メシナの奥義
「あんな事を思いつくなんて、君はマンジュリカーナとして、最高の巫女だ」
シラトは本心から、そうたたえた。
「あと、二個も宝玉を集めなければマンジュリカーナとして完全には覚醒しない。里香、安心出来る相手ではないんだ。黒人魚もメイフも」
虹色テントウは、里香に油断しないようにと再度言った。
「これが、母さんの真珠なのね」
五十年後にはアマトやルシナ、ダルナ、娘のラナ、何よりも自分がラミナだった事さえ記憶から完全に消えてしまう。それが再誕なのだ。ラナにとっての母は、派生した別のエスメラーダ人魚の記憶の中でしか残らない。ラナはもう一度エメラルド色の真珠を抱きしめると、ミドリアコヤガイにそっと戻した。
「キリト様がおいでですよ」
見るとそれは、パンダイルカとも呼ばれる、イロワケクジラとなったキリトだった。
北極海で、ホッキョクグマからラミナを守ったセイウチはメイフたちに転生されていたキリトだった。彼はラミナに心を寄せていたのだが、既に彼女はアマトの妻となり、子供を宿していた。ルシナはかつてキリトの妃だったことも、クシナとアキナを転生させたアロマのプロセスさえ記憶していた。ルシナはナツメの石を使い、瀕死の若者にキリトを転生させた。しかしメイフと同じくそれも未熟な術だ。数年しか効かない術だった。
「ラナ、どうした。俺だよ、キリトだ」
ところが驚く事に、このパンダイルカには前世の記憶がある。いや、シラトも前世の記憶を持ったまま転生していたのだ。
「どうして? 私を覚えているなんて」
ラナは涙をこらえられなかった。
「キリト様にはオロスの『タマヨセ』をしていただいたのです。シラト様もまた」
ラナは母のメシナから聞いた事があった。『タマヨセ』の術はオロスの奥義。死人にさえ魂を入れ復活させる術、ルノクス最後の女王リカーナの母が使えたものだ。リカーナの母はその禁呪で大王を復活させた代わりに命を落としたと伝えられている。
(その術がオロスの巫女にも伝わっているというの? オロスとは、一体何なのかしら?)
里香はキリトの話しに耳を傾けた。
「ラナがオロスを離れてしばらくして、俺は突然倒れた。その日の事、メイフたちが村を襲った。双頭の竜が二頭、黒人魚を先頭に現れた。焼き尽くされる村をラナの両親は必死で守っていた。相手は凶暴なオロチ二頭と呪術を使う黒人魚、遂にラナの父も行方がわからなくなった。黒人魚はメシナの持つ『オーロラの鏡』を狙っていたのだ。かつてヒメカを封印した神器の一つだ。『オロチの牙』は既に手に入れていると言っていた。メシナは君に鏡を渡した事を言わなかった。しかしそれも黒人魚はやがて知るに違いない。メシナは俺にオロスの禁呪を使うことで、パンダイルカに再誕させようとしたんだ……」
「愚かな、オロスの巫女。今更用済みのカイリュウを甦らせても何もならない。さあ、オーロラの鏡を渡せ、さもないと『ラミナ』同様あの娘も始末してやるぞ」
黒人魚は、そう言うとパンダイルカの尾を双頭の竜に捕まえさせて持ち上げた。そこにスナメリに転生したシラトが現れた。メシナは黒人魚に向かって厳かに言い放った。
「愚かなのは、黒人魚お前だっ!聖三神の一人『アマオロス』より産まれし『ヒメカ』は『イオナ』『クシナ』と同様に大いなる力を持っていた、光も闇も。ヒメカの光の呪文を伝えているのがオロスの巫女である。そしてその奥義を使うための正しき御霊が今、天界より舞い降りた。見るがいい……」
その場に光とともに二つの陰が現れた。
「お前たちは誰だ、異形なツノを生やした……」
返事はなかった。それはカムイノミコトがレムリアで転生した『カブト』とリカーナの娘『マンジュリカーナ』との間に産まれた二人の王子『イオ』と『アギト』の御霊だった。
「今まさに、天界より降臨する『イオ』『アギト』、ここに再誕を待つのは、カムイミコトの猛る心を継ぐもの。『シラト』『キリト』いざここに戻り給え……」
祝詞を唱えると、メシナは髪を逆立てた。
「エスタブーラ・イオ・レ・アギト、オロス!(イオ、アギトよ、オロスに産まれ変われ)」
タマヨセの後、タマフリが行われ二つの御霊がパンダイルカとスナメリに吸い込まれていった。二頭の小さなカイリュウは海に消えていった。黒人魚はあっけにとられていたが気を取り直しメシナをあざ笑った。
「ハッハッハ、奥義とか言ってもたいしたこと無いのね、あんな小さなカイリュウのままなんて。それとも油断させるための作戦かしら?」
メシナは、奥義を使いふらつきながらもつぶやいた。
「これでいい、後はクシナ様の良き心が受け継いでくれる。ラナ、私はあなたに辛い運命を与えてしまった。許して私の、可愛い娘……」
メシナはそう言うと、とうとう膝をついたのだった。
「天界のイオとアギト、その力を使い俺たちはこの世に戻った。メシナが言ったクシナの良き心とは何だろうか?」
シラトはダルナに聞いた。
「それは七色に輝く宝玉に違いありません」
「残り二色は、緑色と紫色の宝玉」
里香はそう言い、七人魚たちに回復の呪文を唱え、今後もマナトを守るように指示した。シラトとキリトもマナトに残し、三人は、アガルタの最深部に向かおうとした。
「ダルナ、マオ様の閉じ込められている洞窟に案内して。ラナ、さあ行くわよ」