雨天の出会い
さあ、始まりました。
偶然か必然か二人が出会う。
ではでは~
雨が降っている。
昔から鞄に折りたたみ傘を入れているから、慌てることはなかった。
考えてみれば、面白みのない人間だったのかもしれない。
妻が出て数年になる。
出ていく前の数年は会話もなかったので、今更どうということもない。
何が悪かったとは後悔はない。
必死に働いて養う、妻と暮らしていくことだけだった。
不景気は、ただのサラリーマンにどうすることもできなかった。
結婚してすぐに家を建ててローンを抱えた。
賃貸で暮らしても出費は変わらない。
そんな新婚生活は世間的にどうなのだろうか。
同僚たちから話を聞いてもそれほど悪くないはずだった。
彼女にとっては、俺との時間は重要じゃなかった。
自分の自由にできる金銭の方が重要だった。
会社から役職手当が据え置きを通告された日、彼女にそのことを伝えた時、彼女の口から出た言葉は信じられなかった
それまで、その女を信じていた自分のすべてが瓦解した。
≪死んでしまえ≫
俺が職を転々として収入が不安定なら、その気持ちもわからないでもない。
しかし、転職こそしているものの、乞われて転職している。
転職先は海外メディアの注目する企業で今の就職先もフランスの国営放送の取材を受けたばかりだ。
あの時は、たまたま日本中が不景気で業績は振るわなかった時期だった。
不覚にも彼女を思い出してしまった。
その分、トラウマに似ている感情が広がっていく。
雨の中、気が滅入っているのかもしれない。
ふと我が家の方を見る。
「誰?」
思わずつぶやいてしまった。
遠目に見える我が家の玄関の軒下に誰かが座っている。
雨宿りなのだろうか。
ただ、あそこに座られていては、ウチに入れないどころか気味が悪い。
強盗だったりしては、目も当てられない。
考えはどんどん負の方向にに向いている。
妻を思い出したからだろう。
とりあえず、観察してみよう。
不思議なことに警察に通報することは思いつかなかった。
この辺は、住宅街なので夜は路地に人気はない。
なぜ我が家の玄関に居るのか?
= = = = =
かの人物をかれこれ一時間ほど観察しているが、仲間はいないようだ。
誰も通りがからず、通話した様子もない。
座り込んだまま、時々手を息で温めていた。
思い切って声を掛ける覚悟を決めた。
俺は、成人男子だ。
いつまでも厄介ごとから逃げるのも癪に障る。
この週末のくつろぎの時間をこれ以上削りたくない。
冷え切ったこの身体を早く酒で暖めたい。
いざ、我が家へ。
「あー、もしもし、どうかされましたか?」
弱腰じゃないぞ。
相手にも事情があったら、いきなりきついことを言うのは成人男子として大人げないからな。
話しかけた相手は、俺の声に顔を上げた。
うおっ!顔色わっる!目が金色?コンタクト?瞳孔縦?
なんだ、コスプレか。
俺はオタクじゃないが、この手のことにある程度知識がある。
最近のハローウィンなんかも参加してみたいと思う時があるくらいだ。
オタクじゃないぞ。
「えーっと。困っている?」
改めてこの子の顔を見たら、なかなか整った顔立ちだと思った。
(コスプ)レイヤーだとしたら、有名人なのかもしれない。
ちょっと待て。
この子を家に入れたら、怖い人が飛び出してくるかもしれない。
それは困る。
「ちょっと待てて」
その子をどかせて玄関に入る。
(えーっと、ビニール傘が、と、骨が一本折れてるけど、使えるな。いいでしょ)
玄関先に出てみるとその子は、そこに居た。
(やっぱり雨宿りか。心なしか嬉しそう見える?)
ゲームキャラのコスプレか、レベル高けぇ。
「はい。コンビニで温かいモノを買うといい。傘は返さなくていいから。早く帰らないと風邪ひくよ」
千円札と壊れたビニール傘を持たせると玄関を閉めた。
テレビをつけて、夕飯の用意をしながら、ウイスキーをチビチビ飲む。
明日、明後日は連休だ。
一日は手抜きできるようにシチューを多めに作っておこう。
保温鍋は優れものだ。
朝仕込んでオートキャンプに出発すると昼頃には煮込み料理などは完璧に仕上がっている。
おでんも大根の角が崩れずに出来上がる。
火を止めて、保温容器に鍋を入れたら、あとは放置。
弱火でコトコトが、放置で済むのだから、経済的。
焦げ付きや火事の心配もない。
テレビの映画で眼鏡少年が塔の中に入っていくシーンで音量が小さくなると外の雨音が聞こえる。
(雨、強くなってきたなぁ。あ、夕刊取り忘れてる)
慌てて外の郵便受けに夕刊を取りに出るとその子は畳んだ傘を手に持ったまま雨の中に立っていた。
「幽霊?」
これからふたりの物語が始まるのだった。
いかがでしたか?
3話ほどは生活臭にどっぷりです。
次話をお待ちください。