prologue:紅の世界
視界は真っ赤に染まっている。
それが何による紅なのかぼやけた景色では判別がつかない。そもそも自分が何なのかすら理解が及ばない。何もかもがおぼろげという気持ち悪さがつきまとっている。
そのなかでただ一つわかること、感じることが出来るのはそれが終わりの色だということ。
何の終わりだとか何故終わるのかとか、諸々大事なことは一切わからない。
「ありがとう」
柔らかで優しく、そしてわずかな寂しさを含む声音。どこか懐かしさすら感じる声が響いた瞬間から、曖昧な風景の輪郭が少しずつ形作られていく。
それは燃え盛る炎だった。全てを焼き尽くす非情の業火であった。
それは真紅に染まる女性の姿だった。彼女の姿を視認した瞬間、俺は俺が何者なのかを悟る。
……かつての美しく見る者全てを虜にするような碧眼ではなく、ただただ深い紅の瞳。そこから流れ出す血の涙。狂気と静謐が混じり合い反発している。彼女の涙を拭おうと一歩踏み出そうとするが、足は動こうとしない。どころか体全体が脳の命令を無視しているかの如く俺の意思を反映してくれない。意識だけがふわふわと波間にたゆたっている。
「ごめんね……」
彼女は微笑みながら泣いている。終わってしまった世界で、今にも絶えそうな命の全てでその想いを伝えようとするかのように。
ありがとうって何だよ!ごめんねって何だよ!勝手に終わらせるな!そんな言葉を聞きたいわけじゃない!
俺は堪らず自分の内側から溢れ出す激情のままに叫ぶ。しかし、その音は届かない。発せられてすらいないのだから。
がむしゃらに手を伸ばそうとするが、己の体はやはりいうことを聞かず少しも動こうとしない。
そして彼女は少しずつ少しずつその存在を消していく。微笑みながら、涙を流しながら。俺の想いも世界の全ても置き去りにして。
そして紅の世界は終わりを告げる。居るべき主を失ってしまったから。
そして最後に残ったのは血に染まった自分の掌と終わってしまった紅の世界に決して響くことのない慟哭だけだった。




