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図書館の恋  作者: S.AKI
本編
1/7

第一話

はじめまして、S.AKIと申します。短い恋愛物ですが、楽しんでいただければ幸いです。

『そして彼はまたその足で走り始めた』

 最後の一行を読み終える。

「ふぅ」

 わたしはパタリと本を閉じると、眼鏡をはずして少し目をこすった。

 ハッとして腕時計を見る。

(もう19:30……気づいたら3時間も読んでたんだ、わたし)

 自分の熱中ぶりについつい苦笑する。

 本を読み出すと止まらない。

 話の世界に夢中になり、気がつくとその物語を旅しているかのような感覚になる。

 次第に登場人物と自分の意識が重なり、泣き笑い、悲しみ喜び……

 そして最後のクライマックスを経た後、わたしは現実へ引き戻される。

 気付かずに涙を流していたことが何度あっただろう。

 友人には「病気じゃない?」とまで言われたくらいなんだよね。ちょっとひどい物言いだと思うんだけど……

 でもそれがわたし、津田明子なんだから仕方ないと言うしかない。

「そろそろ帰るかな……」

 ここは大学の図書館。

 閉館時間は21時なのでまだ時間に余裕はあるものの、明日も1限から講義があるので大人しく退散しておこうかな。

 今年度に卒業を控える4回生のわたしとしては、講義をサボるのはあまり好ましくない。

 まぁ、サボるときはサボるけど、それは最後の手段にとっておく。

 立ち上がる前に、軽く肩をほぐしながら首をまわして周りを見る。

 さすがに誰もいない……と思うところだが、窓際の1席に人影がある。

(またあの子いるんだなぁ)

 最近よく見かけるようになった男の子。たぶん1回生か2回生。

 いつもあの窓際の席で熱心に本を読んでいる。直感だけど、彼は間違いなくわたしと同類だと思う。話したことはないけどすっかり覚えてしまった。

 ピシッとした姿勢でキッチリとした服装。本好きの大半でそうであるのと同様に、彼も眼鏡をかけており人差し指で眼鏡を上げる仕草がとても絵になり似合いそう……もちろん、見たことはないのでわたしの想像だけど。

 とにかく、すごく真面目そうな印象を与えてくる。

(今度一度、語ってみたいなぁ)

 単純な仲間の欲しさからわたしはそう思ったが、特に面識があるわけでもないし、いきなり話しかけるのも変なので、結局のところ話す機会なんて出来ないんだけどね。

 こんな時間まで残っているほどの物好きとして、まずはどんなジャンルを読んでいるのかから話してみたりなんかも……

 そんなことを考えながらわたしは席を立って、人がほぼ皆無で静かな図書館をあとにした。



「アキ! きっかけなんて作るもんだよ!」

 話のネタにと彼のことを話すと、それはそれはもうとてもとっても嬉しそうに親友のよっちゃんこと三田良子が食いついてきた。まぁこうなるのはわかってたけど、それにしても相当飢えてるんだなぁ……

「いや別に、そこまでして作りたいと思わんし……そういう下心とか全然ないし」

 あ、すごいがっかりした顔。

 そんなにわたしで遊びたいのか、よっちゃん。

「そんなことだから、あっきーにはいつまでたっても彼氏が出来ないんだよ! もっと積極的にならなきゃ!」

「あんたもいないでしょうが。それもわたしよりも長い間」

「うっ、痛いところを……」

「そういうの墓穴を掘るっていうんだよ、よっちゃん」

 やれやれと芝居っぽく首を振る。どうもわたしは本に影響されて、こういう行動を多く取るらしいが……もちろん自覚はない。

「もう。いつまでやってるの。早く行かないと時間なくなっちゃうよ」

 呆れ顔でわたしのもう一人の親友、高倉さくらがよっちゃんの肩を叩く。

「へいへい。いいわねーさくらは彼氏持ちで〜」

「も、もう。関係ないでしょ、それはっ」

「いひひひひ」

 どこの下品なおばさんだよ、よっちゃん。

 あんたが彼氏できない原因ってそこらへんもあるんじゃないか?

