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8月17日
午前10時30分くらいの出来事だ。
いつも通り、仕事につかれた俺は、帰り道、公園のベンチで座り込んでいた。
空は薄暗く、もう少ししたら降ってきそうである。
天気予報では午後は降る的な事を言っていた。
折り畳み傘を持っているため、振ってきてもどうとでもなるが。
「おはようございます、お兄さん」
「おはよう少女ちゃん」
「なんか今にも降ってきそうな天気ですね――――あ」
それはフラグだったのかもしれない。
少女ちゃんの言葉をきっかけに雨が降り始めた。
それも豪雨と言っていいレベルで。
「あっちに屋根付きの休憩所ありますから急いでそっちに行きましょう」
「了解っと」
「そんなにちんたらしてたらびしょぬれになっちゃいますよ!」
少女ちゃんがせかす中、折り畳み傘を広げた。
二人はいるには狭いがすぐそこまで移動するだけなら十分だ。
傘に入るよう促すと、走ろうとしていた少女ちゃんは、少しだけ迷ってから照れながら傘の中に入ってきた。
「ありがとうございます」
「二人はいるにはギリギリだがすぐそこまでなら大丈夫だろ」
傘を少女ちゃんの方へ傾け、少女ちゃんが濡れないようにしてあげる。
ものすごい豪雨のため既に無駄のような気もするが。
……雨の日って匂いがいつも以上に感じやすくなるよな。
少女ちゃんの甘い臭いが漂ってきて、少しどきりとしてしまった。
目的地は遠くもなく、すぐにたどり着く。
「うあ、下着までびしょびしょです」
「そういうことは言う相手を考えようね」
Tシャツの裾を軽く絞っている少女ちゃん。
俺のセリフで少し赤くなったが気にしてないフリを続けることにしたようだ。
Tシャツがべったりと肌についていてちょっと透けている。
ちょっとエッチな感じだ。
いや別に中学生が多少セクシーなだけじゃおじさんは反応なんてこれっぽっちもしないのだけれども。
「それにしても午後からのはずだったのにいきなり降ってきたな」
「そうですね、僕も午後までには戻れると思って慢心して傘持ってきてません」
「慢心ダメ、絶対」
「……突然どうしたんですか?」
「……すまん、慢心とか聞いたら言っておかなくてはならいない病にかかってる」
「変な病ですね」
「気にすんな」
「了解です。所でお兄さん」
「ん?」
「雨が降ってしばらく動けなくて僕は暇です」
「新しいバリエーションだな」
「ですです。なのでお話ししましょう」
「こんなおじさんと話して楽しいか?」
「まだおじさんて歳でも無いでしょ」
「話すったって話題が無いだろ」
「なんでもいいよー。せいじの話とかでもいいよ」
「そんな話俺は出来んぞ」
「ははは、僕もだよ」
「だったら意味ないじゃないか」
「ならさ、雨を吹き飛ばすような明るい話をしようよ」
「明るい話か、あいまいなテーマだな」
「やまなし落ち無しの話でいいんで適当に話しましょうよ」
「そうか」
「お兄さんいい感じの話ありますか?」
「……なかなか困るな」
「そうですよねぇ、僕も実は困ります」
「明るい話か……少女ちゃん好きな食べ物とかある?」
「好きな食べ物ですか。僕は大抵物食べられますよ」
「好き嫌いしないのか。羨ましい限りだ」
「お兄さんはあるんですか」
「俺は、そこそこ無いこともない」
「例えば?」
「魚介類があまり得意じゃないな」
「そうなんですか」
「もともと海のないところ生まれで新鮮なものがあまりなかったから」
「へぇー、お兄さんの出身簡単に特定できそうですね」
「ここらで海なしなんて二つくらいに絞れるぞ」
「ですね」
「ちなみにさらにヒント言うと魚介類は苦手だがここいらの人が食べるのに抵抗あるもの食えるぞ」
