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7月21日
午前10時30分くらいの出来事だ。
仕事につかれた俺は、帰り道、公園のベンチで座り込んでいた。
とても暑いこの時間帯だが、ベンチは木陰となっており少しばかり快適である。
「はぁ……」
「ため息ばかりついてると幸せが逃げていきますよ」
「ん?」
憂鬱なことしか起きない毎日にため息をついていたら、唐突に女の子から話しかけられた。
年ごろは中学生程度かな。
中性的な容姿をしているが多分女の子であっている。
「どうかしたんですか、お兄さん?」
「ん、どうもしねぇよ」
周りを見ると子供たちがちらほらといる。
あぁ、もう夏休みとかそんな時期か。
スマホやゲームなど、中で遊べるものの影響で外で遊ばなくなったとはよく聞くがそれでもいるもんだな。
この暑い中、元気なもんだ。
「お兄さん、今暇なんですか?」
「暇っちゃあ暇だな」
「そっかー、僕も暇だから少しお話ししてよ」
「こんな初対面のおじさんと話なんかして楽しいか?」
「まだおじさんって歳でもないでしょ」
何を考えているのか不思議な娘だな。
少女は俺の答えを待たず、隣のベンチに座った。
「話すったって話題がないだろ」
「なんでもいいよー。せいじの話とかでもいいよ」
「そんな話俺は出来んぞ」
「ははは、僕もだよ」
「だったら意味ないじゃないか」
「ならさ、楽しい話をしようよ」
「アバウトだな。楽しい話って例えばどんなんだよ」
「えー、大人になると楽しい話の一つもないの?」
「はいはい、そうだな。おじさんになると仕事終わってからの一杯か休憩中に吸う煙ぐらいしか楽しみは無いんだよ」
「どっちもよくわかんないや」
「わかっちゃだめだからな。少なくともあと10年くらいは」
「ふーん。じゃあさ、あの元気にはしゃぎまわってる子たちってどう思う?」
「……この暑いのに元気だなー」
「そういうんじゃなくってさ、ああやって友達と遊んだりすることは楽しいとは思わないの?」
「楽しかった……気がする。もう覚えてないがな」
「大人になれたら忘れちゃうのかなー」
「人によるな」
「僕はさ……羨ましいかなぁ、ああやって駆け回るの」
どこか達観しているような、悟ったような目ではしゃぎまわっている子供たちを見ている。
「駆け回ればいいじゃないか」
「一人で駆け回るなんてばかみたいじゃないですか?」
「友達誘えよ」
「ふふっ」
「……なんだよ?」
「大人の残酷な真実はいつだって子供を傷つけるのですよ?」
「……そいつは悪かったな」
「別に気にしてませんよ?」
「まぁ、どうせ友達なんてその場だけの付き合いだ」
「経験談ですか?」
「あぁ。現に今、連絡を取ってる子供の頃からの友達なんていないからな」
俺の自虐的な話にくすりと笑った。
「まぁ、僕は友達いますけど」
「いるのかよ」
「ただ、あれですね、みんなスマートフォンとやらを持ってる中、僕だけ持ってなくてハブられてるといえなくもないですけど」
「あー、なるほどな」
「負け惜しみに聞こえるかもしれないですけど、僕はそんなに必要感じてませんしいいんですけどね」
「俺は高校時代も専門時代も連絡以外ではそれほど使わなかったから、間違っちゃない」
「てことで僕は一人寂しくお散歩なのですよ」
「お散歩ねぇ……。物好きなもんだな」
「あっ、馬鹿にしましたね! お散歩いいじゃないですか、お散歩!」
「別にバカにはしてないさ」
「むぅ……」
少しふてくされ気味になった少女。
大人びた雰囲気がある少女のころころと変わる年相応な表情がほほえましい。
「お散歩は毎日違う発見ができるのですよ」
「そうか。なら、今日はどんな発見をしたんだ?」
「とある公園で世界を恨むような感じでため息をついている暇そうなお兄さんがいました」
「そのお兄さんはきっと不審者だから話しかけないほうがいいぞ。ってか知らない人に話しかけたらいけないと言われなかったか?」
「言われてるかもしれないけど言われてないって事にしておきます」
「……さいですか」
何が楽しいんだか本当に謎だな。
「話しかけたおかげで僕の世界は一つ広がりましたよ?」
「広がらなくたって何一つ問題ない世界だけどな」
「いやいや、そんなことはありませんよ。知識は財産とも言いますし」
「全く役に立たない知識は雑草ほどの価値もないぞ?」
「ひねてますねー、お兄さん」
「うるせぇ」
どちらともなく、こらえきれず笑いがこぼれた。
「いや、お兄さん、今日は楽しかったよ、ありがとね」
「ん、おう」
「じゃあ、次に会う機会があったらまたお話しようね」
「機会があればなー」