雪女の春
春のある日、桜が咲いている道を歩く色白く、すらりとした身体にイマドキのメイクをした少女。
彼女はフラフラしている。
「アッツー。春なんて大キライ!!」
彼女は軽く春の陽気にやられている。一般人には心地よい暖かさでも、彼女にとっては真夏日の暑さに等しい。
「雪女に春の陽気は大敵よ!! なんでこんな思いしながら学校に行かないといけないのよ!!」
彼女の言うとおり、正真正銘雪女だ。この春めでたく高校に進学し、雪国からこの町に越してきたのだが、彼女は甘く見ていたようで。
「こんなにツラいなんて……田舎くさいのが嫌でこの町に来たのはいいけど、やめておけばよかったかな」
いわゆる都会のギャルデビューがしたかったに過ぎない。
"田舎にいれば年中快適に過ごせたよね……"
と心の中で彼女は思っている。
道中コンビニによってはアイスを買い、涼んで行く。
彼女は汗が止まらない。まるで炎天下でランニングしたような汗のかきかたをしている。
このままだと学校につく前に脱水症状で倒れるだろう。
「キミ大丈夫?」
同じ制服を着た男子生徒。心配そうな表情で彼女を見る。
「これで大丈夫なワケないでしょ……」
「そうだよね。だったらおぶっていくよ」
「は?」
男子生徒は彼女に手をさしのべる。
"あ……手が冷たい。気持ちいい"
彼の手は彼女にとって、田舎を思い出させるほど冷たい。
それにうっとりしている彼女を見て。
「ボクの顔何かついてる?」
男子生徒はどうしたのか聞いてみる。
「い、いや。なんにもないよ?!」
雪女は動揺し、顔を真っ赤にする。体温が一気に上がったせいか、彼女は倒れてしまう。
「お、おい!!」
男子生徒は彼女を担いで学校に向かう。
彼女を保健室に預けると、彼は体育館に向かう。
彼も同じく入学生である。
「うーん」
「アナタ、大丈夫なの?」
意識が戻ったようで、彼女が目を開けると見知らぬ女性が心配そうにこちらを見る。
「えっと。どちら様?」
「この学校の保健室の先生よ」
「え?」
「何よ。その豆鉄砲を撃たれた鳩のような表情して。えぇ、私も自覚してるわよ……こんな露出の高い服着てる学校関係なんていないもの。だけど私の美学が許さないのよ!! これだけはわかって頂戴」
「は、はぁ。そうですか。それはそうと入学式は? 私行かないと」
「ダメよ。アナタはしばらく安静しとかないと。それにしてもこんな陽気で熱中症による脱水症状なんて、何したらそうなるのよ。全力で走ってきたの?」
「普通に歩いてこうなりました。私暑いのニガテなんで」
「それにしても、極端よね?」
「そういう体質なんです。生まれた時からずっと」
"雪女だから仕方ないでしょ!! 暖かいは大敵、灼熱は地獄なのよ!!"
そんなことを彼女は思っている。しかし、雪女であることは内緒にすることが彼女の一族の決まりである。
「そういえば、新入生。名前は?」
「氷川ユキナよ」
「いい名前ね。私は吉田サナエよ。よろしくね」
サナエは小さな備え付けの冷蔵庫から箱を取り出す。
「食べる?」
箱を開けると、可愛らしいデザインのチョコレートが現れた。
「サナエ先生、これ高いヤツじゃ……?」
「いいのよ、貰い物だし。私一人じゃ食べられないから。ユキナちゃんもどうかなーって。もしかしてチョコがキライ?」
「いやいや!! 大好きです。お言葉に甘えていただきます!!」
ユキナは箱から星型のチョコを手に取り口に入れる。
「ウマー。甘すぎず苦すぎず、口溶けが氷のよう……」
「あら、本当にチョコレート好きなようね。顔を見てたらよく伝わるわ」
「だって私みたいだし……」
「自分のことチョコレートみたいって、確かに見た目は甘い顔してるし。モテそうよね、男の子に」
"いや、暑いのが苦手という共通のものがあるからよ"
ユキナは心でツッコミを入れる。
「見た目からしてサナエ先生がモテそうですけどね」
「そんなことないわよ。こんな格好しても男の先生襲ってこないのよ……私はいつでもオッケーなのに」
「そりゃ仕事の時は襲わないでしょ?! それにプライベートでも関わりたくないし」
「え、なんで!!」
「どう考えても、勘違い野郎じゃない!!」
「そうかなぁ……」
"公共の施設でそんな格好してるヤツに誰も寄ってこないでしょ"
心の中でまたツッコミを入れるユキナ。
ノックする音。
「失礼します。あの……」
「ん?」
「なんかキミ、元気そうだね?」
「うん。まだ暑くてクラクラするけど、チョコ食べたら元気になったかも……? それにここまで送ってくれてありがとね」
「そんなの当然のことしたまでだよ」
「耶馬くんだったかな。私からもお礼するわ」
「先生お礼しないで下さい。目のやり場に困ります」
「あら、そう? なら二人っきりで――」
「これからホームルームだから、教室に戻ろう。ボクもキミと同じクラスだし。行ける?」
「う、うん」
サナエ先生を無視し、二人は教室に向かう。
「ねぇ、耶馬くん……だっけ。手を繋いでいい?」
「へ? どうして」
「冷たくて気持ちいいんだもん」
ユキナは耶馬の手を握る。
「そうか。ならそうすればいいさ」
「やった!! これで三年間心配ナシね!!」
"それにこんなドキドキするのはなんでだろう?"
彼の手の冷たさに魅了されたユキナは、心まで魅了されたようだ。