王宮にて、謁見。 1
もうすぐ彼に会える。
それはアクセリナ・オルレインにとって何よりも待ち望んだものであった。
国王陛下が三大騎士に命じた
「隻眼の勇者」の魔族残党討滅の旅に同行せよ。
アクセリナにとって自分の生まれにこれほど感謝したことは今までの人生で一度だってなかった。辛く厳しい鍛錬を耐え抜いて、ようやく家督を継ぐことができた。
苦しかったし、自分の性別がハンデにもなった、そのことで反発や批判も多かったが、苦難を乗り越えてこれたのも、いつの日か彼に会うことが出来たとき、恥ずかしくない自分を見せたかったからだ。
その想いがついに現実のものとなる。
王宮から本日招集との旨の書状が送られた昨夜は、あまりにも期待しすぎてなかなか寝付けなかったほどである。寝坊してしまいそうになり今も約束の時間までギリギリであった。年端もいかぬ少女ではないのだからと、自分を戒めようとするが、頬が緩んでしまうのを抑えられない。
彼に会ったらなんて言おう。私を覚えているだろうか。成長した私を見てなんて声をかけてくれるだろうか。でも陛下の前で失礼なことはできないし、色々と想像を膨らませながらアクセリナは王宮への道中を急ぐのであった。
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俺たちを乗せた馬車が王都セントメイスの王宮前に到着したのはビルルトを出発した翌朝のことであった。馬車の中の椅子はとても柔らかな座り心地であったため、旅に慣れた俺はとても快適に過ごし睡眠も十分に取ることが出来たが、ソーニャにとってはなかなか苦戦するものだったらしく、
「おしり……、痛ひ……」
と今も涙ながらにブツブツ文句を言っている。馬車の揺れは彼女の臀部にダメージを与えるのに大いに貢献したらしい。
不満げな表情の彼女に苦笑を向けつつ、王宮の城壁を仰ぎ見た。
その全容はまさに要塞と呼べるものであった。あまりにも背の高い城壁とそのまわりを囲む深い堀、上部の方には大砲や投石器、クロスボウの類も散見される。
一体何に恐れているんだあの国王様は……
注意しておくがこの王都が戦場になったことなど魔族と争っていた過去にも一度だって存在しなかった。そりゃあ、城の守りを固めて悪いことなど何もないがここまでいき過ぎていると、何かこうすわりの悪さというか違和感を感じてしまう。
俺が王宮を見つめていると後から降りてきたトーマス隊長が俺達に提案してきた。
「謁見は午後からの予定です。思いかけず早急にビルルトを出発することが出来たおかげで時間の余裕がありますゆえ、街の様子を見学してきたらどうでしょう? 終戦から五年経ち更に発展を遂げとても賑わっていますぞ」
「王宮への招集は早急だったのではないんですか?」
「それが招集されたのは貴君だけではなく三大騎士の方々も呼びかけられているのです。彼らには本日の昼に謁見と連絡がいっているはずですので、申し訳ないのですが今すぐに貴君だけ謁見とはいかないのです」
……俺だけではなくて三大騎士も?想定していた流れと違う事実に疑問が湧くが、今ここで考えても答えは出ない。結局は国王の勅命とやらを自分の目と耳で直接確かめる。話はそれからだ。
「時間があることはわかりました。ですがやはり街の見学はやめておこうと思います。できれば王宮の中で待たしてもらいたいんですが可能でしょうか?」
自分のなかで一つ結論を出しトーマス隊長に返答をする。
「王宮の中は娯楽などありませぬ。時間をつぶすには退屈すると思いますがよろしいので?」
トーマス隊長は長時間馬車に拘束されてた俺達を慮って提案してくれているのだろう。
しかし彼の提案には乗れない、乗りたくない理由が今の俺にはある。五年前の俺には無くて今の俺にはある。
