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図書館の恋  作者: S.AKI
本編
4/7

第四話

 それから一週間ほどたった日のこと。

 わたしは講義終了後の放課後、いつものように図書館へと向かった。

 あれからわたしたちはまた今までと変わらず二人での時間を過ごす日々が続いた。

 だけどその日は、お決まりの場所にたどり着いたのだけど、そこにケンくんはまだいなかった。

「あれ~、今日はケンくんのほうが早いはずなんだけどなぁ」

 最近は何曜日には講義がいつまであり、だいたい何時には図書館にいるだとか、そういった細かい予定も把握するようになっていた。別に意識してのことでもなんでもなく、ただ単に毎週毎日のように同じことが続いたものだから、すっかり覚えてしまっているだけなのだけれど。

それなのに今日はケンくんがいない。

「少し待ってみるかな」

 そう思い、わたしはここに来た本来の目的である行動をする。すなわち、手持ちのカバンから一冊の本を取り出して、挟んでいた栞のページを確認し、そこから読書を開始した。

 読書をしていれば、時間が経つのも早いものだ。

 10分がすぎ、20分がすぎ……時計の長針が一周するだけの時間がすぎた。

 だけどケンくんはまだ来ない。

 もしかしたら、補講か何かでこの時間普段はない講義を受けているのかもしれない。

 だとしたら、1講義は90分だからあと30分ほど待てば来るだろうか。

 そんなわたしの思惑とは裏腹に、ついに1コマ分の講義の終わりを告げる鐘がなり響く。

 しかしケンくんはまだ来ない。

「今日は……来ないのかな」

 先週は私がそうだったじゃないか。

 私は何も言わずに、毎日の当たり前のように待っていてくれたケンくんに何も言わず、ここに来なかったじゃないか。

 だったら当然、ケンくんにもそんなことがあってもおかしくない。

「……」

 だけど、そう思うと途端に恐ろしいほどに寂しさが押し寄せてきた。

 不安と共に、とめどなく悪い思考があふれてくる。

 何で来ないんだろう?

 何があったんだろう?

 事故とかあってないよね?

 病気してたりしないよね?

 止まらない。止めれない。考え出すとキリがない。どれだけ考えても答えはわからない。

 そうなると後はもう一瞬だった。

 私はケンくんのいないその場所にいることが耐えられなくなり、気づいたらまるで我が家のように感じていたこの図書館から逃げ出していたんだ。

 いつもは暖かいその場所も、今は得体の知れない底なし沼のように思えて、ただひたすらに怖かったんだ。



 図書館を出てトボトボと歩く。

 まだ太陽は沈みきっておらず、薄暗い中にも夕暮れの赤さが綺麗に私の背中を照らしていたけども、肝心の私の背中には元気がまったくない。

 これからどうしよう。

 普段から遅い時間まで図書館で過ごしていただけに、もてあました時間の使い方がとっさに思い浮かばなかった。

 街に出てウィンドウショッピングといくか。それとも、家に帰って寝てしまうか。大好きな本屋さんに行くという選択肢だけは今の私には選べない。きっと本を見ると、ケンくんを思い出してしまうから。

