カムイの戦い
やがて、黒い霧とともに巨大なオロチがカムイの地に降り立った。
「久し振りの地上だ、何と醜いものがはびこっている事よ。溶岩に埋め尽くされるまでこんなものを見ているのは耐えられんな」
辺りをぐるりと見回し、ヤマタノオロチは背中を振るわせ、その口から一斉に溶岩を吐き出した。幾つもの紅蓮の炎がカムイの地から天空に上った。やっと追い付いた里香は、カムイの大地にそっと二人を寝かせると、変わり果てたその光景を呆然と見ていた。かつての緑の大地は、獣や生き物たちが逃げ惑う間もなく焼き尽され、地面さえも赤く、色が変わっていた。
(どのシャングリラも同じだろう)
里香の想像どおり、突然各地のシャングリラから溶岩流が溢れ出し、触れるもの全て焼き尽くしはじめていた。モンゴルの大地が溶岩に飲み込まれ、村人は高台に避難していた。草原も砂漠のオアシスもアマゾンのジャングルもオーストラリアの林も南極や北極の氷山も海底火山さえ手も付けられないほどの溶岩流に覆われ、あちこちに逃げ惑う人や獣たちの姿があった。どこに逃げようにもこの地上に、安全な場所はない。追い詰められていくものは、絶望するしかなかった。もう終わりかも知れない、と誰もがそう思っていた。
「リム・レ・エスメラーダ!」
それぞれのシャングリラでは希望とともに、祈りの声が上がった。
「リム・レ・エスメラーダ(エスメラーダ、お救いください)」
しかしこんなシャングリラもあった。
「アマゾンは俺たちが守る」
アマゾンでは川の中からおびただしい水鉄砲が放水された。あの淡水エイが総指揮をとり魚たちを使って放水をしていた。
「いいか、何とかなるものさ、力を合わせろ!」
しかし、到底足りない。アマゾンの生き物もじりじりと確実に追い詰められていった。
「もはやこれまでか……」
その時上空に黒い無数の雲が現れ、雨が降り注いだ。
「おお、天の助け、雨だ。おや、塩っからい。これは海水……」
見上げた彼の目に、巨大なマンボウの群れとジンベエザメに乗ったスザナが映った。
「スザナ!」
「ごめんね、遅くなっちゃって」
次々と海水を吸い込み魚人たちが再び天に昇っていった。淡水エイは涙をこぼした。
遅れて七海の人魚が数倍の数の魚人たちを連れてアマゾンに到着した。
「みんな、頑張ってるかしら? ラナは大丈夫かしら? マンジュリカーナ様は?」
それぞれのシャングリラの人魚たちはそれぞれに同じ事を思った。甦ったシャングリラからは、天空に向かってそれぞれの宝玉の光が放たれた。やがてそれはひとつにまとまり太い虹になり天空を貫く。この星のシャングリラの宝玉がこの時天界のレムリアに届いたのだった。
「ああ、シャングリラが一つになった」
それを見た里香がそうつぶやいた。色を失ったはずのブローチがその光を受け、虹色に輝いた。レムリア王国から、里香の姉トレニアの念波とともに巨大な虹の光がカムイに向かった。七宝石を失い、それでもスティックを杖にして立ち上がっていた里香に、レムリアから溢れるばかりのマナが注ぎ込まれた。
「リカ、これを使いなさい!」
トレニアの声が里香に届いた。
「姉さん、感謝します……」
里香は再びメタモルフォーゼをとなえた。
「ナノ・マンジュリカーナ!」
レムリアから転送された七色の光に包まれ、紫の衣装の女王がヤマタノオロチの前に立ちはだかった。里香がヤマタノオロチを見ると最後に取り込んだオロチ、シラトも既に黒い闇に染まりつつあった。まだ緑色の輝きを残している首を見て、残りの七つの首は一斉にその首に向けて牙をむいた。
「往生際の悪いカイリュウだ。何をためらう必要がある。さあ、わしと一体化しろ、さもなければかみ殺してしまうぞ」
次の瞬間、地面を蹴った里香がレインボー・スティックを振った。一瞬で緑色のオロチの首がはねられた。
「グフフッ、その程度の事でヤマタノオロチは倒せはしない。この星を焼き尽くすのに、ほんのわずか余分な時間がかかるくらいだ」
七つの口からは、紅蓮の炎が渦を巻き吐き出され、八尾の先からは雷が八方に飛び山を削った。もはやカムイに残るのは、里香と魂を抜かれたシラトそして気を失っているままのラナが転がっているだけだった。
「ヤマタノオロチ、あなたを倒そうとして立ち上がったのは、私一人じゃないのよ、あれをご覧なさい」
天空に巨大なオーロラが現れた。
「なんだ、あれは?」
「シャングリラのエスメラーダたちだ……」
そう言って立ち上がったのはシラトだった。
「お前、なぜ立ち上がれる? いや、いったいお前は誰だ」




