11
8月6日
午前10時30分くらいの出来事だ。
いつも通り、俺は公園のベンチで座り込んでいた。
とても暑いこの時間帯だが、ベンチは木陰となっており少しばかり快適である。
ここまではいつも通りである。
ただ一つだけいつもと違うことは……。
視界の端で少女ちゃんがもじもじ、うじうじ、と言う感じでうろちょろしている。
「……」
俺に声をかけてもらいたいのか?
なかなかに謎だな。
「なにしてんの、少女ちゃん」
「1?」
びくっと驚いてから少女ちゃんは辺りを軽く見まわし、しぶしぶと俺の前まで出てきた。
「お、おはようございます、お兄さん」
「おう、おはようさん」
「い、いい天気ですね」
「ぎこちねぇな」
「そ、そんなことはないですよ」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうか。少女ちゃん、いい天気だな」
「はい」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「やっぱりぎこちねぇじゃないか」
「はぅ」
「何をそんなに恥ずかしがってるんだ?」
「いや、お兄さんの方がおかしいんですよ」
「ん? あぁ、あれか『ここが僕の分岐点です(キリッ』か」
「〜〜〜〜」
「あれはそんなに大きな分岐点だったのか? てか成功ルートに進めた?」
「な、なんでお兄さんはそんなに平然としていられるんですか?」
「昨日はうまくバイクの音がかぶさって少女ちゃんのセリフが全部かき消されて聞こえなかったんだよ。だから少女ちゃんが何を恥ずかしがってるのかまったくわからん。あれは狙ってやったんじゃないのか?」
「……え?」
俺が何を言っているのかわからないのか、少女ちゃんはきょとんとしている。
「それは僕の勇気を出した台詞が全く伝わっていないってことですか?」
「だからそうだってば」
「……それはそれで、なんか」
「なんて言ったのか今言ってくれてもいいぞ」
「それは絶対嫌です。あの時、聞き取れなかったお兄さんに僕の秘密は絶対に教えません」
「俺も無理には聞かないよ」
「お兄さんは僕に興味がなさすぎな感じがしてそれも嫌ですね」
「理不尽な。どうしろってか」
「えっと、僕をそれとなく甘やかしたりして媚びを売ればいいと思いますよ」
「また頭でも撫でてほしいのか?」
「それはそれでやってほしくないことはないわけがないということでもないのですが言葉に出す前にやってもらえればお兄さんを立てて抵抗はしません。言葉に出されちゃった後にやってほしいとはいいにくものかもなのです」
「何を言ってるんだ」
「自分で考えてください」
「ふーむ」
何を考えればいいのか正直わからんが、とりあえず少女ちゃんの頭を撫でておく。
少女ちゃんは最初んっという声を上げた後にまんざらでもなさそうな顔でおとなしくしている。
「これでよかったのか?」
「この問いさえなければ高得点です」
「そうかい」
「まぁ、今日のところは及第点です。ところでこんなところで年下の女の子の頭を撫でている少しロリコン疑惑が発生中のお兄さんは暇なんですか?」
「とげを感じるぞ」
「綺麗な花にはとげがあるもので――なんでもないです」
「そこで照れちゃダメだろ」
「うるさいですっ」
「俺は暇だけど、綺麗な花である少女ちゃんは暇なのか?」
「うぐぅ」
少女ちゃんは悔しそうに、頬を赤らめた。
これはあれが出るな。
「……お兄さんは意地悪です」
「おじさんはそんなに意地悪じゃないぞ」
「それは嘘です」
「そうかい」
「……僕もいつも通り暇なのでお話しましょう」
「こんなおじさんと話なんかして楽しいか?」
「まだおじさんって歳でもないでしょ」
「話すったって話題が無いだろ」
「なんでもいいよー。せいじの話とかでもいいよ」
「そんな話俺は出来んぞ」
「ははは、僕もだよ」
