第三章 晴れ、のち時々南瓜(カボチャ)
第三章
晴れ、のち時々南瓜
今日は妖英学園の卒業試験の日だ。
今日の試験で来年も学園で過ごすか、日々妖怪たちと戦うか、そのどちらになるかが決まるのだ。
「うーむ、なかなか緊張してきたな」
手を擦りながら、学園に向かい歩いていると、
「おはよう!雷毅!」
「あ?ああ、小雪か。機嫌よさそうだな」
ニコニコしながら小雪が近づいてくる
「うん!だって今日の試験で来年から妖操師として活動できるかできないかが決まるんだよ?わくわくするじゃん」
「ハァ。お前は気楽でいいな」
「雷毅だってあの術A級だったから大丈夫でしょ?」
オレが口を開こうとした。
ドン
「おわっ」
誰かが勢いよくオレにぶつかった。
「いててて」
「大丈夫かい?」
黒い服を着た男がオレに手を差し出していた。
「お、おう」
オレは自力で立ち上がった。
「すまなかったな」
そういいながら黒服の男は足早に立ち去った。
やれやれ、何をあんなに急いでいるのやら。
「アレ?あの人、何か落としていったよ」
「あ?」
オレの足元に紙切れが落ちていた。
表には何かの文字が書かれていて、裏を触るとベタベタするところとカサカサするところがある。
「何、これ?お札?」
「ああ、剥がしたのも最近らしいな」
「届けたほうがいいかな?」
「使った後みたいだからいいだろ」
オレはポイ捨てをしない主義だ。
お札を丸めてポケットにつっこんだ。
「時間喰ったな。走るか!」
「あ、ちょっと待ってよ〜」
俺は小雪をおいて走り出した。
オレは学校に着いた後教室にかばんを置き、試験会場へ。
「あ〜、緊張してきた〜」
今朝の一件で緊張を忘れていたが、緊張が戻ってきてしまったようだ。
「へ〜、お前みたいなのでも緊張するんだ」
「ケッ、てめぇなんて顔真っ青じゃねぇか」
級友と一緒に文句を言い合っていると緊張もほぐれてきた。
いいかんじだ。
オレは試験会場の説明を受けるため、講堂へ入っていった。
来てみると他の奴等は結構早くから来ていたみたいで、用意されているパイプ椅子はほとんど埋まっていた。
っていうか、全員の椅子を用意しろよ。
「おーい、雷毅!こっち、こっち!」
小雪だ。
どうやら、俺の席をとっていてくれたらしい。
オレにとっては、ありがたいが、あいつには一緒に座ってくれる友達がいないのだろうか?
小雪の隣に座るからといって俺に友達がいないという訳ではないからな。
「私より先に校舎の中に入っていったくせに何で私より遅いのよ」
「しらねぇよ。別にまだ始まっていないからいいだろ」
「まあ、そうだけど」
「ほら、ブツブツ言っているうちに始まるぞ」
「ぶつぶつってほど言ってないじゃない」
「わーたよ。ほら、始まるぞ」
校長が前の舞台の袖から出てくる。
ぴたっとざわめきがやんだ。
「えー、これより第37回卒業試験を始めます。第一試験担当の山岸先生こちらへ」
舞台の袖からもう一人若い先生が出てきた。
って、アレ?
あの人は朝の黒服の男じゃないか!
あの人、先生だったんだ。どおりであんな札を持っていたんだ。
「え〜と、それでは第一試験の説明に入りたいと思います。まずは・・・」
ズズッズズズズズッ
ん、何の音だろう? 下のほうから聞こえるようだが。
音の根源を探るためにキョロキョロと辺りを見回すと、ほかにも数人同じような行動をしている生徒がいた。
先生たちもいつの間にか話をやめている。
「どうしたのかな?」
不安げな顔で小雪が聞いてくる。
「ちぃと、だまってろ」
ズズッズズズズズッ
気のせいだといいのだが音がどんどん近づいてくるような気がする。
残念ながら、地面が振動してきている。気のせいではなさそうだ。
音が近づいてきても相も変わらず下から音が聞こえてくる。
(ということは、
ズズッ……
音が止まる。
「逃げろ、小雪」
「え?」
「早く!」
「う、うん」
小雪が2,3メートル離れる。
ズッドーン
真下に何かがいるってことだ!)
何かが俺たちがさっきいたところから飛び出してきた。
「きゃーー」
「また妖怪か!?」
蔓だ。
さっき飛び出してきたのは蔓のようだ。
「つ、蔓?」
何故に、蔓?
