異世界の人族 後編
陛下の下命で魔族の攻勢が終息した。
ようやく戦が収まったのでした。
それは人族の勝利ではなかったはずでした。
邪悪で強烈な思念が飛び込み始めました。
思わずあまり得意でもない霊視を始めます。
きゅあーーーー
あなたーーーー
後生だーーーー、妻と娘はーーーーー
きぃやーーーー
オラオラお前らは負けたんだよーーー
お母さーーーん
娘だけは
オラオラ邪魔なんだよーー
あ、あなたーーー
お、おとうさーーーーーん
ぎっつっ
いやーーーーーーーー
おそらくは人族の卑しい本性が見せる霊視。
阿鼻叫喚の地獄でした。
人族の戦士が暴虐を振舞い、無辜の魔族を屠り、略奪を始めていました。
私たちは人族の安寧を望んでいました。
しかし、それは、魔族を虐げることではなかったのです。
= = = = =
「さぞや愉快であろうな」
「・・・・」
「人族の本性、朕が知らぬと思うてか」
「・・・・」
「さぞや愉快であろうことよ」
「・・・・」
「虐げられても魔族は生き延び、いつか、いつの日か人族の赤子さえすり潰してくれよう」
陛下の瞳には冷え切った焔が静かに宿っていました。
「陛下、この責は我ら二人の不始末。今より我軍を諫め、然る後我らを含め不埒者には刑を課します故」
私は許しを乞うしかできませんでした
「どうか人族をお恨みくださることなく」
ジャー君も懇願します。
「ほほーーーん。その言葉を信じろと?」
私とジャー君は本陣に念話を送りました。
[どうか、兵たちの冒乱無きようお願いいたします]
[我らは勝ったのだ、兵たちに恩賞は必要であろう]
[今はその時ではございません、どうか、各位におかれましてはご自重いただくますよう]
私たちは願うしかできません。
最悪の状況を避けるために。
「陛下、申し訳ございません」
「良い、其方らは誠実であるな」
「陛下」
陛下には念話が聞こえていたのでしょう。
陛下の瞳は冷え切った焔はそのままに私にはその冷気は届かなくなっていました。
= = = = =
「父ちゃんが言ってた、へいかちゃんだけでも逃げてもらえって」
「ウチも、へいかちゃんに逃げて欲しい。ちょっと怖いけど、へいかちゃんのほうが狙われるもんね」
「へいかちゃん、いつも妹と遊んでくれてありがとう」
「へいかちゃん、へいかちゃん、うわーーーん」
「泣くなよ、へいかさえ生き延びたら・・・・ごめん、おれが強かったら」
陛下に縋る幼子たちは人族と同じ、それ以上に健気でありました。
= = = = =
私たちが決心するまでに時間を必要としませんでした。
この戦場で戦を止めぬ者全てを滅ぼすと。
= = = = =
[両軍に告げます。わたくしはキャスリーン、命を刈るものです]
恥ずかしいのですが宣言しました。
[戦は終わりました、武器を収め帰国の準備をしてください]
[貴殿、我らを裏切るというか!]
