第四章 ヤマタノオロチ
猛り狂うオロチは緑のオロチすらまるで子供の様にあしらった。ヒメカのもつオロスの闇はオロチの闇にさらに加わり、強大な力となった。それはオロチを巨大化させ、カイリュウの長兄シラトをも凌駕していた。
「グフフフフッ、キリトを喰らい、既に残るカイリュウはシラト、お前ただ一人。きさまに俺の闇に勝てる道理はない」
七つの頭のオロチは四方に溶岩弾を吐き出しながらシラトに近づいていった。思いのほか瞬敏にオロチの両腕を掴むと七つの首は続けざまにシラトの胸の肉を食いちぎり血肉をすすった。あまりの凄惨さに、里香はその目を覆った。シラトの両腕が力を失ったのを見て、オロチは両腕を突き放した。ぐったりとその場に崩れたシラトにはすでに生気は感じられなかった。勝ち誇ったオロチは静かに八つ目の頭を持ち上げた。それがオロチの目指した姿、アマオロスの闇の邪神『ヤマタノオロチ』だった。遂にアガルタの洞窟の中、アマテラスにより『根の国』へ封印されていたヤマタノオロチが甦った。
「シラト!」
里香が叫んだ。カイリュウの力を抜き取られたシラトは、人型に戻り音を立てて崩れた。用済みのシラトをヤマタノオロチは踏みつけようと片足を上げた。それをかばう様に里香が飛び出し、虹色のブローチを外した。
「リカ、それは大切なものだ……」
テントウがそう引き止めたが、里香は耳をかさなかった。
「もう、止めなさい。これが七宝玉、あなたが欲しければあげましょう」
しかし、ヤマタノオロチは鼻でせせら笑った。
「ふん、今更そんな石ころはいらない。それにもうわしが『アガルタ』にいる必要はない。わしのいくべき場所は地上のカムイなのだからな」
里香にそういうとヤマタノオロチはマオの洞窟にある、地上のシャングリラに通じるチモニーのひとつに向かった。
「今まで実に長かった、しかしこれで再びこの星を創り直せる。さあ地上の全てのシャングリラから溶岩流をいっせいに吹き出し、虫けらどもを焼き尽くしてしまえ!今こそ原始の星へ戻すのだ」
「何をするのっ!」
里香が叫んだ。しかしヤマタノオロチは動じない。それどころかこう言った。
「ひからびたお前たちに何が出来る、このままこの深海で押し潰されるがいい、ファッハッハ。お別れだ、哀れなマンジュリカーナ、ムシビトの巫女」
ヤマタノオロチはそういい残すと、天井を突き破り消えた。洞窟に海水が流れ込み始めた。よろめく様に里香は立ち上がった。岩盤が崩れ始めた。その時、気を失ったはずのシラトの口が開いた。聞こえたのはマオの声だ……。
「マンジュリカーナ、シャングリラを守ってくれ。人魚たちを、全ての生き物たちを、アマテラス様の意志を継ぐものよ」
里香は頷くと、力を振り絞りラナとシラトの肩を抱えチモニーに向かった。そしてカムイに通じるチモニーを見つけると虹色のブローチを開けた。
「七宝玉に宿るシャングリラの人魚たちよ、今こそ、この星を救うのです!」
いっせいに飛び出した宝玉はそれぞれのシャングリラに繋がるチモニーに吸い込まれていった。
「マンジュリカーナ、オロチはアガルタのさらに深部、かつて封じられていた『根の国』のマグマを汲み出し、地上のシャングリラから一斉に溢れさせるつもりなのだ」
その声は魂を抜かれ、抜け殻の様にひからびたシラトの口から聞こえた。ラナに肩を貸し、里香は立ち上がった。片手にすっかり色を失ったブローチを握ったまま、まだあきらめの色はない瞳のまま、チモニーに消えた。
(七人魚のみんな、シャングリラを守って)
振り返った里香の目には、轟音とともに海水と岩盤に埋もれていく洞窟が映った。




