虹の戦士
ヤマタノオロチに、二人の『虹の戦士』が対峙した。アマテラスより産まれし、『リカ・マンジュリカーナ』、ツクヨミとアマオロスより産まれし『ラナ・エスメラーダ』の二人はアマオロスの闇を全て取り込んだ最強の邪神『ヤマタノオロチ』に向かって行った。
自在に動く八尾の攻撃を避けながら里香はレインボー・スティックを伸ばした。それをランスに変形させ数尾を切り落とす。どす黒い血が吹き出すのを軽やかにかわし、宙を舞い打突を繰り返した。八頭の首からは、ラナに向けて溶岩弾が吐き出された。しかしオーロラの鏡は七色の盾となり、それをはじき飛ばす。閃光とともにカムイの嵐がうなった。瞬間、オロチの首が二つ飛んだ。ヤマタノオロチはここに来て、里香が天界から現れた事を呪うばかりだった。
「おのれっ!アマテラスの末裔め、再びわしの邪魔をしおって……」
しかし、そこにはまだ不敵な余裕が感じられた。ヤマタノオロチは動きを止めた。
「覚悟したか、ヤマタノオロチ」
ラナが高揚した顔色でそう言った。
「グフフフッ、これしきの事すぐに再生するわ、こんなかすり傷を負わせたくらいで。わしの力を見くびるなよ」
ヤマタノオロチは、広い海を振り返り体中からどす黒い念波を海中に送った。
「わしは、アマテラスに『根の国』に封じ込まれていた。根の国にはこの宇宙の真理の一つ『ヨミ』様の力がある。その一部をわしは手に入れた。見せてやろう、懐かしいわが弟の姿を、アガルータ・レムリカント・マオ!」
「マ、マオだとっ!」
ミコトの驚きの叫びは海中から飛び出た巨大なオロチの起こした水しぶきの音にかき消された。滴り落ちるしずくが酸の様に触れた地面を焦がし、周囲は嫌なにおいがした。
黒銀龍が現れた。
「ぐるるるん、どいつを食らえばいい?」
黒銀色の巨大な双頭のオロチが里香とラナに近づいた。既にそれはマオなどではない。闇を解放する術を『根の国』で手に入れたヤマタノオロチはあの温厚なマオの闇を解放してしまったのだ。
「さあ、人魚を始末しろ!」
黒銀の頭を交互に振り、オロチは笑った。
「食っても腹が太りそうではないな」
「イェヤァー」
ラナのカムイの嵐がうなる。オロチは素早くかわし、溶岩弾を続けざまにラナに浴びせた。
「うっ、なんのこれしきっ!」
オーロラの鏡の盾がそれをはじく。しかしオロチの右腕が横殴りにラナを捉え、たちまち真横にすっ飛ばした。
「どうした、もう立てないのか。そんなことでこの星を守るなどと思い上がるな小娘!」
オロチはラナを持ち上げると地面に叩き付けた。周囲に骨の砕ける鈍い音がした。
「他愛もない、踏みつぶしてやろう」
黒銀のオロチはそう言うと片足を持ち上げた。
「ガキッ」
里香はオロチとラナの間にレインボー・スティックを滑り込ませ、オロチの巨大な足を止めた。ひるんだ隙に、ぐったりしたラナを引き出したのはそれでも戦うつもりの里香だった。
「どうせその人魚は長くはもつまい、ひと思いに楽にしてやればいいものを」
オロチの冷ややかな言葉は、里香の耳には入らなかった。
「エクタノーテ・リムリカーナ!」
回復の呪文で幾分生気は戻ったが、既にラナは体中がきしんでいた。
「もう、エスメラーダの力は尽きている。クシナ様残念です、シャングリラの人魚たち、ごめんね…」
里香はそれを聞くとこう優しく言った。
「ラナ、あなたにはまだもうひとつの力が残っているはずよ」
ミコトもラナにこう告げた。
「ヒメカの産んだ光の巫女、それがお前のもう一人の母『メシナ・オロシアーナ』。メシナは魚人に襲われ、既に虫の息だった実の娘『マリナ』とお前を融合した。お前の魂を娘に取り込み、消え去ろうとしていたヒメカの力までもお前に伝え残したのだ」
「オロスの巫女、メシナ母さん……」
「オロシアーナとは、ヒメカの残したオーロラの女神、それはアマテラスが大宇宙に解放した光『イオナ』に匹敵するものだ」
その話しを聞いたヤマタノオロチは、それでも低く笑った。
「くっくっくっ、残念だな。メシナはとっくの昔に魚人たちに始末させている。あの女がいなければ、ヒメカの力を呼び起こせるものか、たとえお前にその力があったとしても使えなどしない、このまま死ぬのさ」
「それはどうかしら?」
里香が口を開いた。里香の視線の先には切り落とされたヤマタノオロチの緑色の頭があった。すっかり、ひからびてはいたがその輝きは失われるどころか、更に緑の輝きを増していた。
「リカ、再びテントウに七宝玉を収めなさい」
天空から、トレニアの声が里香に届いた。もう一度ブローチを開き、里香はオーロラの鏡を手に取った。鏡から七つの宝玉がプローチに収まり、宝玉を失ったオーロラの鏡は、その七色の輝きを完全に失った。
「すでに役立たずの、うす汚れた鏡だ。たたき壊してやる」
黒竜と化したマオは、里香に突進していった。
ようやく立ち上がったラナは、折れた肋骨を脇腹と一緒に抑え、オロスの巫女メシナから伝授された呪文をすかさず唱えた。
「オロル・クシナ・エスメラーダ!」
その呪文に応じ里香も封印の呪文を唱えた。
「アマノ・テラス・マンジュリカーナ!」
二人の呪文がオーロラの鏡に輝きを与えた。その中にオロチの身体から、どす黒い霧が抜き取られ吸い込まれた。黒銀のオロチは消え去り、残ったのは人型のカイリュウ、五創神の一人『マオ』の姿であった。
「おのれっ、こざかしい真似を!」
身体の傷を回復したヤマタノオロチは激怒した。里香はレインボー・スティックをヤマタノオロチに突きつけたまま、少し笑った。
「これでまたあなた一人よ、覚悟するのね」
しかし、その邪神はみじんも揺るがなかった。
「ふふん、マンジュリカーナ。お前がさっきから狙っているのはわしの末魔か? 無駄なことさ。教えてやろう、わしの末魔はこの身体に取り込んだオロチの闇、ヒメカの闇で守られている。この翼を引き剥がさない限りお前のその棒切れで貫くことなどできない。この翼はな、呪文などでは剥がれない。大地を変えてしまうほどの、そう、ミコトの様な荒ぶる力で引きちぎらなければな。非力な巫女にそれは出来まい。それにミコトの身体はお前の母が天界に封印したままだということを、俺はちゃんと知っているのさ……」
「何故、自分から弱点を私に教えるの?」
「絶望を与えて握りつぶしてやる。この星はもう一度生まれ変わるのさ。せいぜいそのちっぽけな棒きれで向かって来い」
ヤマタノオロチの言葉に偽りはなかった。執拗に里香が末魔を打突してもヤマタノオロチは倒れもしなかったのだ。里香はレムリアに封印された父、カブトの事を思った。




