王宮にて、謁見。 2
重厚な音を響かせ、開いていく扉の先に奴はいた。
王家の紋章が掲げられたその下の玉座にどっしりと体重を預け座り込みじっと目を閉じている。
ジュリアス・マグナス。
この王国の始祖であるマグナス家の第九十九代国王であり、五年前に魔族との争いが終結した今、世界を総べる最高権力者である。
若くしてその地位を受け継ぎ三十代後半になる現在も肉体の衰えは見えず、少々皺は増えたが逞しい顔つき、美しい金髪金眼は男の俺でも目を奪われ、老いというものは全く感じさせない。
彼に相対した俺の心は先程までのグチャグチャな感情が嘘のように落ち着いていた。大丈夫。俺は冷静だ。
俺の来訪に気付いたのだろう。今まで閉じていた瞼をゆっくりと開きこちらに視線を向ける。
「よく来たなアイルラン、少し背が伸びたか?てっきりもう少し来るのをごねるかと思ったぞ」
よく響く声で世間話のように声をかけてくる。どの面さげてそんなことが言えるのか。と心底呆れてしまう。
「ジュリアス陛下、この度の招集の件、一体どのような意図のものでしょうか」
ろくな挨拶もせずに、本題に入る。こいつに払う礼儀など生憎と持ち合わせていないのだ。さっさと用事とやらを聞いて突っぱねて元の日常に帰る。それが俺の目的だ。だいたい顔を見るだけで心を逆撫でする奴なのだ。一刻も早くこの部屋から出たいのが本音だ。
「はあ、余裕のないヤツめ。お前ももう大人だ。少し落ち着きを持った方がいいな」
ジュリアスの忠告を黙って聴く。すると俺に一切雑談をする気がないのがわかったのか、一つ溜息を吐き話を再開させる。癇に障る態度だ。
「では聞こう。あれから左眼の様子はどうだ。隻眼の勇者よ」
その瞬間、今まで冷静であった感情が暴走するかのように暗い感情に満たされる。
やはりこれが本題か。
煮えたぎる想いを抑え、冷静を装う。それでも抑えきれない感情が少々表に出てしまったらしい。
「何も、至っていつも通り平和に生活しています。貴方の招集がなければ今も心を乱すことなく子供達と戯れていたはずでしたよ」
皮肉をたっぷり込めにこやかに返す。が、ジュリアスは気にも留めないのか、真面目な顔を崩さず俺の心を見透かすように口を開いた。
「魔王討伐から五年、お前の左眼に宿った魔眼の呪いは確実にお前の肉体と心を蝕んでいるはずだ、いくらお前といえど限界はいつか訪れるぞ」
「……」
そう……
俺の左眼には呪いが宿っているのだ。魔王を殺したときに発現した魔王自身の眼、魔眼だ……
こいつは徐々に俺の心を、精神を蝕んでいく。ときどき全てを飲み込むような憎しみが、悲しみが、憂いが、俺の中で渦巻くのだ。つまりは侵食。それが発作と呼んでいるものの正体なんだ……
「だからと言ってどうするというんだ。誰かに俺を殺させて次の人間に移すのか? 俺を騙したように! 貴様に、貴様なんかに侵食の苦しみがわかるのか! こんな痛みを他の誰かに肩代わりなんてさせられない!」
絞り出すように吐き出した声は震えている。感情の奔流に押し流されてしまいそうだ。こいつは俺を騙した。いや俺だけじゃない世界の全てを騙しているのだ。今やジュリアスに対して礼儀という仮面を被ることすら出来やしなかった。
「それに魔眼持ちを殺せるのは大魔力を持ったものだけだ。そんな人間はまずいない。それこそマグナス家だって魔力持ちは何世代も生まれてないはずだ」
人間世界では通常魔力持ちは忌み嫌われる。それは魔力というものが魔族を連想させるものであると同時に絶対数が少ないからだ。人間という種族は少数を嫌い排除する。そんな背景があるからか普通、魔力持ちであることを公にすることはほとんどない。例外は王族や三大騎士家といった大貴族などだがそれだって好意的には受け取られないだろう。
「お前がそのような事を心配する必要はない。魔眼殺しはこちらで用意してある」
厳かな声音。ドキリとする。そんな、まさか……
「どちらにしてもお前をこの国には置いておけない。これからお前には魔族残党討滅の旅に出てもらう」
「なっ」
「王国への反乱勢力が力をつけ暗躍しているとの報告もある。お前以外に適任はいない」
続く発言にまたも驚かされる。何を言っているんだこいつは。この命令は魔族殲滅という建前に隠れた事実上の追放だ。何故? と疑問が湧く。俺のような危険因子は自分の目の届くところに置いておく方が得策である。それをみすみす手放そうというのだ。何か他に策があるというのか。
俺がジュリアスの言葉に翻弄されていると後方から慌ただしく走る足音が響いてくる。誰だ? この話はこれ以上することができない。
「来たか」
ジュリアスが呟く。来訪者について心当たりがあるのだろうその表情は落ち着き払い余裕があることを窺わせる。その仕草に想定外の出来事に対してすぐに動揺している自分に腹が立つ。そもそもこの話は俺とこいつだけで出来るのであって部外者を招き入れるのは通常ありえないことだ。何が狙いなんだ。
「……三大騎士オルレイン家が当主アクセリナ・オルレイン、ただいま到着いたしました」
余程急いで来たのだろう荒い息を整えた後、三大騎士の名乗りを上げたのは見目麗しい少女であった。流れるような肩まで伸びる金の髪は煌めく粒子が舞っているようでキラキラと輝いており、アクセントとして銀の髪飾りが添えられている。また、意志の強そうな翡翠の瞳は吸い込まれるように澄み切っている。服装は甲冑などは着ずに動きやすさを意識しているような軽装である。しかし軽装でありながら所々に装飾が施されており、彼女の女性らしい肢体を引き立たせていた。
この少女が三大騎士の一人、なのか?