 こんなときに、さくらやよっちゃんが居てくれれば、きっとどこかへ連れていってくれるんだろうな、なんて他力本願で弱気な考えさえも浮かんでくる。

 とりあえず食堂にでも行って、何か飲もう。

 そう思ってふらふらと歩き出した時だった。

「あれ、アキちゃん?」

 私を呼び止める声があった。

「ん?」

 振り返るとさくらが居た。ちょうどさっき考えていただけに、少しだけその偶然が、まるで必然のように感じたが、とにかくそこにはさくらが居た。

「珍しいね。こんな時間に会うなんて」

「ん~」

 生返事をして、私はボーっとさくらを見ていた。

 なんだかどういう顔をして良いのかわからない。

「アキちゃん?」

 そんな私の横まで小走りに駆けてくる。

「何かあった? 元気ないよ?」

 さくらはよく人のことを見ている。気遣いの出来る良い子だ。

 でも、その時の私はきっとさくらじゃなくても、元気の無さは一発で見破られたんだろうなと思う。

「……聞くよ?」

 そしてさくらは優しい。

 この子の優しさは、本当に心に染みる。打算のない、心から私を想ってくれる優しさだから。

 きっとそんなさくらだからこそ、私は話そうと思ったんだ。

「とりあえず、座って何か飲もっか」

「……うん」

 そう言うとさくらは元気よく食堂の一角を占拠して「待っててね」と言い残して、自販機に向かっていった。



「ケンくんが今日来てないんだ」

 横長のテーブルに並んで座る。じっと私を見つめるさくらに私は話す。

 さくらは紅茶。私は緑茶。両方ともホットで、少し冷えた手と体においしく染み渡ってくれる。

「あぁ、例の彼ね」

 その一言で。その一言だけで、さくらは納得したようだった。

 少し体をこちらに寄せて、いつもは私がさくらにするように、私の肩に左をおいて右手で頭を撫でてくれた。

「寂しいんだね?」

 何もかもお見通しなのが少しだけ悔しい。

 こういう時は経験豊富で少し大人なさくらがちょっと羨ましい。

 だけど、そんな親友相手に意地を張ったところで何にもならない。

「うん、寂しい」

 だから私は素直に認めた。

「とっても寂しいよ」

 ちょっと口を尖らせて。わざと愚痴っぽく言ってみたりして。

「こんなふうに感じるなんて思ってもなかったんだよ」

 堰を切ったように言葉が溢れてくる。

「ケンくんがいなくて寂しい。当たり前が当たり前じゃないのが怖い」

 さくらは相変わらずずっと私を優しくなで続けてくれていた。

「こんな気持ち……はじめてだよ」

 そこまで言って、ちょっとだけ涙が出てきた。

 すすり泣き、というほどのものでもないけれど、しばらく私の涙を拭く音だけが残る。

 ほんと私はどうしちゃったんだろう。

 こんなことで親友を頼って、なんだか情けない。

「ねぇ、アキちゃん」

 どれくらいそうしていただろう。

 私の涙が落ち着いた頃に、さくらが優しく呼びかける。

「そういうの、なんて言うか知ってる?」

 さくらを見ると、とっても幸せそうな顔で微笑んでいた。

 まるでどうしようもない子供を諭すような表情で。

 それでいて、とても喜んでいるような声で。

「え……?」

「あのね」

 手をおろして、その人差し指をピンッと私に向けて来る。

 そしてさくらは言った。

「それが恋だよ」

 その表情はやけに自信ありだ。

「恋……?」

「そだよ。それが本物の恋だよ!」

 変わらず自信満々に言うさくら。

 本物の恋……

 私は別に男の人と付き合ったことがないわけではない。普通に告白されて、普通に付き合って、普通に遊んで、普通にデートして、普通に恋人だったことだって何度かある。

 だけど、その時でさえ、今みたいな気持ちになったことはなかったんだ。

「それが、恋、だよ」

 もう一度さくらが言う。

『恋』

 言葉が心に染みていく。

「そっかぁ……」

 抱えていた不安が少し和らいだ気がした。

 それと同時に、一瞬で納得が出来た。

「そっかそっか」

 噛み締めるように繰り返す。

 控えめな笑顔を思い出す。驚いた時に目を大きく開く表情を思い出す。読書に夢中になっている時の真摯な視線を思い出す。「アキさん」と呼んでくれる時の親しげな声を思い出す。

 ひとつひとつ、鮮明に浮かんでくる。

「私はケンくんに恋してるんだ」

 弟のようだと思っていた男の子は、いつのまにかそれ以上の存在になっていたんだ。

 声に出してはっきりと自覚した。

 私はケンくんが好きだ。

「私はケンくんに恋してるんだね」

「うん!」

 さくらが元気よく首肯する。

「彼氏持ちの私が言うんだから信じなさい!」

 無意味にえっへんと控えめな胸を張るさくら。

 そうやってわざと軽く言ってくれるさくらが嬉しくて、だから私もやっと笑えた。

「……三年間も遠回りしたくせに何言ってんのよ」

 せめてもの反撃。それを言うと得意げな彼女はうっと言葉を詰まらせ、困ったような苦笑を浮かべる。

「でも、ありがとね、さくら」

 心から感謝した。きっとさくらに言われなければ、本当にこのまま気付いていなかったかもしれない。

「どうしたしまして。良かったね、アキちゃん」

 笑顔で答えてくれる。

「アキちゃんは私のかけがえのない親友だからね! それに……それに、アキちゃんには感謝してるから……」

 えへへと恥ずかしそうに顔を赤くするさくら。

 さくらが悩んでいた時は、こんな私でもそばに居てあげることが出来た。

 何かしてあげられたような覚えはないけども、それでもさくらは「ありがとう」と言ってくれた。

 きっとさくらにしてみれば、その恩返しなんだろうと思う。

 ……くそ、ほんとかわいいな、この子は。

「まったく、あんたにゃかなわないわ!」

 そう言って、さっきとは逆に、そしていつも通りに、私はさくらの頭をなで始めた。

 うにゃーっと声を上げながら、照れるさくらもいつも通り。

 彼氏が出来て最近めっきり可愛くなってきたこの子だけど、手に入れるまでは随分と苦労したことを私は知っている。

 だからこそ。

「私もがんばってみるよ」

 少しでもその可愛らしい親友のようになりたいから、私も勇気を出すことにした。

「うん、がんばれっ」

 そんな私にさくらはガッツポーズなんかしてくれたりして。

「あぁそうだ」

 思い立ったように私は手を打つ。

「よっちゃんには内緒ね?」

 そう言うと、さくらはおなかを抑えて笑い出す。目の端に涙を浮かべながら「そうだね」と同意してくれたのだった。

「ありがとね」

「ん」

 紅茶と緑茶で軽く乾杯。

 味気ない金属音に、この親友に出会えたことを私は心から感謝した。

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