こうしている間にも蔓はどんどん伸びていく。
「この蔓は千猫南瓜!!」
今まで舞台に突っ立っていた山岸先生がやっと反応した。
ほかの先生たちはすでに避難の誘導を始めている。
グググッ
蔓が弓なりに反れる。
「やべッ」
俺はパイプ椅子を三脚持って走り出した。
蔓が振り下ろされる。
ベキッ
腕に衝撃が来る。
「くっ」
パイプ椅子が三脚とも折れる。
どんな力をしているんだ、蔓なのに。
ボフッ
「うわわっ」
蔓がいきなり燃えた。
「ほら、君たちも早く避難しなさい」
どうやら先生の術のようだ。
「先生、来るのが遅いッス」
「ほらほら、早く」
「ウッス。ほら、小雪行くぞ」
「う、うん」
こうしているうちにも蔓が一本また一本と飛び出してくる。
俺たちは足早に講堂を後にした。
「ところでさ……」
俺たちは今となっては危険な校舎を抜け出すため、走っていた。
所々、校舎の壁から蔓が飛び出していてそれらが時々襲ってくる。
だが、今は落ち着いてきた小雪が手伝ってくれるのでそこまで苦にならない。
「今更なんだけど、千猫南瓜ってどんな奴なんだ?」
「エーー! 千猫南瓜も知らないの!?」
俺は身近にいる妖怪は人一倍詳しいつもりだが、その他の妖怪はまったくといっていいほど知らない。
たとえ、どんなに有名な妖怪でも興味がない。会わなければ知っていても意味がないからな。
「千猫南瓜は千匹の猫が死んだ地に生えた南瓜が妖怪化した妖怪で、妖怪の中で最凶といわれているの。本体を倒さなければ蔓はいくらでも出てくるし、本体も見つけにくいんだ」
ふむ、ってことは……
「千匹猫が死んでいそうなところを探せばいいってことか」
「それがわからないから困っているんだけど」
うーん、聞いたことがあるような気がするんだけどな。
「もう、そろそろだね」
「そうだ!」
あそこだ。あそこに違いない。
「な、何? いきなり」
「わかったぞ! 猫がいっぱい死んでいるところ!」
俺たちはいつの間にか校門のところに来ていた。
「どこ?」
「教えたらお前ついてくるだろ? お前は気をつけてうちに帰れ」
「えー!」
「じゃあな」
といって俺は校内に入っていった。
我等が妖英学園はかなり広い。
妖怪の生息していそうな環境を作るためだ。
俺が今向かっている、裏山もそのうちの一つだ。
そこには猫又もいる。猫又は永く生きている猫が妖怪化した妖怪だ。
その猫又が多く生息しているのだ。その分猫がたくさん死んでいると考えてもおかしくはないだろう。
それに……
「原因の一つは俺のせいかもしれないしな……」
裏山のふもとに着くといきなりの大歓迎。
蔓による格闘ダンスだ。
ドドドドドドッ
右、左と順調によけていく。
後方から来た蔓を横っ飛びによける。
チッ
何かが頬を掠める。
完璧によけたと思ったがな。
と、思ったら先ほどの蔓には何かが乗っていた。
その何かが、攻撃してきたらしい。
右のほうからの攻撃。
ヒュッ
やはり、猫又だ。同じ猫の妖怪だけに仲が良いらしい。
いつの間にか子牛ほどもある猫又が二、三匹並走している。
「ったく」
走りながら木に手を当て、電撃を瞬間的に流す。
ボフッ
次々に木に手を当てていく。
ボフッ、ボフボフボフボフッ
瞬間的に電撃を流すことにより手を当てた部分だけが焦げ、木が倒れていく。
ぎゃー、にゃー
ふう、少しは効いてくれたかな?