「だったら意味ないじゃないか」
「ならさ、今日はゲームをしようよ」
「ゲーム?」
「うん、ちょっとやってみたかった言葉遊びみたいなゲームがあるんだ」
「山手線ゲームみたいにその身一つでできる系のやつか」
「うん、そんな感じ。相手を照れさせたら勝ちってゲームなんだけどさ」
「げっ、それってあれか。好きだよとか言うやつか」
「お兄さんもちゃんと知ってるじゃないですか」
「……本当にあんなゲームやりたいの?」
「お兄さんに必勝できそうなゲームですからね」
「……そうかい」
「ルールは照れたら負け。交互に照れさせるような言葉を告げて、聞き返されたらもう一回同じ言葉を言う、これでいいですか?」
「負けた方のペナルティとかはどうする?」
「質問に一つなんでも答える……はやめときましょう。好きな台詞を一個相手に言わせるとかどうでしょう」
「録音オーケー?」
「……それはお兄さんだけずるいです――なんて言うとでも思いましたか?」
「ん?」
「今日は僕もあらかじめ録音機を持参しています」
「まじかよ」
「ばっちしです! これでお兄さんの恥ずかしいセリフを残して聞き、強請放題です」
「それは嫌だな」
「やめときますか?」
よほど自信があるのかふっふーんとどや顔を決めている。
どこからそんな自信がわいてくるのか正直わからないが。
「いや、録音はありで行こうか」
「おっ、お兄さんも攻めますね」
「んー、なんとなく結果は見えてるけどな」
「変な自信持ってますね。その自信打ち砕いて見せます」
「じゃあ、さっそくやるか」
「いいですよ。ハンデとしてお兄さんには先攻をくれてやります」
「んっ。じゃあ行くぞ」
「ばっちこいです」
少女ちゃんの自信を打ち砕くべく、渾身のネタをたっぷり溜めを作ってから言い放つ。
「『ここが僕の分岐点です、キリッ』」
「――――――っっっ!!??」
俺のはなったどぎつい一撃に少女ちゃんは赤面し、いやもはや赤面死ってレベルで照れている。
照れさせる一撃なんて簡単なもんだ。
てゆーか、黒歴史を作ったばかりでこのゲームをやりたいなんて詰めが甘すぎるって言うかなんというか。
「まずは俺の一勝かな」
「この鬼畜! 変態! スケベ!」
「勝利は勝利さ」
「うぅぅぅぅうううううううううう!」
「勝てば官軍」
「初激からからめ手をぶちかましてくるあたりほんといい性格してますねお兄さん……」
「はっはっは」
「……」
「さて、罰ゲームだな少女ちゃん」
「……ばっちこーいです」
「そんな不機嫌になるなって」
「なってませんよ」
「そうかい。まぁいいか。じゃあ少女ちゃんにはこういって貰おうか。『お兄さん、時間ですよ!』」
「……うわぁ」
「おい、何あからさまに引いてるんだ」
「え、てか僕の声を目覚ましボイスかなんかにするんですか?」
「んー、気が向いたらそうするかもな」
「こんなの万が一にでも人に聞かれたらお兄さんはただの変態ですよ?」
「俺の朝はバイブ一つで起きられるし、このスマホから音が出たことなんてここしばらくないぞ」
「意味がないじゃないですか」
「記念だよ記念。それともなんだ。少女ちゃんは『お兄ちゃん、大好きッ!』とか言うセリフを残しておいてほしいのか?」
「それをどうするんですか? 聞くんですか?」
「いんや。少女ちゃんに聞かせて恥ずかしがるのを楽しめる」
「ほんとにいい性格してますねっ!」
「まぁ、そんなに褒めるなよ」
「褒めてないです……。まぁ、いいや、言いますよ」
「ちょっと待って。……おけー、準備できた」
すぐさま録音アプリを立ち上げた。
準備はオーケーだ。
「お兄ちゃん、大好きッ!――じゃなかった! えっと、時間ですよ」
「おーう。まさかそっちの方を言ってくれるとは思わなかった」
「間違えただけです! もう一回チャンスを!」
「いや、いいの取れたし、もういいよ」
「お願いです! もう一回だけ!」
