異世界の人族 前編
和やかだったお茶会は、プーリと八城のやりとりで
筆頭と元勇者を凍り付かせたみたいです。
(やっちまったか、俺)
キャスリーンとジャスパーはオロオロしていた。
俺と魔王のやり取りを聞き逃していたことに気がついたのだ。
俺にとっては家出娘のプーリだが、ここの世界では魔王だ。
= = = = =
「あ、あの特に人族へのお咎めはございませんね」
覚悟を決めてわたくしは陛下に伺う。
「ないぞ。ヤシロ・・・・様は特別じゃ」
プルゴータ陛下は眼を潤ませヤシロ様に告げた。
「陛下、これから臣下たちはヤシロ様をどのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
ジャー君が一言ずつ気を付けながら確認した。
「お前様は、どうじゃな?」
「オモダカでもヤシロでもどっちでもいいかな、平民だし」
「だそうじゃ」
全く頓着しないおふたりにわたくしたは軽い眩暈を覚えた。
= = = = =
「で、では、ヤシロ様でよろしいでしょうか?」
数杯のお茶を飲んだ後、ジャスパーは確認する。
「よろしいですね、ヘイカ。後から人族に呪いを掛けるというのは無しですからね」
キャスリーンは念を押すように言質を取ろうとする。
「しつこいのう。朕がヤシロ様は特別に思っているだけじゃから、他の者は好きに呼べばいい」
((いや、だから、気を悪くしたらとんでもないことになるんでしょうが!))
(うわー、意外とって言うか、普通に大変なことだな)
俺はふたりの臣下が気苦労していることが判ってしまった。
キャスリーンの実力は魔王をも凌ぐらしいが、それ以上に魔王は呪いという手段を持っているらしい。
そしておそらくは解除できないほど強力。
想像するにある部族が25歳の寿命という呪いだった場合、部族は社会構造の中で隷属階級に居るしか生きようがない。
いくら繁殖力が強くても人口ピラミッドが低くては近い将来少数民族になるのは確実。
プーリの気まぐれで人族が呪われでもしたら、キャスリーンやジャスパーでも即死することもあるのだろう。
「プーリ、そろそろ肌寒くなってきたから、今日は帰ろうか?」
「おっと、お前様に不快な思いをさせてしまったの」
「じゃあ、温めてくれたら助かるよ」
上着の前を開いてプーリを誘う。
「仕方ないのう、朕の配慮が及ばず」
プーリは嬉しそうに上着の中に潜り込んで抱き着いてきた。
ふわっといい匂いがする。
「では、ヘイカ、わたくしどもは下がります」
キャスリーンはスカートをツイッとつまみ上げ隙のない挨拶をしてみせる。
その横でジャスパーが姿勢正しく一礼する。
= = = = =
「なんとなくだけど、いい人たちだな」
俺は素直に印象をプーリに告げた。
「そうじゃ。朕は彼らに命を救われたからの」
「そうなんだ」
プーリの言葉が意外だったので少し驚いた。
「今回の人族侵攻の前に彼らに出会ったんじゃ」
プーリは視線を遠くの峰に向けた。
「キャスとジャスパーは兵たちをまるで虫を散らすように屠りながら進軍してきた」
プーリの声は憂いを含み始める。
「然したる抵抗もできず王宮へ進入を許してしまった。だが朕はその時逃げなかった」
「どうして?」
「王宮には、民草が避難していたんじゃ。朕が逃げ延びても民草は・・・・」
プーリの表現できない表情だった。無表情ではないが表現できないものだった。
「いよいよ彼らと対峙した時に幼子たちが朕の前で手を拡げ彼らに立ちはだかったのじゃ」
俺は言葉が出なかった。
兵たちは大男含めて屈強だったろうから虫を散らすようにと言うのなら次元が違う戦闘力なのだろう。
「夥しい返り血を浴びた彼らは朕が見ても恐ろしい姿だった。幼子たちは膝を震わせても踏みとどまっていた」
プーリは思い出すように目を閉じた。
「朕の命はどうなろうと、勇気ある幼子たちを救いたい、未来を任せたい・・・・と』
