3 歩道橋の上で
用が出来たから一緒に行けない。
明弥にこんな風に嘘を付いたのは一体何度目だろうか。明弥も自分の言った言葉が嘘だと分かっているはずだ。
話を聞くのが怖かったのもある。
本当のことを知りたい半分、怖いのが半分。それでも明弥と一緒ならば傷ついても立ち直れる気がしていた。
だから南条斎の所に行けなかったのはそれが理由ではない。
南条斎が問題というわけではないのだ。今日は誰かと話が出来る気分ではなかったから誘いを断ったのだ。
今、こんな気持ちの状態で真実を聞かされたら多分心が折れてしまう。
トモミは歩道橋の柵にもたれて流れる道路を見ながら息を吐いた。
携帯電話を開くと太陽の光が反射して薄暗い画面しか映らない。自分の身体で影を作るようにしながらトモミはメールボックスを開く。
クラスメートの女子から届いたメール。
そこには『穂高先生が事故にあった』という文面があった。
「どうしよう……」
トモミは息を吐く。
「私の、せいだ」
担任の穂高とトモミは相性が悪い。
昔から女性教師と相性が悪いトモミだったが、それでも今まで大きなトラブルがなく過ごしてきた。
だが穂高との相性は最悪だった。
性格的に合わないのもあっただろう。ひょっとしたら穂高が昔嫌いだった誰かにトモミが似ているのかも知れない。妙に目の敵にされ雑用を押しつけられたり、嫌味を言われたりした。
それも友達が助けてくれたり、支えてくれて何とかなったのだ。
だが、あの日、学校で実験中に爆発事故があったあの時、彼女はトモミに対して言ったのだ。
双子のどちらもろくなものではないと。
トモミは運動が得意だが、勉強はあまり得意ではない。英語だけは何とか上位に食い込む成績だが、理数系は激しく苦手だった。だから自分の事を言われても仕方ないと思っていた。
だが、明弥の事を言われて血が上った。
明弥の成績はずば抜けていいわけではないが、普通に進学を勧められるほどに頭は良い。運動は苦手な方だったがそんなに悪い感じもない。その明弥を貶すのだから入学早々警察沙汰になったあの事件と、安藤達の襲撃に絡んだと噂されていた勇気と一緒にいたからだというのがすぐに分かった。
そのどちらも明弥が原因ではない。
きっかけは明弥の能力のせいだったとしても、巻き込まれたのは明弥の落ち度ではないし、事情を知らない誰かが責めていいことではない。
それなのに言われて腹が立った。
無意識に、強い憎しみの感情を穂高に向けた。
そして爆発事故が起こったのだ。
幸いその時は怪我人は無かった。
だが、あの時から穂高の歯車は狂ったのだろう。怪我をしたり、不慮の事故に巻き込まれそうになったりを繰り返すようになった。
挙げ句昨日の夜事故を起こした。
「本気で……消えて欲しいなんて……思ってないのに」
友人はおそらく話題程度にメールを送ってきたのだろう。
だがトモミには恐怖だった。
自分が強い運気を持っているのを知っている。
福引きで少し欲しいと思ったものが当たったり、テストでヤマを賭けたところが出たり、小さいこと、大きいこと、色々あった。それは他人よりも少し運が良いと思う程度の事だったが願ったことは叶うことが多いことを自覚していた。
それが、良いことでも、悪いことでも。
偶然かもしれない。
今まではそれでだませた。
けれど、明弥にインパクトという能力があると知った今では、完全に否定することが出来ない。
穂高が事故に遭ったのは自分のせいなのだ。
「駄目です!」
「!?」
不意にトモミの衣服が後ろに引っ張られた。
強い力で引かれ、トモミの身体が柵から引き離される。
「自殺なんて、駄目です!」
「え? 自殺?」
トモミは驚いて自分を引っ張った相手を見つめる。
「え? あっ……」
裾を掴んでいた少女は一瞬戸惑い、すぐに口元を押さえて真っ赤になった。
「ご、ごめんなさい! 私、何か勘違いしたみたいで……」
少女は恥ずかしそうに顔を覆う。
どうやら歩道橋の上で考え事をしていたせいで自殺をしようとしていると勘違いをされたらしい。
トモミも赤面した。
「あ……私、そんな思い詰めた顔していた?」
「すみません」
「ううん、こっちこそ心配かけちゃったみたいでごめん。ええっと……鈴華ちゃんだよね?」
「あ、はい」
少女はにこりと笑った。
顔を会わせたのはほんの一瞬だった。でも印象的だったために良く覚えている。小柄でまだ小学校中学年くらいの年齢に見えるが、その落ち着いた外見やしゃべり方は大人びている。
一目見たら忘れられないタイプの女の子だ。
「買い物?」
「ええっと……そんなところです」
彼女は歯切れの悪い口調で頷く。
「あの……顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「うーん、悪いかなぁ」
「何かあったんですか?」
「ああ、友達とちょっとケンカ」
トモミは笑う。
無論嘘だ。
こんなところで鈴華に本当のことを話しても困らせるだけだろう。
「今ね、メールで謝ったところ。だから返信待ち」
「そうなんですか」
彼女はほっとしたように息を吐く。
ずきん、とした。
嘘つき。
明弥に嘘を付き、自分のことを心配してくれたこんな優しい子にまで嘘を付く。
彼女の為なんて嘘だ。
本当のことを話して罵られるのが怖いだけだ。
「トモミさん」
「うん?」
「あの、少しお暇ですか?」
「え?」
彼女は笑う。
「良かったら無駄話に付き合ってくれませんか?」