と思っていると、地面に影が映った。
「チィ、囲まれたか」
前に三体の猫又が降り立った。
俺も足を止める。
にゃー、にゃー
四方から猫の大合唱が聞こえる。
「まさに四面楚歌、だな」
ボワア
ぎゃーにゃー
後ろから突然火の手が上がった。
「なんだ?新手か!?」
「ったく、この程度でてこずっているのか?」
炎の中から現れたのは…
「久々の登場なのに第一声がそれか? 宗慈」
「うるせえ、小雪さんから話は聞いている。さっさと千猫南瓜探して来い」
うわ、なんかキモい。どんなべたな展開だよ。
「黙れ! だったら帰るぞ!」
「わったよ。ったく人の心読んでんじゃねえ。かぎカッコ外は心の声だぞ」
俺は走り出した。
「前の奴だけ片付けといてやる」
タン
俺は飛んだ、そして猫又の上で一回転。
回転の途中で手のひらを猫又に向ける。
バリバリバリっ
黒焦げにした猫又を背に俺は走り去った。
宗慈が引き付けているせいか、猫又の数も少なくなった。
頭の上が開ける。
「……着いた」
にゃー、にゃー、にゃー
頂上だ。
そこには相当な数の猫又が集まっていた。
そして……
「あれが、千猫南瓜……」
その猫又たちの中心には俺の背丈の5倍はある南瓜、猫の顔つきの。
その顔は俺の見覚えのある特徴のある模様の猫の顔。
「この学園の中なら南瓜と一緒に埋めても大丈夫だと思っていたんだけどな」
俺がまだこの学園に入学したばかりだったころ、俺は猫を飼っていた。
かぼちゃがとても大好きだったからカボチャと名付けた。
そのころ、俺は幼かったからいちいちかぼちゃを買うお金がなかった。
だから、その日も山にカボチャと取りに行っていた。
かぼちゃを取っているとカボチャの鳴き声が後ろで聞こえた。
振り返ると必死に妖怪に立ち向かっていくカボチャがいた。
カボチャは死んだ。
妖怪があきらめるまで何度も何度も噛み付いて、引っ掻いて俺を守ってくれた。
そして、かぼちゃといっしょにカボチャを学校の山に埋めた。
「飼い猫の落とし前は飼い主がつけなきゃ、な」
パキパキ
指の関節を鳴らして気合を入れる。
「さあてと、俺様のお仕置きの時間だぜ!」
俺は走り出す。
猫又が俺の前に立ち塞がった。
「邪魔ァすんな!」
猫又たちの横をすり抜けていく。
バリバリバリ
俺の後ろにいた猫又がすべて黒焦げになる。
同じ要領でどんどん今は千猫南瓜となってしまったカボチャに近づいていく。
当然俺も無傷ではないが俺は倒れない。
とうとう、前に猫又はいなくなった。
「覚悟しろ」
俺はそうつぶやいた。
右に左に前、後ろ。
四方八方から蔓が襲い掛かってくる。
タン、ズガガガガ
俺は空中に逃げた。
ドババババ
下から新たな蔓が伸びて来た。
「ヤバ」
空中だとかわすことができない。
ここは……
「おりゃ」
伸びてきた蔓に手のひらを向ける。
電撃が飛んだ。
無事着陸。
「あぶねぇ」
また走り出す。
左右から蔓が襲う。
それを見て俺はスピードを上げた。
蔓がアーチように地面に突き刺さる。
どうやら俺に攻撃したのではないようだ。
すると、突然前からふたまわりほど大きい蔓が襲ってきた。
上下左右、蔓にふさがれていてよけられない。
「やっべ……」
ズガガガガガ
俺は蔓のアーチから放り出された。
「ぐふっ」
あー、くらった、くらった。
……死ぬかも。
「ったくよぉ。反抗期か? 飼い主にこんなに暴力振るうなんて」
ふらふらしながらも立ち上がった。
「お仕置き倍だな」
ズガガガガガ
「話の途中に攻撃するなんざ、タブーだぞ」
俺はよけつつ蔓の上に飛び乗る。
次々と攻撃して来た蔓に飛び移りながら、距離を縮めていった。
ついに、千猫南瓜の上に飛び移った。
「助けた命にやられるなんてなかなか皮肉モンだな」
バチチチチチ
腕に電撃を集める。
「恩を仇で返して悪かった。次、この世に出てくるときは傷つけるほうじゃなくて、最初のカボチャみたいに護るほうでな。」
腕にすべての力を電撃に変えて、集めきった。
知らないうちに頬には、一粒の涙が流れていた。
「じゃあな、カボチャ」
バチチチシチチシチチィ
カボチャの体が一瞬光り輝いた。
ボフッ
俺は灰の上に立っていた。
ポタポタポタ
涙が頬を濡らしていく。
「俺にもまだ流す涙が残っていたとはな」
涙が足元の灰も湿らせる。
ポツポツポツ、ザザァー
俺の心を表すように、俺の涙を隠すように、雨が降る。
「俺はこの雨に誓う。俺は護る。このさきずっと・・・」
ドサッ
俺は力尽きた。
降る雨はカボチャのぬくもりのような温かい雨だった。
倒れている人の横に黒服の男が立っていた。
「千猫南瓜も倒されたか。情が出て倒せないかと思ったが」
雨に流されていく灰を見ながら男はつぶやいた。
「教員としてもぐりこんでやったことといえば妖怪弱符の札を剥がして、南瓜に妖力を注ぎ込んだだけか」
空を見上げ、遠くを見るような目をいながら言った。
「もうそろそろ、あの方の元に帰る時期かな」
男の姿がぼやけ始める。
「それでは、雷毅君。また、そのうち」
そう倒れた人につぶやき、男は消えた。