どこをどう見ても貴族の御令嬢という出で立ちで、武器を匠に操り敵を討つ騎士にはとても見えなかった。値踏みするような視線を向けてしまっていると、気づかれたのかこちらと目が合ってしまった。すると直ぐに目を逸らしジュリアスの方に向き直る。その頬は心なしか朱い気がする。はて、初対面のはずだが……思考に耽っているとジュリアスが話を進める。
「さて、よく来たなオルレイン卿。そなたには既に報告がいっていると思うが、今回呼び出したのはそこにいる隻眼の勇者と共に魔族残党討滅の旅に向かって欲しいというものだ。」
「はい?」
俺は聞いてない話をいきなり振られポカンとしてしまう。
「はい、大変栄誉な役を仰せつかい、このアクセリナ身命を賭すつもりでございます」
「はい?」
仰々しく頭を垂れ傅くアクセリナに俺はまたもや同様にしてしまう。
「ど、どういうことだ! 三大騎士が旅に動向するなんて聞いてないぞ」
何を考えているのだ。この旅はあくまで俺を追放するための建前のはずだ。こんな意味のないものに王国最強の三大騎士を動向させるだと? それにだとしてもだ、まだ疑問は残る。
「それに他の三大騎士は何故現れない。一人だけしか招集に応じてないようだが」
「彼らは来ないでしょう。この度我らに出された命は三大騎士の一人が隻眼の勇者の旅に同行せよとのことでした。私が立候補したので招集に応じる理由もないのです」
こちらに微笑みながら説明をするのは三大騎士を自称する少女だった。
「いくら隻眼の勇者といえども、一人に任せるのは負担が大きすぎると感じた。故に協力者を同行させることにした。三大騎士ならば足でまといにもなるまい」
「はい、このアクセリナ全力で隻眼の勇者様をサポートいたします」
ぬけぬけとアクセリナの説明を補足するジュリアスと応えるアクセリナであったが、俺は気づいてしまった。彼女は俺の監視役なのだ。俺の事情を知っているかはわからないが、どちらにしても面倒な役回りだ。と同情の視線を向けてしまわずにはいられない。何を勘違いしたのかアクセリナはニコリと首を傾げてきた。俺の都合に付き合わせることにチクリと胸が痛む。
「疑問はなくなったか? では協力してことにあたれ。素晴らしい成果を挙げることを期待している」
これ以上話すことはないのかジュリアスは玉座で瞼を閉じ沈黙した。アクセリナは入ってきたときと同様に深く頭を垂れた後、
「失礼いたします」
と退散の旨を国王に告げ、部屋から出ていこうとする。その直前俺に振り向きまた笑顔を向けてきた。
「では先に城の広間で待っていますね」
扉の閉まる音が反響し沈黙が降りる。
「……」
「……」
部屋には俺とジュリアスの二人が残されたが奴は黙して語ろうとしない。俺は睨みつけながら自分に誓いを立てるように言葉を吐き出す。
「今はお前の言うことに従ってやる。俺の弱みをお前は知っているからな。だが全てがお前の思い通りになると思ったらそれは勘違いだ。俺はいつか自分の日常を取り戻す。覚悟しておけ……」
負け犬の遠吠えにしか聞こえないだろう宣誓。ジュリアスは目を瞑り微動だにしない。俺は振り返り出口に向かう。口を開けた扉の先は薄暗く、これからの未来を暗示しているのだろうか。奴の視線を背中に感じる気がしたが決して振り返ったりはしない。俺は床を踏みしめて謁見の間を後にした。
こうして俺の旅は始まりを告げる。複雑に入り組んだ想いのカケラを抱きながら。