「はいはい、時間やばいよ、いくよっ。次、単位取得ランクZの浅田女史なんだから!」

 次の講義はA棟の3階。今いるところからだと、少々急がないといけない。

 ちなみにそのランクというのは、学生有志で作った単位取得ランキングで単位の取りやすさの目安を表している。SSS〜Eまであるんだけど、浅田女史は最低ランクのEをはるかに凌駕して、特別に与えられたランク「Z」を獲得しているおばさん先生の講義なのである。

 どう転んでも遅れるわけにはいかない。

 必修の授業だから落とせないんだよねぇ……予習も全然してないから、当てられないといいなぁ。

「でも、アキ。ほんとに何もしなくていいの?」

「ん? 当たらないことを祈るだけかな」

「……何の話?」

「え?」

アレ? なんかおかしい?

「アキちゃん……よっちゃんはたぶん彼のことを言ってるんだと思うよ……?」

 すっかり頭は講義モードで普通に理解してなかったわたしに、さくらが控えめにつっこむ。

 そういえば、そんな話してたっけ。

「よっちゃんがあまりにもバカすぎてすっかり忘れてたわ、そんなこと」

「なるほどぉ、そだね〜」

「あんたら、何気にひどいよね……」

 まったくおもしろいな、よっちゃんイジメは。

 こういうときは普段大人しいさくらもちゃんと乗ってきてくれるし。

「まぁそういうのを自業自得って言うんだよ」

 隣を見るとさくらも「うんうん」と頷いている。

「ふんっ、いいもんいいもん、どうせ私は孤独だよぉぉ」

 はいはい、何たそがれモードになってるんだか。

「あ、急ごう。時間大変〜」

 さくらが慌てて我に返ったのをきっかけに、わたしもよっちゃんもふざけるのはやめて少し早歩き。A棟って遠いなぁ、もう。

「あ」

 っと、その時話題に出てた例の彼を見つけたわたし。思わず声をあげてしまった。

「どうしたの?」

 しまった、よっちゃんに反応された。

「いや……例の言ってた男の子がいてね」

 と言うなり「どこ!どれ!?」と嬉しそうに食いついてくるよっちゃん。

 ……予想通りだ。

「もう行っちゃったよ。だからお願いだから飛びつかないで」

 苦笑まじりに言うわたし。

 よっちゃんはつまんなさそうに「ちぇ〜」って言う。

 彼の姿はあっという間に人ごみの中に消えていって、もうとっくに見えなくなっていた。

 だけど、わたしの瞳は彼の去ったほうをしばらく見つめていた。

 結局そのせいもあってランクZに2分ほど遅刻してしまったわたしたちは、その日嫌というほど浅田女史にあてられて凹んだのだった。



 その日も彼は図書館にいた。

 いつもの窓際。彼の特等席となりつつあるその場所で黙々と本に集中している。

『アキはもっと積極的にならなきゃ!』

 わたしたち仲良し三人組の中で唯一活発なよっちゃんの言葉。

 活発すぎて度がすぎることも多々あるけれど、その言葉に間違いはないと思う。

(積極的ねぇ……)

 わたしは彼のほうに視線を向けて考える。

 積極的ってことはこちらから声をかけてアプローチするってことだよね。

(うーん……)

 やっぱり無理だ。声なんてかけられない。

 なんて話しかければいい?

 前から気になってました?

 何それ。どこの中学生の告白よ。

 とまぁそんな感じで、よっちゃんに言われたものの、いきなり積極性なんて出せるわけもなく。

 結局その日も気付いたらわたしは本の世界に没頭しており、話すチャンスなんてものはないままだった。

 そんなある日、もう話しかけるとかそういうのも、半ばどうでもよくなってきていたわたしだったのだけれども、そういうふうに考えなくなってきたときにこそイベントってものは起こってしまうものであって。

 それはいつものように図書館でのこと。

 普段はゆっくりと読書を楽しむのだけれど、その日は研究関連の調べ物もあり、わたしは何度となく席と本棚を行き来していた。そうするとだんだんめんどくさくなってきて、歩きながら本を読み始めたりしてしまうのだ。絶対治らない悪い癖だと思っている。治す気はあるのだけど、何度挫折したことか……