『ぴこんっ』
「ちょっと待ってください。何の音ですか」
「録音終了した音だ」
「変なところまで取らないでください!」
「まぁまぁ」
「むぅ……」
「そんなことより次の試合に行こうぜ」
「次こそは勝ってお兄さんに恥ずかしいセリフを言わせて見せます!」
「はいはい」
「次は僕の番ですね」
「いつでもいいぞ」
「では、行きます! 『お兄さん、だ、だいす――』――ッ」
「ででーん、少女ちゃんアウト―」
「〜〜〜〜」
「まさか攻め側が自爆するなんてな」
「いや、これはきっと告白する時に照れちゃってる本物らしさをだしてるからノーカンです!」
「ふーん?」
「ぼ、僕の迫真の照れる演技はお兄さんに誤解を与えちゃったようなので次からはなしで行きます」
「……まぁ、もう一回チャンスを与えようか」
「と、当然です! ではもう一回行きますよ! 『オニイサン』ッ」
「そっこーで声が裏返って照れてるじゃねぇか」
「い、今のもなしです! もう一回! もう一回だけチャンスを!」
「はいはい、どうぞ」
一拍深呼吸を挟んでから三度目の正直に入った。
「行きます! 『月が綺麗ですね』」
若干、回り道をして直接的な表現を避けることによって自爆は回避したようだ。
精一杯色気を出したつもりだろう。
でもそのセリフで照れさせれると本気で思っているのだろうか?
どうがんばっても可愛いとしか言いようがない少女ちゃんに俺は――。
「『俺も死んでもいいよ』」
「――――ッ!?」
「はい、少女ちゃんアウトー」
この程度の反撃でうろたえてしまうのにどうやって勝つつもりだったんだろうか。
「少女ちゃん罰ゲームどうする?」
「……くっ、なんでもばっちこーいです!」
「もうやけになってるな」
「やけになってなんていません! ピーーーーでもばっきゅーーんでもなんでもこいです!」
「ピーーーーやばっきゅーーんなんていわせねぇよ。てか俺が捕まっちまうだろ」
「お兄さんなんか捕まっちゃえばいいんだ!」
「……しょうがないな。少女ちゃんは俺になんか言って欲しい言葉はあるか?」
「え? どういうことですか? 罰ゲームを僕の代わりに受けてくれるんですか?」
「どうだろうな」
「なら口説く感じで『お前が一番だ』って言ってください!」
「んー、罰ゲーム決まった。『お兄さんが一番です』でいこう」
「は、謀りましたね! そーいうのはよくないと思います」
「罰ゲームは罰ゲームだし」
「……むぅ。『お兄さんが一番でしゅ』」
「おっふ。今日一番なものが取れちまったぜ」
「け、消してください!」
「それは厳しい」
「お兄さんは意地悪です!」
素でやらかしたお宝ボイスが取れちまった。
これは何かあった時にからかえる材料として大切にバックアップもとっておこう。
少女ちゃんはむくれている。
「ったく、しょうがないな」
「何がですか? 消してくれるんですか?」
「――お前が一番だ」
「っ!?」
「お、また照れたな。サービスだよ」
「も、もう一回! もう一回だけでいいので言ってください! 録音出来てません」
「録音なんてしちゃだめだろ。少女ちゃんは敗者さんなんだから」
「ずるいです!」
「はいはい」
「……リベンジは絶対して見せますからね。覚えておいてください」
「善処できたらするわ」
「絶対ですよ!」
「はいはい」
「じゃあお兄さん、そろそろ僕は行きます」
「気を付けて帰れよ」
「お兄さん、また明日」
「また明日」
少女ちゃんはもういったな。
姿が見えなくなったところで俺は安堵の息をついた。
慣れないことなんてするもんじゃなかった。
サービスだよ、とか何様だよ。
こんなおじさんの何がいいんだか。
まぁ、少女ちゃんは男慣れしてなくて誰でもいいから言われてみたかったとかそんなところか。
最後に俺は一言だけ、一人だけのベンチで照れながらつぶやいた。
「二勝一敗、か」