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幸せのカタチ。

「……ル、…………イル……アイル!」


 聴き慣れた自分の愛称を呼ぶ声に意識が徐々に覚醒していく。涙でぼやけた視界に映るのは紅の世界などではなく、幾つかの傷が残るいつもの天井とこちらを心底心配で堪らないという表情をして覗き込んでくる見慣れた少女の碧の瞳。


「やっと起きた……、随分うなされてたけど悪い夢でも観たの?」

「……………………っ」


 俺を必死に見つめる姿が夢に出てきた少女の容姿とダブって息を詰まらせてしまう。

 自分の動揺を悟らせまいと目尻を拭い俺はわずかにおちゃらけて返す。


「なんだ、俺を心配してくれるなんて珍しいじゃないか」

「か、勘違いしないで! あんたがいつもの調子じゃないと、こっちの調子が狂うだけ!」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまう。その際振り乱した銀の髪は透き通るような美しさで、やや幼さの残る顔立ちだがそれを差し引いてもとても整っており、着飾った貴族の息女だって敵わないであろうと思うのは贔屓が過ぎるだろうか。惜しむらくは、今も胸を張っているのにちっとも主張をしていない肉付きの薄い胸部だ。どうでもいいことに思考を割きつつ、からかうように返した。



「ふーん……ほーん……心配してくれたんじゃないのか……せっかくソーニャが心配してくれたと思って俺の心はウキウキワクワクだったんだがなー」

「そのニヤニヤ顏がムカつくわ。それにソーニャはやめてって言ってるでしょ私にはソニア・ビクトールっていう名前があるの」


 仏頂面で文句を言いつつ俺の左眼をちらちらと見ているソーニャに反論は認めないとばかりに俺はすぐさま返す。


「その抗議は受けつけないな。ソーニャも俺をアイルっていう愛称で呼んでるじゃないか」

「--なっ、それはあんたがアイルって呼ばないと嫌だ! ってだだこねるから仕方なく呼んでるんでしょ!」


 呆れてジト目のソーニャが俺を責める。こんな何気ない、いつものやり取りをしていると先程までの暗い感情がいつの間にかなくなっているのを感じて頬が緩んでしまう。

 そんな俺の表情が気に入らなかったのか、ソーニャは仏頂面を崩さないまま訪ねてくる。


「それで? どんな夢にうなされてたの?」

「ソーニャが無理やり飯を俺の口が裂けるくらい詰め込んでくる夢だったんだよ。それで多分苦しんでたんじゃないかな。」


 あくまで軽く返す。きっと気づいているだろうがこの少女にはなるべく心配をかけたくないのだ。それは俺のささいな意地のようなものだ。

「……っ、……はあ、本当にしょうがないわね、あんたは。とりあえずご飯片付けちゃいたいから早く朝食済ませちゃってよ」

 ソーニャは何かを言いかけたようだがそれを飲み込み。追求することを諦め俺の寝室から去ろうとする。


「ああ、悪いね、すぐに済ませるよ」


 その気遣いに心中で感謝を述べつつ、見える小柄な背中に笑顔で返した。

 部屋を出る直前、ソーニャは立ち止まりこちらを振り返らず、


「………………嘘つき」


 と聴こえないくらいの囁き声で呟き、その場を後にする。俺はしばらく開け放たれた扉を見つめていたが溜め息を一つ吐き、顔を洗うため汲み置いてあるバケツを覗く。そこにはぼさぼさの黒髪とそれに合わせたかのような漆黒の右眼、そして髪に隠れ左眼を覆う眼帯が映っていた。左眼の眼帯に触れる。

 大丈夫。俺はまだ大丈夫。

 心に言いきかせ、不安を振り払うかのごとく乱雑に顔を洗い、ゆっくりと立ち上がり寝室を後にした。



  ーーーーー・ーーーーー・ーーーーー


 人里離れた山奥に俺の住む集落ビグルトはある。

 というのも俺がここに住むことになったのは色々複雑な事情があるわけだが、兎にも角にも大勢の人の目を避けたかったというのがのが第一の理由として存在しているのは紛れもない事実だろう。だが俺は今集落の子供たちに剣の稽古をつけている。いわゆる剣の道場のようなものだ。それに伴って子供達の家族とも懇意にさせてもらっている。結局人の目に晒されてしまっているのだが、ビグルトの人々は俺の立場を気にせず、詮索もしないで親身に接してくれる。その優しさが心地よくて、そのまま居着いてしまい、もう5年になる。アレからもう5年経つのか……

 なんて物思いに耽っていると集落一のガキ大将のシアンが俺に攻撃を仕掛けてきていた。


「隙ありっ! くっらえぇぇぇ!」

 変声期を迎えてない子供の叫びとともに練習用である木剣の鋭い突きが浴びせられる。しかしそれは好機を見つけ喜び勇んで放たれた真っ直ぐすぎる攻撃。俺は突きを繰り出す右の手首を掴み、体全体を柔軟に使い少年のまだ小さな体を草叢に投げ飛ばした。


「いてて、くそー! 今日こそ師匠から一本取れると思ったのに……」

 受け身を取った後、大の字に倒れシアンは頬を膨れさせながら文句を垂れる。

「筋は良かったぞ。ただお前の剣は真っ直ぐすぎるな。隙を見つけて勝利を確信したとき、人は最も油断する。追い詰められた兎こそ一番危険ということを覚えておいた方がいい」

 俺は倒れた愛弟子に手を貸しながら優しくアドバイスをかけた。

「よっしゃ! 次はぜってー師匠から一本取ってみせるからな!」

 俺の手を取り笑顔を向けてくるシアンの直情的ともいえる真っ直ぐさに俺は自分の過去を重ねてしまう。叶うのならこの笑顔が決して曇ることのないよう、この平穏で暖かなな日常がいつまでも続くよう願わずにはいられない。

 くぅ〜、と俺の思考を遮るように、空腹を知らせる警報が俺とシアン、どちらの腹からも発せられる。お互い顔を見合わせる、

「アイルー! お昼ご飯の時間よ! シアンも食べて言ったら?」

 するとまるで見計らったんじゃないかと思うほどタイミング良くソーニャの言葉が森に響く。

「よし、俺の家まで競走だ。勝ったほうが相手のおかずから一品もらえるものとする。ヨーイ、ドン!」

「え、師匠!? ずるいよ!」

 俺は走り出しながらあたふたとするシアンを後ろ見しながら笑いかける。

「稽古中はいつでも気を抜くなといっているだろ。俺は相手が子供だからといって手は抜かないぞ」

 賑やかで優しい風景だ。この形が壊れぬよう、壊さぬよう俺は自分に誓いを立てたのだった。





 ちなみに競走だが、思案しながら走っていたせいか、勝利を確信して後ろを確認したときに草叢に隠れた石に引っかかり盛大にすっころんでしまい逆転負けを喫してしまった。

 指導したことがそのまま自分に当てはまってしまい、シアンに指摘されるのであった。




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