「何ですか?」
「イナゴ」
「あ、はい、特定できました」
「まぁ、有名だもんな」
「お兄さん、あの県出身なんですか。てかなんでここにいるんですか?」
「俺の住んでるところ、高校以上の学校が女子の短大しかなかったんだよ。あと上の方行くよりもこっちの方が近かったから」
「専門卒業したら戻ろうとか考えなかったんですか?」
「んー、ここの夏は暑いし湿気多いしで汗がしんどすぎてそれ考えたら戻りたかったな」
「やっぱり涼しいんですかお兄さんの所は」
「そうだな、涼しいってか湿気がそこまでひどくないからここまで汗だくにはならなくてよかった」
「そんなに汗のかきかたって違うんですか?」
「あぁ、全然違う。こっちで暮らし始めて、歩いているときより家の中とかに入ったときの滝のように流れる汗に最初驚いた」
「そうなんですか。僕は生まれも育ちもここらへんでほとんど県外なんて言ったことないからイメージ付きにくいです」
「少女ちゃんの年齢ならおかしくないよ。俺も19までは県外なんてほとんど行かなかったし」
「お兄さんスキーとか得意なんですか?」
「……うちの県民がみなスキーができるなどと思うなよ」
「ってことは苦手なんですか」
「出来ないこともないって程度。俺は好き好んでやりはしない」
「お兄さん、なんだかんだで運動神経は悪くないですよね。運動嫌いじゃないけど運動神経最底辺の僕みたいなのもいればお兄さんみたいに運動神経悪くないのにめんどくさがりや……人生ってままならないものなのです」
「おいおい、少女ちゃん若いんだからまだこれからだろ」
「ここまでずっと運動神経酷い状態で生きてきたのにこれからよくなるなんて思えませんよ」
「いやいや、高校から伸びる子もいるんだから」
「お兄さん体操結構好きって言ってましたけど女子の体操の方は見てますか?」
「ん? 軽く見る程度で男子の方ほどは詳しくはないが」
「オリンピック出てる女子の体操選手の年齢とかって知ってます?」
「たしか……16や17、そのあたりだったと思うが」
「つまりそういうことです」
「そういうことなのか」
「はい、そういうことなのです」
そういうことらしい。
「そういや運動で思い出したがこの前いけなかったトランポリン、どうする?」
「僕としてはいつでも空いてますから連れてってもらえるならいつでも。明日でも大丈夫です」
「なら明日行くか」
「お兄さんのフットワーク軽めなところ割と大好きです」
「はっはっは」
「時間はどうします?」
「店が午後の三時から開始だがその時間で大丈夫か」
「あ、はい、大丈夫です」
「ここら辺からだと2時くらいに集まれば大丈夫か」
「電車で行くんですか?」
「そうだな、俺も軽く動くし、バイクよりも電車の方が楽かな」
「了解です」
「明日の話はとりあえず決定として、雨、やまねぇけど少女ちゃんは時間大丈夫か」
「たぶん大丈夫だと思いますけど。最悪走って帰れば何とかなりそうです」
「少女ちゃんが走った所で、とろくさいからなぁ」
「失礼です!」
「まぁ、少女ちゃん、女の子が体を冷やしちゃ駄目だからこの傘使いな」
「……お兄さんはどうするんですか?」
「俺は走って帰るよ」
「それで風邪ひくんですか」
「ありうるかもなぁ」
少女ちゃんが少しばかりジト目でこちらを見てくる。
可愛い。
「ま、俺が引く分には問題ないさ」
「僕の気持ち的には大丈夫じゃないんですけど」
「そこは気にしちゃあかんやつや」
「いやいや」
「ま、そうい事で気を付けて帰れよ」
「あ、ちょっ、お兄さん!」
有無を言わさず傘を置いて、走り出すことにした。
しばらく雨はやみそうにないし、こうでもしないと少女ちゃんは早くもない足でびしょびしょになりながら帰るに違いない。




