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図書館の恋  作者: S.AKI
本編
2/7

第二話

 それからわたしは図書館へ行く楽しみがひとつ増えた。

 今まではそこには本しかなかったけど、今はもうひとつ、ケンくんがいる。

 彼と話をする。話はしなくても一緒にあの特等席に座って本を読む。

 同じ本を読んでいるわけでもないけど、二人で黙々と読む。

 すっかり彼の特等席だったその場所は、わたしの特等席にもなっていた。

 本を読んでいるときのケンくんの集中力はすごい。

 少し話しかけたくらいじゃまったく反応しない。

 わたしと同じように意識を飛ばすタイプなんだろうけど、その深度はわたしより遥かに深いようだ。

 本を机の上に置き、少し彼を観察する。

 短く刈り上げた髪の毛はどちらかと言うとスポーツマンみたいな雰囲気を出している。

 高校球児ほど短いわけではないが、さっぱりとしていて気持ちの良い感じがする。最近そこらへんに溢れる変な長髪の男子よりもよほど好感が持てる。

 顔立ちは大人っぽい造形の中に、子供のあどけなさが残っている感じ。

 細めに長い睫。四角形に近い楕円に下フレームのない眼鏡がよく似合う。

 パッと見は『勉強している体育会系』だ。体格も悪くない。

 ともすれば図書館という場所には少し不釣合いな印象を受けそうだが、見た目とは反して彼がまわりに与える印象は委員長タイプだ。何事もきっちりしていて、抜け目がなくしっかり者。それでいてキレ者。少し厳しいイメージもありそう。

(わたしはリアルで委員長だったけど、もっといい加減だったなぁ……)

 そんなことを思いながら、彼を観察していた。けっこうジーッと見ているのに気付く気配もない。それほどまでに一冊の本に集中しているんだ。

(って、わたしは何をしてるんだ)

 自分の本を読むのも忘れて、思わず見入っていた自分に気付いて苦笑する。

 そうやって図書館で過ごした後、最近はたまに夜ご飯も一緒に食べるようになった。

 図書館のすぐ横に食堂はある。営業時間は同じ21時までなので20時くらいに向かう。所詮わたしたちは学生の身分。贅沢な夜ご飯を食べるほどのお金もないので、揃って食堂の安い定食なんかで済ませる。それでいて味も悪くないんだから学食として優れたもんだと思う。本に関してはこだわりはあっても、食に関してはたいしてこだわりなんか持ってないらしい。わたしもケンくんも。

 そういうこともあって、本のことだけじゃなく他のことも話すようになった。

 日常生活のこと、本以外の趣味のこと、家族のこと、友人のこと、勉強のこと、高校時代のこと。

 いろんな彼を知るにつれて、わたしはどんどん彼に興味を抱くようになった。

 口数もあまりなく一見無愛想っぽく見えるのは人見知りで照れているだけ。

「昔っから口調が堅いって言われるんですけど、もともと話すのは得意じゃないから直らないんですよ」

 口を少しとがらせて言う。気にはしているみたいだけど、それはそれでケンくんらしくて良いんじゃないかとわたしは思う。

「それがケンくんなんだから、それでいいんじゃないかな」

 実際にそう言ってあげると、いつものように少し照れたように顔を横に向けて、恥ずかしそうにするのだった。

 何だか弟が出来たみたいでとっても楽しかった。



「で、どうなのよ、あっき~?」

「どうって……何がよ」

 よっちゃんがニタニタしながらすり寄ってくる。うん、気持ち悪い。

 ほんとどこのオヤジだよあんたは……

「当然、あの男の子のことに決まってるじゃない! ケンくんだっけ?」

 体を寄せながら、人差し指でぷにぷにとわたしの頬をつつく。

「ケンくんが何よ……」

「最近仲いいみたいじゃない。一緒にご飯食べたりとかさ」

「……なんでよっちゃんが知ってるの?」

「ほとんど人のいなくなった夜の食堂でさ、ふたりで向かい合いながら楽しそうに笑いながら食事して」

「……だからなんで知ってるの?」

「ふっふ~」

 ニタニタ顔をさらに寄せてくるよっちゃん。

「調べはとっくについているのだよ。明子くん!」

 ゴンッ

「いたぁ~い!!!」

 どうしてかしら。わたしも右手の甲が痛いわ。

「で?」

 今度はこっちからよっちゃんへと顔を近づけて。ついでに胸倉つかんでみたりもして。

「な・ん・で・知・っ・て・る・の?」

「ふに~……」

「ま、まぁまぁアキちゃん……よっちゃんもそれくらいにして……」

 とまぁわかってたけど、そんな感じにさくらが止めてくれる。

「実は、たまたま見かけただけなんだけどね」

 そのままよっちゃんに代わり事情説明をするさくら。

「たまたま?」

「うん、いつだったかな。私とよっちゃん、研究室同じだからさ。それでちょっと遅くなったとき食堂の横通ったんだけど、そしたらアキちゃんたちが見えただけ。別に見張ってたりしたわけじゃないから安心していいよ」

