5 輪廻を巡る者
「反対しませんでしたね」
伊東は先を歩く太一の背中に向かって言う。
四人で行動しても非効率だと言うことが分かっていたために二組に分けた。その提案をしたのは伊東であり、太一と一緒に行動するといった時、嫌がる素振りを見せられると覚悟していたがそれすらもなかった。
それが伊東にとっては少し意外なことだった。
「まぁ、妥当な分け方だと思う」
「妥当ですか?」
「あんた等としては、俺と明弥が二人で行動するのを避けたい。かといって俺とユーキが一緒に行動すれば戦力が偏りすぎる。必然的にこういう分け方になるだろう。それに」
彼は振り返って伊東を見る。
伊東は立ち止まり太一を見上げる。
戦力と言ったのは万が一に久住有信に会った時のことを言っているのだろうか。それとも捜索方法の事を言っているのだろうか。太一には鼻があり、伊東には経験がある。勇気には鋭い勘があるが、明弥には無いことを考えると前者の意味なのだろう。
太一は伊東を見下ろし溜息をつくように言った。
「インパクトの波とやらを見れるのはユーキだけだろ」
「……回転が速いですね」
「バカにしてんのか」
ふん、と太一は鼻を鳴らし先へと進む。
剣呑な態度にも見えるが、伊東のことを警戒したり極端に嫌っている訳でもなさそうだった。
伊東は小さく肩を竦めその後を追った。
病院から少し離れた位置にある繁華街は人通りも車通りも多い。伊東でも分かるほどの排気や飲食店の匂いが垂れ込める中、果たして太一の鼻はどれだけ宛になるのだろう。
「この人混みの中で探せるんですか?」
「鈴華なら探せるよ。まぁ、この辺りにいればの話だが」
「随分自信があるんですね」
太一は頷く。
「元々俺が鼻が利くのもあるが、鈴華は特殊な薬を服用している。目立つ匂いは捜しやすいんだ」
「なるほど」
感心して頷くと太一はちらりと伊東を見やった。
「……あんた、どう思う?」
不意に尋ねられ伊東は首を傾げる。
唐突過ぎて何を聞かれたのかが分からなかった。
「何をですか?」
「古武玲香のことは随分と調べているんだろう? 研究の事や……多分俺の知らない事までも調べているだろ」
「ああ、はい。そうですね」
「第三者の目から見て、やっぱり古武玲香のやろうとしてきたことを引き継いでいるのはイッキだと思うか?」
面を喰らった気分だった。
まさかこんなにも直接的に聞いてくるとは思っていなかったのだ。
何かまたこちらを混乱させる目的があるのだろうかと彼を見つめると、そうで無いことが分かった。赤髪の大男の瞳は無垢だった。誰かをたばかったりする目的ではなく純粋に答えが聞きたいだけという目をしていたのだ。
伊東は首を振った。
「警察としては答えかねます」
「伊東サン個人としては?」
「そう思いますね。誰かが意思を引き継いでいるとしたらそうでしょう」
もしもあの研究を引き継いでいる人間がいるとしたら、南条斎が一番可能性として高いだろう。確実な証拠があるわけではない。あくまで第三者の目から見た状況から推理して、と言うことだ。
太一は頷いて一拍取ってから言う。
「だが、あいつは研究を封印したいと言ったんだ」
「口では何とでも言えますよ」
挑発するつもりは無かったが、どこか挑発的な言い回しになってしまったが。慌てて弁解しようとしたが、意外にも男はうんとあっさりと頷いて見せたのだ。
その表情には少しも険しいものが混じっていない。
「確かにそうだ。あいつは嘘は嫌いだがだからといって嘘を付かない訳じゃない」
「意外ですね。もっと信頼関係にあると思ってました」
少なくとも南条斎は事情聴取の際、太一に対して信頼を置いている様子を見せた。自分の言葉ではないが口では何とでも言える。けれど、彼が警察に語ったこと全てが嘘であるとは思えなかった。
太一もまた斎に対して信頼した素振りを見せた。獣化した後運び込まれた病院で彼は斎に迷惑が掛からないかと言うことを酷く心配していた。
そんな彼らに信頼関係がないとは思えない。
だが、太一は明らかに不信感を懐いている。
「正直俺にはどっちなのか分からねぇ。ただ、事実としてウィッチクラフトを持っている奴が増えてきている。それから、鈴華なんだが……」
彼は少し口ごもった。
慎重に言葉を選んでいるという風だった。
「最近明らかに情緒がおかしい時がある」
「彼が何かをしたと?」
「可能性はない訳じゃない。あいつは鈴華を大切にしている。だがそこに憎しみがあるか否かは分からない」
伊東は眉をひそめた。
「憎しみ?」
「あいつは……鈴華は、古武玲香の子供だ」
「え?」
「イッキは古武玲香に好意を持っていた。忘れ形見とは言え、自分との繋がりもなく、増して母親の命を犠牲にして生まれた子供だ。潔癖な所のあるイッキが……」
「ちょっと待って下さい」
伊東は慌てて太一の言葉を遮る。
何かおかしい。
それが何か、すぐに分かった。
「母親の命を犠牲に、とはどういう意味ですか?」
「ん? 古武玲香が死んですぐに鈴華が生まれたと言うことだよ」
「おかしいです。それでは計算が合わない」
「計算?」
「貴方の妹は今年12歳ですよね?」
「ああ、そうだが」
「古武玲香が亡くなったのは10年前のはずです」
「は?」
少なくとも死亡届は10年前の日付だった。
唯一残されていた古武玲香に関する資料。十年前の死亡届が正しいとすれば太一は嘘を言っている。太一が言うことが正しいならば死亡届の日付が間違っているのだ。故意にか、それとも単純なミスか。古武玲香の戸籍や様々な資料が抹消去れていたことを考えると、何者かが作為的に行ったとしか思えなかった。
わざと資料を一枚だけ残した可能性も考えられる。
そうなると、古武玲香の死亡を12年前ではなく10年前にしたかった理由があるはずだ。
南条鈴華の誕生と古武玲香の死を結びつけたくない理由が。
「……そうか」
伊東の話を聞いて考え込んでいた太一が、不意にはっとしたように顔を上げた。
「輪廻だ」
「生まれ変わり、と言う意味ですか?」
「そうだよ。今の鈴華は古武玲香によく似ている。超常現象の研究者達の中では輪廻という概念は常識的な事だ」
「つまりは輪廻の可能性を気付かれたくなかったと言うことですか? 一体誰……」
言ってから気が付く。
古武玲香の死亡届を見つけられるのは役場の資料庫に出入りしていても不審に思われない警察関係者だ。
つまり、南条斎を訝って調べていくうちに古武玲香に辿り着いた自分たちに、古武玲香が生まれ変わり南条鈴華となって今生きているという可能性を知られたくなかったのだ。少なくとも没年が十年前の日付ならそんなことは疑いもしないのだ。
かちり、と何かが音を立ててはまった。
伊東の中で事件が結論に達した。
直感でしかない。
でもそれしか考えられない。
「予定変更です!」
伊東は叫ぶ。
「南条斎に会いましょう。手遅れになる前に」