガシッと、誰かが僕の腕を掴む。三田さんだった。そのオレンジの綺麗な瞳はおかしな程真剣に僕の瞳を見つめている。
「いきましょう」
「え?」
「いくんです!出るんです!やるんです!!」
「ホラ青木!行くぞ!」
「くぅー!やばい!興奮して本当の姿に戻ってしまいそうだ!!」
「えっ?ちょっ、えっ!」
「はい、それじゃあこちらにお名前と住所、書いてくださいね。はい、お兄さんはあちらで着替えてくださいね、女性お二人はそちらで…サイズあるかな…えーと、お嬢さん?でいいんですよね?じゃあ、お姉さんと一緒に着替えてくださいね」
まさかこんなことになろうとは。
僕が着替え場所として案内されたのは、境内にある集会場だった。すでにたくさんの男たちが一糸まとわぬ姿になっている。渡された褌を手に、僕は茫然としていた。なにより、集会場の戸や窓は開け放たれ、外から丸見えになっていることに戸惑いを隠すことなどできようもなかった。
「お兄さん、褌は初めてかい?」
「えっ?そう、ですね…こんなの、締めたことないです」
隣で着替えを終えた男の人が話しかけてきた。鍛えられ、よく日に焼けた黒い肌と純白の褌のコントラストが異様に眩しい、それは『兄貴』だった。
「よし!じゃあ俺が教えてやるぜ!」
そう言って、服の上から、兄貴は丁寧に褌の締め方を教えてくれた。
「こんな感じだぜ!なに、分からなくたっていいさ!綺麗に締められるまで!俺がそばで、見ていてやるよ!」
兄貴の言葉は頼もしいが、あんまり見ていられても困る。
服を脱ぐ。背後でシャッター音がする。ちょっと待ってくれ!なんで今写真撮るんだ!?ズボンを降ろす。シャッター音が聞こえる。ちょっと!え?何?そういう人たちが集まってるの!?
「おっ、綺麗に締まってるじゃないか!初めての六尺、いいぜ」
「はあ、どうも…」
褌どころか、この祭り自体はじめてだと告げると、兄貴は祭りの流れを教えてくれた。まず、参加者は境内に並び、神主のお祓いを受けるのだという。そして例の饐え乳を別の大樽に移し替えてから炭酸水で割り、それを桶で豪快に浴びせ合うのだ。
「とにかく、怪我をしないようにな!じゃあ俺は先に行ってるぜ!」
そう言って、参加歴10年だという兄貴は、やたらガッチリした体つきの人たちのもとに歩いて行った。アレ全部友達だろうな、きっと。
境内に行くと、褌を締め、頭に手ぬぐいを巻き草鞋を履き、やる気十分といった感じの男たちが集まっていた。40人くらいだろうか。その肉体の前では、僕の普通の体は普通以下に見えることだろう。普段、運動してないからなぁ。
しばらくして、三田さんたちがやってきた。三田さんは黒いワンピース、きららさんは、すげぇ、ムチムチの白いビキニ、レイちゃんは胸に「5-2 竹下」と書いてあるスクール水着だった。どうやって用意したのか、誰のものなのか、謎は深まるばかりだった。
あっ!やばい、これ写真バシバシ撮られるんじゃないか?という心配は杞憂に終わった。ほとんどのカメラのレンズは兄貴たちに向けられている。なぜなのかは、想像はついたが、まあ、たぶん、違うだろうな!きっと!それにしても、普段見られない素敵な光景だ。あんなになってるんだね、スゴイや。
そして、祭りが始まった。
「オラオラぁーぃ!」バシャ―!
「ソーダ足りねぇぞー!!」ざぱーん!
「かけろかけろー!!!」ビシィー!!
男たちのクルピスソーダが宙を舞う。放物線を描く。顔にかかり、胸にかかる。体中をチリチリとした炭酸の刺激が包む。白濁液をちからいっぱい浴びせ合う。見物客も濡れていく。これが饐え乳祭り、男たちの激しい祭り。肉体の、筋肉の躍動が、そこにあった。
無我夢中。全員が夢中だった。ひたすらに桶を振るう。浴びせる。腹の底から声を出す。いつの間にか僕は兄貴と一緒に貯水槽に入り込み、男たちに力強く炭酸水を浴びせかけていた。
祭りも終わりに近づいていく。空になった大樽を男たちがゴロゴロと転がし始め、やがて貯水槽に投げ込む。
「オラオラオラ―!!!!」
最後の盛り上がり。境内に今日一番の大量の炭酸水が舞う。力強さの中に、美しい放物線がいくつものきらめきを作り出した。法螺貝の音。全員の拍手。こうして、祭りは終わった。
「いやー!もう本当に楽しかったですねー!」
三田さんたちは端っこのほうでキャッキャいいながら炭酸水を掛け合っていたらしい。ほほえましい光景を見る余裕なんてなかった。揺れる光景を見ているヒマなどなかった。
「僕、ずっと夢中でしたよ。気が付いたら終わってた、みたいな感じで」
「なかなか勇ましくてカッコよかったぞ、青木」
「これだから祭りはたまらないね!」
着替えを終え、集会所でお茶をいただく。心地よい疲れが甘いお茶菓子で癒されていく。
「ねぇ、みんな。せっかくだから、帰りに温泉に入って行こうよ。きららさんも一緒にどうです?」
「いいの?」
「もちろんですよ。ここで出会ったのも何かの縁、というやつですよ」
「行きましょうきららさん!」
「うん、行こう」
満場一致だった。4人だけども。
「えー、実行委員長の橋本です。本日はお疲れ様でした。みなさまのおかげで、今年も無事に祭りを終えることができました。できましたら、また来年も、よろしくお願いいたします」
こちらも、4人全員、満場一致だった。