「なるほど」

 見られたことにはまったく気付いてなかったけど、本当にやましいことはなさそうだ。

 まぁ普通に考えて、わたしを付けまわしたり見張ったりしても何の得にもならないよね……それでもよっちゃんならやりかねないところが友人として怖いところだけど。

「で、どうなの?」

 話を戻して今度はさくらが聞いてくる。なんか目がちょっとワクワクしてるように見えるのはわたしの気のせいかな……

「もう、さくらまで……」

「脈とかありそう?」

「いや、脈って……別にわたしはそんなの考えてないよ、さくら」

 うん、そうだ。別にわたしはケンくんのことをそんなふうに見てるわけでもないし、思ってるわけでもない。

 ただ純粋に読書仲間として一緒にいるだけなんだから。

「弟が出来たみたいで楽しいかな、って思うけどねぇ」

「はぁ? おと~とぉ~?」

 そんな発言をしたわたしに、復活したよっちゃんがものすんごいジト目の視線を送ってくる。

 わたしは素直な気持ちを語っただけなんだけど。

「ちぇっ、な~んだ。所詮アキはアキか~。つまんないの~」

 何失礼なことを言ってるんだこいつは。たまには反撃してやるか……

「だったらあんたが彼氏つくんなさいよ」

「ぐっ……」

 言葉を詰まらせて、ポリポリと頬をかきながらわたしから視線をそらすよっちゃん。

「よっちゃんって浮いた噂ひとつないよね」

「ぐぐっ……」

「前に彼氏と別れてから何年経つんだっけ?」

「ぐぐぐっ……」

「最近どう? 教授以外の男と会話した?」

「うう……」

「あ、家族とかもなしだよ? ちゃんと年頃の男の子」

「ううう……」

「ま、よっちゃんだから話しかけても逃げられそうだけどさ」

「うわ~ん!!」

 よし、完璧。

「さくらぁ~、アキがひどいよぉ~、いじめるよぉ~」

 不利を悟ってかさくらに泣きつく。

「まぁ、よっちゃんが悪いと思うけどね」

 しかしバッサリ切り捨てるさくら。

 やっぱりそういう君が大好きだよ、さくら……

「でも、ほんとのほんとに、なんとも思ってないの? アキちゃん」

 すっかりいじけたよっちゃんを完全放置して、さくらまでそんなことを言う。

「う~ん。別にどうかしたいとか、そんなふうには何も感じてるつもりはないけどなぁ……」

「そかぁ」

 そんなわたしの答えにも関わらず、さくらは何だか嬉しそうだ。

 なんだろ、わたしなんか変なこと言ったかな?

「なによ、さくらまで……」

「別になんでもないよ、アキちゃん」

 言葉とは裏腹にとても何かありそうに笑う。

「む~、なによさくら~」

「ふふ、なんでもないって」

 口に出しては言わないけれど、何だか彼氏持ちの余裕みたいに見えて、ほんのちょっぴりだけ悔しかったりした。

 さくらは根っからいい子だから、何も変なことは考えてないんだろうけど……なんか自分の見えてないことまで見えてそうで怖い。人のことよく見てるから、とても敏感でそれ故思いやりもとても出来るから、一緒にいてすごく居心地がいいんだけどね。

「はぁ、これだから彼氏持ちはいいねぇ~」

 わたしたちのやり取りを見てか、よっちゃんが入ってくる。わたしがあえて言葉にしなかったことをそっくりそのまま言うよっちゃん。

「べ、別に関係ないよ~」

 そう言われて急に赤くなるさくら。もう何回も同じようなこと言われてるのに、この反応だけは相変わらずでとっても可愛い。

(幸せなんだろうなぁ、さくら)

 さくらの彼氏はとても良い人だし、とてもさくらのことを愛しているのを知ってる。さくらも彼のことを愛しているし、二人を見てるとほんとにお似合いのカップルだと思う。

 わたしもそういう人が欲しくないわけではない。本が恋人! みたいなイメージ持たれがちなことは否定できないけど、わたしだって普通に女の子なんだから。

 だからといって、それをケンくんに結びつけるのは何か違うな、っと感じている。まだ彼とはそういう関係じゃないし、そんな関係にしてしまうのはもったいない気持ちもある。純粋に、ほんと純粋に、彼とは読書仲間でありたいし、そういうことも含めてなんでも話せる人として一緒にいたいだけだ。恋、というには違う気がする。

「ま、アキちゃん、頑張ってねっ」

「はいはい」

 とりあえずさくらの思うところはわからないけど、ちゃんとわたしを考えての発言ってのはわかるから頷くことにしておく。わかるかいよっちゃん、これが人徳ってものだよ。

「ねね、それよりさ、今日は時間あるし、久しぶりにゆう君のお店行かない?」

 さくらがそんな提案をしてきた。

 "ゆう君のお店"というのはさくらの友達がやってる喫茶店のことだ。海辺にあるお店で料理がとてもおいしい。知り合いにしか出してくれない特製珈琲というのがあるらしいが、わたしはまだ頼んだことはない。少し大学から遠いのはネックだけど、わたしたちのお気に入りのお店で、すっかり常連さんになっちゃってたりもする。

「うん、そうだね。最近行ってなかったし行こうか」

 言葉の通り、たまには良いかと思いわたしはOKした。

 それにあそこに行けばあの人にも会える。

「私ももちろんいくよ~。あれかさくら、もしかして彼氏も来るのカナ?」

「え、あ……う、うん」

「かーっ! またこの子たちのラブラブっぷりをあてられちゃうよあっきー!」

「そ、そんなわけじゃ……」

 からかうよっちゃんに照れるさくら。わたしたち三人のいつもの光景。

 笑いあいながらわたしたちはお店へ向かった。

 そしてその日は図書館によることなくわたしは大学を出たのだった。

 思えばケンくんと話したあの日以来、平日に行かないのははじめてかもしれない。

 お互い約束もしたわけじゃないけれど、いつも当たり前のようにあそこにいるから……

(今日はケンくんと会えないのか)

 少しずつ遠ざかっていく図書館に、なんだかちょっぴり心が寂しかった。

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