そうなると当然前なんか見ていないんだ。

 だから本棚の影から現れた人影になんか気付くわけもなく……

「うわっ」

 結果としてぶつかりそうになってしまった。

「あぅ」

 なんとか相手が回避してくれたので、実際接触はしなかったものの、相手方は持ってた本を何冊か落としてしまった。

「ご、ごめんなさいっ!」

 あわてて落ちた本を拾うわたし。

 その時になってその相手が例の彼だということに気付いた。

「いえ、こちらもちゃんと見てませんでしたので……」

 思ったよりも高い声。

 もっとハスキーボイスだと勝手に想像してただけにかなり意外だった。

「いやいや、悪いのはこっちなんで……」

 と、わたしも頭を下げる。何故か二人でお互いぺこぺこ。

 そんなことをしながら、彼の落とした本に目をやると、その中の一冊に見知った本があった。


 新田いずみ 『ランナー』


 わたしがこの前読んでいた大好きな本だ。

 新田いずみさん。とある雑誌ではじめてその人の小説を見たとき、一瞬で引き込まれた。

 文学的な物言いを基本とする中に、明るさと切なさを秘めており、読む人に強い何かを訴えてくる。

 その中でも『ランナー』はとても前向きなお話で、今一番好きな本を挙げろと言われるとわたしは真っ先にこの本を挙げるだろう。

 そんな本を彼が持っていたことが驚きで……

『キッカケなんて作るもんだよ!』

 不意によっちゃんの声が頭の中に響いた。なるほど、これがキッカケってやつか。

「これ……」

 妙に納得したわたしは、そのキッカケに頼って思い切って話してみることにしたのだ。

「この本、好きなの?」

 いきなりの質問に面食らったような顔をする彼。

 それでもすぐに本を手にとり、少し楽しそうな表情をした。

「はい。昨日から読んでいるのですが、主人公の考え方とかがすごく気持ち良くて……」

 そう語る彼の眼はどうみてもわたしの同類だった。

(どうしようもない本好きだね、これは)

 だからわたしは遠くから見ていたときよりも、もっともっと彼を話をしたくなったんだ。

「わたしもその本読んだばっかりなの。とっても素敵だよね」

 ついつい嬉しくなって声がはずむ。

 このときのわたしの声はきっと興奮気味になっていたと思う。

「ねね」

 最初に話したときよりも幾分も軽くなった声で。

「少しお話しない?」

 そういうわたしに彼は面白いくらいポカーンとしながら「自分でよければ……」と少し照れながら言ったのだった。



「わたしは津田明子。文学部の四回生だよ」

「俺は深森健一です。経済学部の二回生です」

 それからわたしたちは彼がいつも座っている特等席へと移動した。

 図書館だからといっても別に話をしてはいけないわけではない。よほどの大声出したり騒いだりして迷惑にならない限り、喋ること自体には何も制限はないんだ。だからわたしたちはそのまま本に囲まれたこの席でお話をすることにした。

 お互い軽く自己紹介をする。

「わたしのが先輩だね。たぶんそうだろうとは前から思ってたけど〜」

「えっ? 前から?」

 驚いた顔。さっきからあんまり表情のかわらない男の子だとは思ってたけど、驚く表情だけはくっきりと分かって面白い。

「いつも遅くまでここに残ってたじゃない。わたしもそうだから覚えてたの。お話しようって言ったのもそれが原因なんだよ」

 その表情を見る限り、彼の方はまったく気付いてなかったらしい。これはあれか、本への愛情がわたしのほうが低いということだろうか?

 なんてことを考えて勝手にほんの少し悔しくなってみたりなんかして。

「全然気付いてませんでした。すいません先輩」

 と、わざわざ謝ったりもする。やっぱなんかどこか変な子だな。

「いいよいいよ、わたしだってなんとなく見てただけで、特に何かあったわけでもないしね」

 あんまり気にされても困るので、手をぱたぱたさせながら軽く答えた。

「それより、先輩じゃなくてアキって呼んでもらえると嬉しいな。部活もやってなかったし、あんまり先輩って言われるのは慣れてないんだ」

 ただの学年の違いだけで先輩と呼ばれるのはくすぐったい。先輩っていうのはやっぱり、やろうとしているものに対して何か自分より経験のある人のことを呼ぶものだと思う。部活なりサークルなりバイトなり研究なり……それが先達であるならば、わたしはたとえ年下の人でも先輩と呼ぶのに抵抗はない。

