1 行方知れずの少女
「……騒がしいな」
鈴華の見舞いのために病院の前まで来ると人の数が不自然に多いことに気が付いた。
入り口付近に僅か人だかりが出来、制服の警察官の姿がちらほらと見えた。
事件があったのだろうか。
近付くと水浸しになった院内を掃除するスタッフの姿が見えた。
太一は少し不快そうに鼻を押さえた。
「何があったんだ?」
「さぁ……ボヤとかかなぁ」
「それにしては焼け焦げた匂いが少ないな。……少し血の匂いもするし」
「え?」
最後の下りが聞き取りにくく問い返すと彼は手を振って答える。
「ああ、何でもない」
様子はおかしいが入り口が閉鎖されているわけではなかった。
人混みをかき分けて院内に入る。
明弥には少し入りにくい雰囲気だったが、全く気にする様子を見せない太一と堂々としている勇気の後に付き様子を窺いながら入った。
「勇気?」
不意に、声をかけられ明弥は顔を上げる。
小柄な女刑事、勇気の母親の姿がそこにあった。
彼女は少し驚いたような表情で勇気を見、そして振り返ってソファに座る男を見た。看護士に包帯を巻き付けられている男は明弥も何度か世話になった伊東刑事だった。
身体のあちこちに湿布や包帯を付けられた彼は事故に巻き込まれたという風情だった。何かここで事故でもあったのだろうかと疑ったが、彼以外に怪我人の姿はなかった。
あるいはどこか別の場所で治療をうけているのかもしれないが。
「俺は呼んでいませんよ」
「別に伊東さんに呼ばれて来た訳じゃない。この病院に用があったんだ。……何かあった?」
勇気が尋ねると岩崎刑事は肩を竦める。
答えたのは伊東刑事の方だった。
「職務質問中に相手に逃げられ捕まえようとしたところ格闘になったんですよ。それでこんな有様です。勇気くんはどうしてここへ?」
「南条鈴華を見舞いに」
「ここに入院しているんですか?」
ちらり、と伊東の目が太一を見る。
腕組みをした太一が答える。
「そんなのはもう調べ済みじゃないのか?」
「俺は火傷の治療でここに来ていただけです」
「へぇ、そうか」
気のない返事を返しながら太一はしげしげと伊東を舐めるように見回した。
伊東は眉を顰め問う。
「どうかしましたか?」
「……まぁ、贅沢は言えねぇよな」
「え?」
太一は伊東に近付き、突然後ろから彼の衣服を掴みその匂いを嗅ぐ。
突然の事に驚いた伊東は一瞬対処が遅れた。
だがすぐに立ち直り、太一の手を払いのけた。
「何をするんですか!」
「ああ、やっぱりそうだ」
「やっぱり?」
「お前の取り逃がした奴って久住有信のことだな?」
顔色が明らかに変わった。
彼は看護士に治療はもう良いと伝える。看護士は訝った風を見せながらも道具を片付け奥の方へと戻っていった。
太一が続ける。
「匂いで分かるよ。服に付いた煙草の匂いはなかなか取れないからな。……奴に会ったんだろう?」
伊東は少し困ったように笑う。
「あなたは何故あの煙草を俺に渡したんですか?」
「質問に質問で返すなよ。……あれはあんたらに久住有信を見つけてもらうためだ。あんたら警察はこいつとイッキの関係、調べがついているんだろう?」
「……」
「明弥に気をつかっているなら間違いだ。こいつは自分の状況把握しているし、あんたらが思ってるほど弱くもない」
同意を求められるように太一の視線が明弥の方を向いた。
明弥は彼の言葉を肯定するように頷いて見せる。
「久住有信に会ったんだろう? この病院に来ていたのか?」
伊東はちらりと上司の方を見る。
彼女ははっきり頷いて見せる。全て話して良いという意味だ。
伊東が一つ息を吐いた。
「ええ、そうです」
「あいつは鈴華がここにいると知っていて来たのか?」
「わかりません。ただ連れが検診を受けていると言っていました」
「連れ?」
「騒ぎが起こる前に女性と一緒にいるのは目撃されていますが、まだ名前まではわかっていません。今調べています」
勇気が頷く。
「調べればわかることだな。……伊東さんは久住有信と気付いて職務質問を?」
「こちらの身分を明かす前に隙をついて逃げられました。おそらく気付いていたんでしょう。二人がかりでも押さえ切れませんでした」
伊東は包帯の巻かれた腕をさする。
痛々しい傷はいくつもあるが、数日で治りそうな怪我ばかりだった。だが腕の傷だけは大きい。
骨が折れているとかでは無さそうだったが、包帯で保護しているところを見ると軽い打撲という怪我ではないだろう。
明弥はおずおずと尋ねる。
「あの、その傷は」
「ああ、これは違います。この治療の為に来ていたんです」
「そう……ですか」
岩崎刑事が明弥に向かって言う。
「伊東君は強いはずなのだけど、それでも久住有信の方が強かったそうよ。……あなた、父親に関して心当たりは?」
「いえ……」
彼女の視線が太一に向く。
太一は首を振った。
「俺も久住有信に関して詳しい訳じゃない。ただ、あの足音は訓練された足音だったよ」
そうですね、と伊東が引き継ぐ。
「確かにそういう印象でした。警察と言うよりは自衛隊の類の……いいえ軍隊に近かったと思います。……仮定ですが、彼が行方をくらませた後は日本では無く別の国で軍かそれに近い特殊部隊に所属していたのではないかと思います。彼がウィッチクラフトならばその能力を高く評価するところもありますから」
「そうね。日本よりも欧米の方が特殊能力に対して寛容であり、研究も進んでいる。元々そう言う研究に携わっていたからそのくらいのツテはありそうね」
そして最近になって戻ってきた。
明弥が目を閉じかけた時、ばたばたと一人の看護士が何かを捜しているような素振りで走ってくるのが見えた。
彼女には見覚えがあった。
確か名前は木村というはずだ。
彼女と一瞬目が合うが、看護士の視線はすぐに太一の方に注がれる。
「あ……太一さん」
「ああ、あんたか。随分と焦っているがどうかしたのか?」
今にも倒れてしまいそうなほどに青白い顔をしていた。
彼女は肩で息をしながら太一に言う。
「あの……鈴華ちゃん見ませんでした?」