8 共振
「ああ……分かった、気を付けて」
携帯電話に向かって勇気は言う。
明弥は首を傾げて彼を見た。
「どうしたの?」
彼は電話を切ると少し考えるように腕組みをしながら言う。
「伊東さんたち、南条斎に会いに行くそうだ。状況が変わったと言っていたから何か気付いた事があるんだろう。俺たちは引き続き南条鈴華をさがせということらしい」
「何かって?」
「分からない」
「だよね」
明弥は肩を竦める。
伊東刑事は誰かを捜している時に放棄するようには見えなかったし、太一は鈴華のことを心配しているのだから簡単な理由で違うことをしだすとは考えにくい。おそらく、何か切羽詰まった事情があったのだ。
勇気に話していないとすると説明している余裕がなかったのか、あるいは明弥に知られたくない事情があるかどちらかだろう。
どっちにしても、鈴華を捜すのが先決だろうと思う。
「!」
突然、激しい頭痛が明弥を襲った。
「明弥?」
訝ったような勇気の声に反応が出来ない。
あの時と同じだ。
学校で爆発事故のあったあの日、不意に襲った引っ張られるような感覚。あのときと同じ感覚がもっと鮮明に斬りつけるような衝撃と供に現れる。
明弥は頭を抱えて蹲る。
「明弥!」
感じる激しい感情。
押し寄せるような不安と自己嫌悪の入り交じった思い。
「あ……うぁ?」
自分のものではない、それなのに鮮明に感じる誰かの感覚。
その感情が強すぎて心臓が止まってしまいそうだった。
声を上げないように口元を押さえると、代わりに涙が溢れた。
耐えられない。
こんな強い感情は耐えられない。
押さえても押さえても溢れ出てくる激情。飲み込もうと口を塞いでも喉が焼けただれたように溢れ出てくる。
それを何とか飲み込もうと必死で口を押さえる。
誰の感情?
自分の?
誰かの?
自分が誰なのかも分からない。輪郭が保てず、形が崩れてしまいそうな恐怖が襲ってきた。
「俺の声を聞け」
命令するような鋭い声。
誰だ。
誰の声?
「明弥」
誰が誰を呼んでいる?
薄闇の向こうから光を孕んだ手の平が伸ばされるように、澄んだ声が聞こえてくる。
この声は誰だっただろうか。
誰を呼んでいる?
「聞こえるか、明弥」
ああ、そうか、勇気だ。
思い出す。
とたんに明弥は自分の形を思い出した。激情ではなく、自分の感情を思い出す。溢れ出ていた涙と嗚咽が止まり、荒くなった呼吸だけが残る。
「勇……気」
明弥は勇気の方に枝垂れかかるように勇気の肩に頭を置いた。
まるで心臓が耳元に付いているかのようだ。
脈打つ音を聞きながら明弥は息を吐く。
「……トモちゃんだ」
「川上?」
「トモちゃんが呼んでる。多分、鈴華ちゃんも一緒にいる」
「お前‘見た’のか?」
違う、と首を振る。
「感じたんだ。僕に……助けを求めている」
「場所は?」
多分向こう、と明弥は指を差す。
何故か分からない。
いるのが分かる。自分に助けを求めるように声にならない声で叫んでいる。他ならぬトモミのことだからリアルに感じる。
「おそらくシンクロしたんだ」
「シン……クロ?」
頭がぼんやりとする。
はしゃぎ疲れた時の感じによく似ている。
「双子には良くあることだ。時々あっただろう。遠くにいるのに同じような事を考えていたとか、同じような場所を怪我したりとか」
「うん」
「そういうものだ。今回のは川上の方から一方的に送ってきた。あまり慣れていないから苦しかっただけだろう」
そういうものなのか、と妙に納得した。
確かに今までも繋がっているような感覚を抱いたことがある。遠くにいるのに何故か何を考えているのか分かったり、同じようなことをしていたことは良くあった。
だが、こんなに強く感じるのは初めてだろう。
強すぎて吐きそうになったくらいだ。
気を落ち着かせようとしているのだろうか。勇気の声音は優しかった。
「それと、今、一時的にインパクトの兆候があった。暴発はしていないが、自覚はあるのか?」
「……」
多分、ある。
何か強い感情がせり上がってくるような感覚。
今までインパクトの力を使った時、明弥はその感覚を経験している。あの感情がインパクトの兆候なら、今確かに明弥はインパクトを暴走させかけていた。
飲み込み下した感情。
吐き出していれば何かが起こっていたのだろうか。
「大丈夫だ、何とかしてやるなんて甘やかすことは言えない。その感覚、覚えておけよ」
「……うん」
「急いで川上を捜そう。おそらく状況は良くない。……嫌な予感がするんだ」
明弥にはその言葉が覚悟を決めろと言っているように聞こえた。
甘やかすことは言えないと言ったが、彼の言葉は優しい。
生半可な言葉をかけるよりもちゃんと覚悟を決めさせたほうがいいと判断したのだろう。
明弥は強く頷いた。
嫌な予感は自分も感じている。
明弥はそれが現実になってしまわないことを強く祈った。