そんな俺の心中を彼が知るはずもないのだが……
「時間ぐらい余裕でつぶせるわ!私はアイルの面倒を見なきゃいけないもの。目を離すと何しでかすかわかったもんじゃないし、遊んでなんかいられないわ」
ソーニャが薄い胸を張って自慢げにいう。不名誉極まりないが、正直助け舟だった。ので俺も乗っからせてもらうことにする。
「そういうことです。ソーニャは俺のことを見てるだけで、いつまでも楽しめるそうです。逆に俺もソーニャを見てるだけで楽しめるので永久機関の完成です。何の問題もありません」
「ばっ、馬鹿じゃないの!?私はそういう意味で言ったんじゃないわ!勘違いしないで!アイルは何でいつもそう馬鹿なことを口にするの!?」
俺の言葉にさっきまでの余裕は消えて、一気に慌てだすソーニャである。顔は紅潮し耳まで真っ赤に染まりきっており、俺の胸のあたりをポカポカと殴ってくるがまるで痛くない。
「効かんなあ、全然効かん」
ニヤニヤとふんぞり返る俺に、ソーニャは悔し涙を目尻に溜めてポカポカ攻撃を続ける。
俺達のじゃれあいを見てトーマス隊長は苦笑しながら告げる。
「お二人がそれでいいなら王宮で待ってもらうことにしましょう。それにしても本当に仲がよろしいのですなぁ」
しみじみ語るトーマス隊長の言葉に更に羞恥心を刺激されたのかソーニャは「ホントにもう! ホントにもう!」とブツブツ言いながらポカポカが激しくなった。
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王宮の中で待つことになり数刻、俺とソーニャのじゃれあいも落ち着いてきた頃合いに城の侍女と思われる女性が一人奥から現れた。
「陛下からアイルラン・ノーディラス卿一人を謁見の間にお通しせよとのこと」
恭しく礼をしながら主君の命令を告げる。
仕掛けてきたか、それにしても俺一人ということは三大騎士の話はどうなったのか、
と内心疑問もあったがその提案はこちらにとっても好都合であった。
「三大騎士はどうなったのよ。こっちが聞いてた話と違うのだけど」
思考を巡らせているとソーニャが俺の疑問を代弁してくれた。
「私目は陛下のお言葉をそのままお伝えしているにすぎません。どのようなお考えかはわかりかねます」
表情一つ変えずに返される。そんな侍女に圧倒されたのかソーニャは、うぐっと声を詰まらせてしまう。
「まあまあ、ソーニャもそんなにツンツンしなくていいよ。陛下のことだ何か考えがあるんだろう」
俺は謁見の間に向かうために扉に向かう。
「案内をしましょう」
侍女が申し出る。俺は首を左右に振り断りの意思を表す。
「案内はいらない。代わりにソーニャのことをよろしく頼む」
「わかりました」
簡潔に答えると俺に興味をなくしたのか侍女は部屋の片隅に立ちソーニャの様子を見守り始めた。
ソーニャは居心地が悪いのか、恨みがましい目をして俺をみつめてくる。
俺は悪いと思いながらもソーニャの忍耐力が保つよう祈りつつ、視線を振り払い部屋を後にした。
王宮の廊下はとても冷たい。
それは体感的な意味ではなく俺の心が感じる精神的なことに起因することだと理解していた。これから奴に会う。そのことが俺の魂を際限なく凍てつかせていくのだ。彼を目の前にしたときこの凍る心が一気に燃え上がり怒りに理性を保っていられないかもしれない。後悔や怒り、わけのわからない感情がドロドロに混ざり合いそれが冷え固められていく。複雑な想いを抱えながら辿り着いたのは豪奢で華美な装飾が施された巨大な扉であった。
この扉の向こうに奴が待っている。
無意識のうちに強く握りしめらていた拳をと開き、瞼を閉じ呼吸を整える。
そして俺は扉に手をかけゆっくりと押し開いた。