早速、支団長から念話が返ってきました。
この支団長は私たちを妬んでいてことあるごとに言いがかりを掛けてきた嫌な方です。
[裏切りではありません、戦は終わりました。冒乱を止め、帰国の準備を]
ジャー君と私が望むのは戦のない世界。
もしかしたら、小競り合いは起きるでしょうが、一方的な虐殺が合ってよいものではありません。
[あい判った、貴殿らに迎えを差し向けよう]
軍団長からの念話が支団長との念話に割り込んできました。
人族の士官たちはほとんど念話が使えません。
通信兵を兼ねる従者を連れて、階級が高いほどより念話に長けた従者がその任に就きます。
[くれぐれも暴虐無きようお願いいたします]
ようやく説得できたみたいです。
「すまぬ、細事に苦労させて」
陛下にようやく私たちの願いを信じていただいたようです。
「お心遣い感謝申し上げます」
私は御前に改めて跪きました。
「人族もそれほど愚かではございません」
ジャー君も深く首下げます。
ジャー君はまだ跪きません。
悲しいことですが、彼には最悪の場合に一太刀振るう任務があるからです。
「キャスリーン、すまぬ心を読んだ、もしジャスパーとともに朕の領に」
「陛下、人族は愚かではございません、きっと」
= = = = =
私たちの願いは聞き入れられませんでした。
兵たちが略奪と虐殺を止めず、指揮官たちは気味の悪い笑みを浮かべているばかり。
昔から霊視という能力を使い、今初めて吐き気を催しました。
王宮に騎士たちが立ち入ってきました。
「ジャスパー殿、キャスリーン殿、お迎えに参りました」
「市街では、まだ喧噪が収まっておりませぬようですが」
「はてさて、残党狩りでもしているのでしょう」
「それでは停戦ではないのでしょう」
「おやおや、魔族ごとき絶滅すればよいのです」
騎士たちは気味の悪い笑みを浮かべました。
「では、魔王はどれです?」
私はその言葉で遠征の意味が解りました。
彼らは私たちの力を利用して、魔族を滅ぼす。
そこには、義もなく貪欲に征服するだけだと理解したのです。
「貴殿ら、騎士の任に恥ずる行為だと思わないのか!」
普段感情的な言葉を口にしないジャー君が怒りをあらわにして、怒号しました。
「おやおや、勇者ジャスパー殿、そいつら魔族ですよ、屠り尽くして何が問題なのですかな?」
「無抵抗のものをいたぶるなど許されるわけがない!」
「くくく、勇者様はお優しい」
嘲るように振る舞う騎士に私も不愉快でたまりませんでした。
「すまぬ」
「陛下」
「其方たちの心遣い、感謝する」
一部始終を見ていた陛下がおっしゃいました。
陛下は何かをお決めになり、大きく息を吸い込みました。
「キャスリーン、ジャスパー、勅命である!我が民草の延命に尽力せよ!!」
威厳に満ち溢れたお言葉に光を感じた瞬間でした。
心が軽くなり、生まれてきた意味を知ったような錯覚さえありました。
気持ちの悪い騎士たちを一撫でで屠りました。
陛下の言葉はわたしたちの枷を外してくれました。
敵を倒せ、殺戮せよ、殺せとかではなかったのです。
= = = = =
[人族の兵に告げます、武器を収め国に帰りましょう]
[勇者ジャスパーがお願いします、人族の尊厳を汚すこと無きよう]
多くの兵にわたしたちの言葉が届きました。
ところが、一部の者には伝わりませんでした。
略奪、虐殺が収まらなったのです。
「陛下、申し訳ございません」
「良い、貴殿らの誠意はあい判った」
「お言葉、ありがとうございます」
「朕が施しても良いが?」
「これは、わたくしの仕事でございます」
私が陛下の御前で立ち上がり踵を返しジャー君に霊視を手伝ってもらいます。
どうしても聞き入れてくれなかった人族に狙いをつけて少し変わった魔法を放ちます。
人族の無道の兵たちは即死させました。
身の振舞い謹んでいただくだけでよかったのです。
ご家族のいらっしゃったでしょうに。
私たちは望んでいなかったのに。
陣形が瓦解し、退散する人族の軍。
陛下の命で追撃はなく、戦が静まりました。
王宮から、それを眺めていました。
ここに来るまでに多くの魔族の方たちを屠ってしまった私とジャー君。
もう何処にも居場所はありません。
罪を償うにはあまりに多くの命を刈り取って許されるわけもありません。
私だけなら、野垂れ死ぬのも厭いませんが、ジャー君は勇者です。
あまりに不憫です。
「キャスリーン、ジャスパー、もし其方たちが承諾できるのであれば、朕のもとに居れ」
陛下はそういうと後ろを向かれました。
すぐに気が付いたのですが、耳が真っ赤でした。