第一話 出会い 1-2
北季市常代町。
私の住むこの町は、自然に溢れている。少し歩けば畑があり、海があり、森がある。
空気は美味しいし、人も建造物も少ないから、ストレスフリーな日々を送れる。とても素敵な町。
……田舎、とは言わない。何だか負けた気分になるから。
「ねえ、聞いてるー?」
つんつん、と私の頬をつつきながら、上目遣いで問いかけてくるのは、白咲先輩。相変わらずあざとい。
非常に不快ではあるが、これが白崎先輩の素であるというのだから質が悪い。
「すいません、ほとんど聞いてませんでした」
白咲先輩の手を私の頬から離し、謝罪する。
全く気持ちは入っていないけど、しょうがない。白咲先輩の話がつまらないのが悪い。
私の知りもしない、同学年で仲良しの和香ちゃんの話なんてされても、反応のしようがない。
「興味ねえよ、そんな話!」と男口調でキレなかっただけ、私は優しいほうだと思う。
肩ほどにのびた黒髪をひらひら揺らしながら、怒りの表情(全然恐くはない)を見せる白崎先輩への弁解はなしで、聞きたいことを聞いておく。
「そんなことより、私はいつになったら解放されるんですか?」
「私の小粋なトークを、そんなことって……まあいいけどさ」
がくっ、とうなだれたと思ったら、すぐにぱっ、と顔を上げて笑顔になる。
こういうタイプの人って、何でこうも喜怒哀楽が激しいのだろう。
「今日は16時から18時まで練習。18時から10エンド(※1)のゲームだから、終わるのは21時くらいかな」
「21時って……えっ、あと5時間もありますけど」
「そうだね。でも、大丈夫。楽しいから!」
「はあ」
ぐっ、と親指を突き出してくる白咲先輩を呆れたように見る。
実際にやっている方はあっという間に時間が過ぎて楽しいかもしれないけど、私は5時間座り続ける
という一種の拷問のような目にあわなければいけないわけで、中々苦しい時間になりそうだ。
かといって、今さら断ることも出来ない。というよりも、断れない。それほどにさっきの教室での白咲先輩の豹変ぶりは、私の心にずっしりと重さを残していた。今まで見たことがないほどの真剣な表情は、私の中の白咲先輩像を壊していき、若干の恐怖もあったが、それ以上に興味関心が心の中を満たしていた。どうして、そこまで……という疑問の答えが、白咲先輩についていくことでわかるかもしれない。
もちろん、それで私の答えがノーからイエスになることはないが、これは一種の探求心のようなものだ。頭の中にモヤモヤを残したままにするのは良くない。
それからも白咲先輩の身内話は続いたが、登場人物が誰一人わからなかったので心を無にして聞き流していると、目的地に着いた。
「おっ、着いた」
高校を出てから10分ほどだろうか。中心部から少し外れ、建造物が少なくなり畑や木々が見え始める場所に、アドミクスカーリングホールは建てられている。50台は止められる駐車場に、国際基準の6シートを備えたカーリングホールがあるため、常代町の中では一番の大型施設になっている。
「もう練習始まっているかなぁ」
パタパタと小走りで自動ドアを通り、玄関で少し乱暴に外靴を脱ぐ白咲先輩。まるで遠足前の小学生みたいで、微笑ましい。
アドミクスカーリングホールは2階構造で、1階にカーリングホール、2階には観客席がある。私たちのいるエントランスホールからカーリングホールへは厚いガラスでしきられていて、音や温度はほとんど伝わってこないが、中の動きはよく見ることができる。
少し遅れて私もスリッパに履き替えて、白咲先輩のもとに向かう。白崎先輩は靴下のままガラスに手を当てカーリングホールを見ていたので、私もつられるように同じ方へ目を向ける。夜にもなれば、仕事終わりや部活終わりの人たちがやってきて、カーリングホールは満員になるのだが、平日の夕方ということもあって、6シートのうち2シートしか使われていない。1つはご年配の方々が使っているので、白咲先輩のチームメイトはもう1つの方だろう。
「じゃあ私は練習行くね」
左手を敬礼するときの手の形のようにして、肩ほどの高さでつきだしながら言う。いつの間にかカーリングシューズ(※2)を履いて、ブラシ(※3)などのカーリングをする準備を終えていた。
「練習終わったら、皆の紹介させてね。それじゃ」
足早にそう言うと、白咲先輩はカーリングホールへ通じるドアへ向かっていった。
……何とも自分勝手な人だ。自分の都合で私を誘ったくせに、自分の都合ですぐに放ったらかしにする。何事にも好奇心旺盛という意味では、わんぱくな小学生男子みたいな人なのかもしれない。
時計を見ると、16時10分を指していた。これから5時間もここにいなければいけない。そんな滅入る気持ちを抑えながら、私は2階に向かった。
※1 エンド……野球でいう回の意味。基本10エンドで試合は行われる。
※2 カーリングシューズ……カーリング専用のシューズで、片足はゴムなどで作られており氷で滑りにくいものになっていて、もう片方の足はツルツルな素材でできており、滑りやすくなっている。滑る方の靴にはグリッパーと呼ばれる滑らなくなる付け替えカバーがある。
※3 ブラシ……ブラシでストーンの前を掃くことで、氷とストーンの摩擦が減りストーンはより遠くに、真っすぐ進むようになる。他にも投げる位置を示したり、ゴミを取ったりなどの使い道がある。