覗き見
キリトが北極から、アガルタに戻ったのは二日後だった。
「やっとキリト様に逢える。今度は私を選んでくれるかしら?」
前世の縁はなかったが、ダルナはキリトと結ばれると信じていた。キリトは兄メイフのところへ出かけていたのだった。メイフの洞窟に彼女は遠慮がちに入った。
「メイフ様、キリト様いらっしゃいますか?」
しかし、声をかけてもメイフの部屋には誰もいなかった。
「変ねえ、ルシナがキリト様はメイフ様のところへ行かれたと教えてくれたのにね……」
ふと部屋の中に、潮の香りに混じって焦げ臭い匂いが立ちこめた。その匂いをたよりに岩を押してみたダルナはその岩が隠し扉になっていることに気付いた。
「この奥から臭ってくるのね、こんなところに洞窟があるなんて」
どこまで続くのか見当もつかない洞窟の階段を降りていくと、メイフの声が聞こえてきた。
「キリト、俺に感謝しろ。これから起こる事をお前は見ないでいいのだからな。せめてもの兄からの優しさと思うがいい」
「兄さん、いやもはや兄とは呼ぶまい。メイフ、お前はその人魚に騙されているのだ。俺がどんな姿になろうとも、アガルタにはまだシラト兄さんがいる、マオ様も人魚たちも。考え直せ、エスメラーダを亡き者になど出来るものか!」
「ファッハッハッハッ、シラトはカムイからもう生きては戻るまい、相手はあの『ヤマタノオロチ』だ。マオはな、体中から大陸と海にシャングリラを張り巡らせている。どういう事か解るか、激しく動く事は出来んのさ。大陸が沈むからな。だからこそ、この計画が成功する、人魚などとるにたらん」
岩陰から覗いていたダルナは、メイフが話している相手が、巨大なセイウチである事に愕然とし、後も見ずに階段を駆け上がった。
「メイフ、さあ転生を!」
黒人魚が催促した、キリトがすでにセイウチに転生し、代わりにホッキョククジラはセイウチの魂を得た。そのクジラに黒人魚の闇の意志が吸い込まれていった。赤い目のホッキョククジラは巨大な尾びれでそのセイウチをはじき飛ばすと、海中に沈んだ。ギバハチを越えるカイリュウの身体は人魚をさらに色濃くし、人魚はその黒髪を掻き揚げた。
闇の意志とセイウチが入りこんだホッキョククジラにメイフが命じた。
「行くがいい、闇のキリトとして。ラミナの息の根を止めてくるのだ!」
黒人魚にはヒレが無くなり、すでに人型となっていた。そして冷たくメイフに言った。
「ご苦労、これでオロチの仇が取れる……」
黒人魚は思った通り、カルナではなかった。メイフは落胆を隠せなかった。
「何を思っているか解るぞ、メイフ。私はカルナではない、お前の稚拙な転生の術のお陰でこの世に再びまい戻った。私は闇の巫女『ヒメカ』様にお仕えする『黒人魚』、ともにこの星を作り直そうぞ。その折にはカルナにこの身体を返してやろう」
部屋に続く階段で拾った人魚の鱗を拾い上げ、メイフはそれを指で潰した。
「ダルナ、邪魔をすれば、ひとおもいに消すまでだ。盗み聞きなどをする、行儀の悪い人魚は……」
ヒメカに従い、再びカルナに逢う事を彼は選んだのだ。キリトを呼び戻す方法を聞き出そうとし、その後ダルナは自らメイフの仲間となった。
「ダルナ、これからはイラーレスと名乗るがいい。シャングリラの人魚を始末しろ。好きなだけ魚人どもを使ってかまわぬ」