語尾はむせんだせいで途切れた。
「子供たちに感謝だな」
「幾千万の感謝じゃ」
「俺の感謝は、プーリに出会える機会を護ってくれたほうだよ」
「お、おお、お、お前しゃまぁー」
プーリが抱きつきなおしてきた。
うっ、苦しい。彼女の力を忘れていた。
骨がきしみ音が出た。
その音にプーリが気がつき、力を緩めてくれたおかげで異郷で死なずに済んだ。
「ふたりは攻め込んできたんだろ。その状況でよく説得できたな」
それは素朴な疑問だった。
敵の大将を仕留めて終わりになる。
そして目の前には魔王のほかに脅威はない。
プーリが認めるキャスリーン、現役勇者のジャスパーなら良心は咎めるにしても一瞬で終わらせただろう。
「別に説得はしておらぬ。ふたりに背を向け幼子たちを庇っただけじゃ。その時にはそれ以外思いつかなんだ」
「うわぁー、確実に死を覚悟する状況だな」
武器を携えた殺人マシーンが背後から襲ってくる恐怖。
腰から下がむず痒くなりそうだった。
「ところがふたりは話しかけてきたんじゃ。朕が魔王であることを確認するために」
「へぇー、わざわざ確認したのか」
俺は状況が飲みこめなかった。
「朕も最初に思いついたのは、罪囚となり時期が来たら人族の都で見せしめに処刑されるものと思ったのじゃ」
「こっちの戦争は知らないけどありがちな話だな」
プーリの言葉は日本人の俺には少し戦慄が走る。
目の前の少女がおそらくは穢され衆目の中で最期を遂げる。それは知り合って間もない俺でさえ看過できようもない。
「しかしの、その予想は違ったのじゃ。ふたりは魔王軍が直ちに停戦に応じれば、戦争を止めさせるといってくれたのよ」
「そういうことか。総司令官が停戦を命じたらそれ以上の犠牲は必要ないもんな」
「もうこの話は止めじゃ。それからいろいろ有って、キャスとジャーが臣下になってくれたのじゃ」
「そうか」
「尋ねぬのな。興味はないか」
意外そうな顔をする魔王。
「いつか、話す気になった時でいいさ。しばらく一緒に居ることになりそうだし」
「お、お前様は不意打ちが過ぎるのよ。しばらくと言わず、添い遂げろと命じられても逆らえぬよ」
頬は紅潮し、瞳を潤ませるプーリは殊の外愛らしかった。胸がないけど。
= = = = =
王宮深奥の部屋にたどり着きました。
ここまで多くの命を刈り取ってきました。
魔族も異形である以外は人族と変わりません。
わたくしたちは罪深いことをしました。
しかし、後悔はしていません。
戦争が起きないようにするのです。終わらせます。
扉を開くと多くの魔族が身を寄せ合っていました。
身なりから無辜の市民たちですね。
その中でひとりの少女がわたくしたちと対峙しています。
民衆の中から子供たちが彼女とわたくしたちの間に割って入ってきました。
子供たちが震えながら立ちはだかっています。
わたくしたちに勝てるはずもないのに、魔王に脅されているのでしょうか。
子供たちの後ろから少女が前に出てきました。
何をするかと思えば、子供たちを庇うように抱きかかえるだけです。
この少女が魔王でしょうか?
作戦前に聞いた情報と若干違うところがあります。
しかし小柄にもかかわらず風格を感じて膝を折ってしまいそうです。
「あなたがブルゴータ陛下ですか?」
わたくしの問いにすぐに答えません。
「陛下の御名で魔王軍に停戦をご下命ください。停戦となれば、わたくしたちの名誉にかけて退軍させまする」
ようやく膝をつき陛下に進言できた。
わたくしとジャー君は陛下の子供たちを庇う姿を見たところから軍門に下っていたのかもです。
呪いによって人族を根絶やしにできる力を持ちながら、それしなかった。
人族と魔族はいつしか解り合えるとお考えなのでしょう。
何より子供たちを身を挺して護ろうとした姿に好感が持てました。
キャスリーンが強かった理由は次話で紹介します。
ジャスパーは正統派の勇者でしたのでむしろ普通です。