 だからこそ、年上ってだけで先輩って呼ばれるのは違和感がある。まぁ、人生において経験が長いって言われるとそれまでだけどさ。

「わかりました。えっと、アキさん。俺のことも健でいいですよ。友達はみんなそう呼びますから」

「おっけ。じゃぁこれからはケンくんと呼ばせてもらうね」

 最初にそんな会話を交わしてから、メインである本の話にうつる。

 どんなジャンルを読むのか。

 どういう話が好きか。

 この作家はどうか。

 お気に入りの作品は何か。

 話しているうちにお互いのことがどんどんわかってきたのだが、びっくりするほどわたしたちは似ていた。ここまでの本好きも珍しいんだけど、その上ここまで好みが合うのは本当に信じられないとしか言い様がない。

「アキさんすごいですね。何でも読んでる感じが……」

「いやいや、ケンくんこそ……わたしとここまで話が出来る時点で相当おかしいよ」

 すっかり話し込んでしまい、そしてその内容の濃さにお互い呆れ半分、嬉しさ半分状態。

「そういえばアキさん、最初に新田いずみさんの本に反応してましたよね」

「あぁ、うん」

 そう言われて、キッカケになった本の話をまだしていないことに気付いた。

「いずみさんの話はほんとに大好きなんだ。本になる前からずっとずっと……」

 わたしは語る。

「いずみさんは自分が体験してきた人生の中で、みんなに伝えたいことを一生懸命文章にしてる。いずみさんの想い、大切なこと、失ったもの、そこからくる感情、涙、喜び、今を生きる素晴らしさ、そういったひとつひとつが全部本当の体験から書かれてることなんだ。だからとっても、心に響いてくるんだよ」

「そうですね。ほんとにジーンとくることが多いです。小説の中の一句一句がひどく印象的で、吸い込まれていく感覚があって、気付いたら引き込まれてます」

「生きていることは素晴らしいから、精一杯今を生きて欲しい……そんなメッセージがこめられた本なんだよね、それは」

 机の上に置かれた一冊の本。

 それを見ながらわたしは、その素晴らしい物語を書いた著者の姿を思い浮かべた。

「詳しいですね。まるで知っているかのような……」

 と、ケンくんが少し羨ましそうに言う。

「あ、うん。実はいずみさんとは友達なんだ、わたし」

 それに対してサラッと言ったわたし。

「え?」

 ケンくんは言葉の意味が最初理解できないような顔をして、その後、羨ましそうだった表情は、本物の羨ましがる目に変貌していた。

「ほんとですか!?」

「しーっ! 声、声っ」

「あ……」

 思わず興奮して立ち上がったケンくんをなだめつつ、わたしは頷いた。

「ちょっとした縁でね……大雑把に説明すると、わたしの友達の友達の彼女さんなんだけど、まずわたしの友達がいずみさんと友達になって、その繋がりでわたしといずみさんも友達になったという、友達の友達繋がりみたいな。わたしがファンなもんで、最初は一方的に押しかけてたんだけどねー」

 あはは、と笑いながら答える。実際今はあの人とよく一緒に会うし、遊んだりもする。いずみさんは2つ上のお姉さんだけど、わたしをわたしとして扱ってくれるし、作者とファンという関係以上にすっかり仲良し友達になっていた。

「何なら、今度会いに行く?」

「いいんですか?」

 すごくワクワクした表情を見せるケンくん。

 ほんと面白い子だなぁ。

「うん、あの人なら大丈夫だよ。今度行こうね」

「はい!」

 そんなふうにして、わたしたちは延々と話し続けた。

 いつまでたっても尽きない話題。こんなことは本当に初めてで楽しかった。

 だから気付いたら閉館時間の21時になっていて正直びっくりしてしまった。

 図書館に来たのに今日は一冊も本を読んでいない。

 彼との話だけで一日が終わってしまったんだ。

 こんなに誰かと話し込んだのも初めてだったし、こんなに楽しかったのも初めてだ。

「今日はすごく楽しかった。ありがと」

「こちらこそ、すごく楽しかったです。またお願いします」

 わたしも彼も笑顔だ。

 そして図書館を出て校門まで一緒に歩く。そこからは逆方向らしいのでここでサヨナラ。

「それじゃ、またね」

「はい、アキさんも気をつけて帰ってくださいね」

 手を振ってバイバイする。

 また明日もあの場所で会おう。

 そう心に決めて、わたしは彼に背を向けて帰路へとついたのだった。



 そうやって図書館という大好きな場所で、わたしと彼は出会ったのだった。

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