7 迫り来る危機
「すげぇ……タケさんより強いんじゃねぇ?」
少年達の呟きを聞いて有信は顔を向ける。
聞き間違いでなければ「古武」と聞こえた。
一人を押さえ込んだまま有信は静かな口調で問う。
「お前達、誰に命令された?」
名前を出さなかったのは警戒されるのが面倒だったからだ。敢えて嘘をつくかもしれないとも思った。
有信の身体の下で少年が呻く。
「頼まれたんだよ! いてて……放してくれよ。俺ら、古武さんに頼まれたんだ」
「何を?」
「あんたをケーサツに捕まらないように護ってくれって。素直じゃないから、多少強引にでもいいからって……」
その言い方は古武らしい言葉だった。
だが、わざわざこんな子供達を使う理由が分からない。
有信は押さえ込んでいた手を緩め、代わりに外した間接をはめ直してやる。
うっ、と呻いた少年は自分の肩を治された事に気が付き不思議そうに肩を回した。
「スゲー、俺間接はめてもらったの、子供の時以来だ」
「古武は今どこにいる?」
「知らね。何かやたら焦ってたみたいだけど……」
そう言う彼の顔に先刻のような薬で狂っているような風は見られない。髪は不自然な色に染められ、顔の変な位置にピアスを開けるなど、見かけは派手だが普通の高校生という風情だ。
その面差しにどこかで会ったような気がしたが、全く思い出せなかった。
少年の態度の変化が少し訝しく思えたが、有信は少年の言い分を信じた。
「古武に命令されて従っただけだな?」
「だから、命令されたんじゃなくて、頼まれたんだって。……あーあ、これじゃ車もらえないかなー」
少し残念そうに言う。
「車?」
「ああ、おじさんを保護する代わりに……」
「高橋さん!」
はぁ、はぁと息を切らして走ってきたのは祐里子だった。
有信は驚いて目を開く。
彼女がこの場所を分かったことに驚いたのではない。彼女が自称するような占い師であった場合、方位を占えばおおよその場所くらいは見当付けられるだろう。騒ぎ声が聞こえ駆けつけてきたのならそれほど驚く事ではなかった。
彼が驚いたのは彼女が付いてきたことだった。いくら自分の父親と接点のありそうな相手だからと言って付いてくる理由がない。
占いの才があるというのならもう一度父親がいる可能性のある方位を占った方が早いだろう。
祐里子は途中で一度立ち止まり、息を整えてから再び有信の方に近付いてくる。
走り疲れて表情が歪んだというよりは、焦っているという印象の方が強かった。有信が病院から逃げた後、何かあったのだろうか。
間に割って入るように少年が祐里子を捕まえようと手を伸ばす。
「何? おじさんのカノジョ?」
「黙れ」
「へぇ、カワイー子じゃん」
「……黙れ」
有信の目の奥が光る。
しげしげと祐里子を眺める少年の目の前に炎が上がる。
それに驚き少年が悲鳴を上げた。
「うわっ! ……な、何なんだよ、それっ!」
「うるさい。話が出来ないだろう。……何かあったのか?」
「高橋さん……お願い、お父さんを助けて」
「何?」
祐里子は消え入りそうな声で言いながら顔を両手で覆った。
「流れが変わったの。私はもう……お父さんに逢えないっ!」
有信は瞬く。
祐里子の父親はおそらく古武なのだろうと思っている。古武自身が認知しているかはともかく、彼女があの場所を尋ねた事、そして彼女に備わった能力のことを考えると、彼女は「Ain」に関わりのある娘だ。
そうであると仮定すると、彼女は遺伝学的に古武の娘であるのだろうと考えていた。それは彼女はウィッチクラフトであると発覚したあの瞬間、ほぼ確信した。
彼女は父親に逢えないと言った。
父親を助けて欲しいと言った。
それは古武の身に危険が迫っていると言うことにならないだろうか。
それも、命に関わる。
「あなたと一緒にいればお父さんに逢えるはずだった。でも、流れが変わってしまったから……だからっ」
「その流れは、変えられるのか?」
「分からない……分からない。焦って上手く見えないの。ただ、危険が迫っていることしか……分からない。私一人じゃ止められない……!」
酷く混乱をしている様子だった。
祐里子は冷静で感情的にはならない風に見えた。見えすぎるために冷静にならざるを得なかったのだろう。
その彼女がこれほど混乱をしている。
事の重大さを思い知った。
それが逆に彼の脳を冷静にさせた。
「落ち着いてくれ、祐里子。その危険がある方角だけでも分かるか?」
「乾の……方向」
北西。
有信は太陽の位置と時間を確認しておおよその方向を見る。
「……っ!」
ぞっとした。
その方向の危険。
心当たりがあった。
ここから北西へ進むとあるもの。
それは南条斎の研究所。
因縁がある。
有信自信も、古武も。
胃の賦の中に炎の感覚が蘇る。
過去の過ちと、古武玲香に関わった者に対する憎悪。
「分かった。助けに向かう」
古武は何かをしようとしている。
有信が警察と関わったために古武は予定を変更したのだ。少年達に有信を護れと言ったのも、計画を知らず足を引っ張りかねない有信を足止めする為なのだろう。
何を考えているか知らない。
だが、危険である可能性は高い。
「おじさん、どっか行くの?」
「邪魔はするなよ」
「しないよ。俺らまとめたっておじさんの方が強いから」
少年はにっと笑いを浮かべる。
「俺さー、強い人好きなんだー。だから遊んでくれたお礼に送る。……急ぐんだろう? 俺この辺の人間じゃねーけど、土地勘あるからどこでも知ってるよ?」
遊んでくれた、という表現にやや驚く。
きょうび高校生というのはこんなものなのだろうか。まるで身体だけ大きくて中身は善悪の分からない子供のようだった。
「お前……」
「え? 俺?」
少年は自分の名前を問われたと勘違いをしたらしい。
にっと明るい表情を浮かべる。
明るいのにどこか刹那的な印象のある顔だった。
「俺、井辻正伸って名前らしいよ」