エスメラーダの始まり
「ルシナは今までの人魚たちと違って宝玉が無くなっても消滅しないの?」
ラナは不思議そうに尋ねた。
「私は、精神を分離したまま転生が出来る人魚、最初のエスメラーダ『アキナ』様の心をずっと受け継いでいます。『アロマ』様の転生の術でアキナ様が再誕する時、カルナ様と私に分離してからずっと……」
「アロマ、母さんの妹ね」
「宇宙で産まれたマンジュリカーナ様と違い、アロマ様はこの星で誕生された。この星の異界、レムリア王国は『天界』にあります。天界は次の転生のための『聖なる気』の世界、『アマの世界』とも呼ばれています。アロマ様はその気を身体に取り込み、マオ様の願いを聞いてくださったのです」
「マオ様の願いって……」
ラナの問いに、ルシナはエスメラーダの始まりについて話し始めた。
「タオ、ヨミ、マナこの造化三神はこの星に三神を創りました。天にはアマテラスとツクヨミ、そしてアマオロスの聖三神。それぞれ無形の神です。まだ倶生の神でした。そして次に産まれたのが我々と同じ偶生の男女の神『創五神』がお産まれになりました。女神ヒミカとクシナ。男神ミコト、オロチ、マオ様です。」
ラナが口を挟んだ。
「海には神がいなかったの?」
「その頃はまだ、海は空にあったのです」
ルシナは少し笑って言った。
「正しく言うと、今と違って天と地の間は分厚い水蒸気の層で覆われていたのです。その水蒸気はまるで海の様でその中を自在に泳いでいたのがオロチの子孫です。その水蒸気がやがて大雨となり陸に降り注ぎ、大洪水を引き起こしました。陸の大半は海に沈み、空と天は遠く離れてしまったのです。ヒメカは東の小さな島に降り、アキツという国を興しました。オロチは北の海に入りそこで再び力を蓄え、陸へ上がったのです。オロチの子孫は『キョウリュウ』と呼ばれ恐れられました。そのキョウリュウから分かれ、出来たばかりの海に新天地を求めたのが私たちカイリュウの租『マオ』様です。やがて陸の覇権をカムイとオロチが争い、それはこの星を破壊するほどでした、アマテラス様はアマの力を用いてそれを防ぎ、元凶のオロチを封印しました。
マオ様は今後も海からこの星をずっと見守る役をアマテラス様から命じられ、クシナ姫を妃にされました。その姫とマオ様の間にお産まれになったのがアキナ様です」
「じゃあ、人魚と言うのは元々アキナ一人しかいなかったのね」
里香がルシナに尋ねた。
「そうです、クシナ様がお産みになったアキナ様が始まりです」
「それが今は五大陸のシャングリラ人魚とエスメラーダの六人がいるのね」
ラナがそう言った。
「いえ、後七人います、彼女たちは七海の人魚と呼ばれています」
「あと七人の人魚が」
二人が声を合わせて言った。
「いずれ逢う事があるかもしれません」
「ところで、マオ様の願いって何だったの?」
ラナは、ルシナ(フウキンチョウ)に聞いた。
「クシナ様がお亡くなりになり、アキナ様まで突然意識がなくなり、倒れられたのです」
ルシナは少し間を開けて話しを続けた。
「どうやら、お二人ともヒメカ様に呪われた様でした。ヒメカ様はアマテラス様にも劣らず美しく、また呪術にも優れていました。おそらくアマテラス様に次ぐ呪力の姫だったのでしょう。アマテラス様は広く全てのものに暖かい光を与える姫だったのです。ヒメカ様が心を寄せていたミコト様は、アマテラス様に心を寄せていたと聞きます。マオ様はクシナ姫を選んだのです」
「呪い殺したって、ヒメカはマオ様に心を寄せていたの?」
ラナにルシナは答えた。
「いいえ、マオ様の兄、『オロチ』は凄まじい力を持ち、アマテラス様、ミコト様、マオ様によってなんとか倒されましたが、ヒメカ様はオロチ様と合流する予定でした。もしそれが少し早ければおそらく……」
「ヒメカは間に合わなかったのね」
里香は複雑な気持ちだった。
「はい、アキツは島国です。ヒメカの軍勢を陸に寄せ付けなかったのは干満を自在に操る『ツクヨミ』様の力だったのです。それだけオロチとヒメカ様は恐ろしい力を持っていました。マオ様は私におっしゃったことがあります。造化三神の一人ヨミ様に匹敵するのではないかと」
(まさか……)
二人は同時に思った。
「マオ様には、クシナ様に次いでアキナ様まで失う事は耐えられなかったのです。そこにアキツから使者が来たのです『アキナを助けたければ、再びオロチに戻れ。お前の兄の仇、カムイを滅ぼそう』と」
「そんな、卑怯な」
ラナは声を上げた。
「マオ様はそれを逆に利用して、一計を案じてヒミカを封印しました。それが『オロチの牙』と呼ばれる勾玉です、それはアマテラス様の側でずっと封印されています」
「それで、アキナはどうなったの?」
「ずっと眠り続けていらっしゃいました。あなた方がこの星に現れるまで。最初の次元の歪みがおこり、天空のシャングリラを抜けてマオ様がレムリアで見たのが、まるでアキナ様に瓜二つの王女だったのです」
「それが、アロマリカーナ……」
「マオ様はアキナ様の魂を再び呼び戻して欲しいと願いました。その願いは叶えられたのです。それが人魚の再誕、今に伝わるものです。アキナ様が再誕して産まれたエスメラーダがカルナ、そして私なのです」
「アロマ様はアキナ様にかけられていた闇の呪力を取り除かれると、そこにアマテラス様のマナを吹き込みました。その際分離したクシナ様の光の部分から一人の人魚が創られました。それが『クシナ・エスメラーダ』、私の最初の名前です。再誕の度に私にだけは代々のエスメラーダの記憶が増えていくのです。辛い事、楽しかった事、全てのエスメラーダが経験した事が。それによって再誕したエスメラーダは別の人格の人魚として生き続けられるのです」
カルナはアキナの再誕の時に産まれた人魚だったのである、しかしクシナの光が分散したとき、巧妙にヒメカの闇が入り込み、命を落としたのだった。
「アキナ様は再誕の際、私とカルナとに分離しました。カルナ様が誕生するまでの数年間、あのダルナはエスメラーダとしてアガルタを守っていたのです」
驚いて、ラナは言った。
「それなのに、あなたを殺そうとしたなんて!」
「何か深い訳がありそうね、ルシナ」
里香が歩く足を止めて、岩に腰掛けた。




