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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第一章 影響 Impact
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8 疑問

 呆然と、彼は立ちつくした。

 兄が犬に襲われて挙げ句見知らぬ車に連れ去られた。どうすればいいのか解らず政志は車の去った方向を見つめていた。

「君は先刻の少年の知り合いですか」

 男に話しかけられ、政志は頷く。

 明弥が獣に襲われている中、助けてくれた男だ。彼は事態の収拾しようとカフェの人間などに指示を出していた。どこかに電話を掛けている様子だったが、格好や口ぶりから察するに、刑事なのだろうと政志は思った。

 案の定、男は警察手帳を示した。刑事ドラマで見るような手帳と少し違った。彼は中津龍二と名乗る。手帳にも彼の写真と名乗った通りの名前があった。

 少し警戒心を減らして政志は答える。

「……弟です」

「名前は?」

「久住政志。兄の名前は明弥です」

 彼は満足そうに頷いて次々と色んな質問をした、問われるままに政志は答えていく。その都度確認を取りながら男は手帳に書き込んでいった。

 本物の刑事もこうして手帳とかに書き込むんだな、とぼんやりと眺める。

 不意に、涙がこぼれた。

「……っ」

 手の甲で涙を拭った。

 今は、泣いている場合でもないのに。明弥の為にも今は刑事の質問に答えてすぐに探せるようにしてもらわなきゃいけないのに。

 そう思う程に涙が溢れる。

 押しつぶされそうなほど不安だった。

 兄が側にいないことがこんなにも不安だとは思っていなかった。

「ちょっと、中津くん! 男の子泣かせてどうするのよっ! 重要参考人だからって尋問していいって思っちゃだめよ!」

 声を聞いて政志は顔を上げる。

 近付いて来たのは綺麗な人だった。綺麗だけれど、女性の服装をしているけれど政志にはそれが男にしか見えなかった。声もやや野太いものが混じっている。

 中津は軽く顔をしかめた。

「仕事をする時はきちんとした格好を……」

「非番中に呼び出されたよ。文句言うなら所長に言って頂戴。……大丈夫? あのおじさん怖いからね、驚いたでしょう?」

 綺麗な男の人は政志の前に膝を付いて微笑む。

 香水だろうか。男の人にはない優しい匂いがした。

「政志くん、ね? これ、大切なものなんじゃないの?」

 オカマは政志の前に袋を差し出した。

 映画の、パンフレットが入っている袋だ。

 明弥より大切なものではないが、大切なものだ。大事そうに持ってきてくれたのをみて何故か不安が少し和らいだ。

 まるで、今一瞬明弥が戻ってきたかのようだった。警察は当てにならないと大人はよく話をしていたけれど、この人なら信用出来る気がした。

 政志は彼に抱きついた。

「あらあら、可愛いわね。……大丈夫、お兄さんは私たちが責任持って見つけるからね。心配しなくて良いわ」

「……うん」



  ※  ※  ※  ※


 車の上部が何か硬いモノで殴られているかのようにガンガンと音が鳴り響いた。道行く車がどんどんと脇に避けていくのが見えた。

 あの獣が今屋根の上に乗っているのだ。

 明弥は頭を軽く押さえ、音と衝撃に耐えた。

 男は少し身を乗り出し、運転席に座る男に指示をする。

「坂上、ここではいけません。振り落として下さい」

「承知しました。揺れますのでご注意を」

 運転士は頷きアクセルを踏む。

 同時に車が左右に大きく振れた。

 車の通りの多い場所だというのに、車は構わず加速する。反対車線に乗り出し、車の往来を妨げながら車通りの少ない山の方へと走っていく。どこからかサイレンの音が聞こえる。

 一瞬、笑顔の男が少し顔をしかめたのが解った。

 がん、と激しい音がして車の天井から手が生えた。

「うわっ……!!」

「……」

 明弥は悲鳴を上げたが、男は動揺した様子を見せずに懐に手を入れる。

 引き出されたものは拳銃だった。否、拳銃と言うよりも形はタンクの付いた小型の水鉄砲というところか。モデルガンの銃身にガラスタンクを取り付けたような造りをしている。ガラスタンクの中には赤いインクのような液体が入っている。

 血のようだ、と明弥は思う。

 彼はそれを獣の手に密着させて引き金を引く。

 しゅっ、と空気を切るような音。

 赤いインクが一気に無くなった。

 獣がうめき声を上げた。

「な…に……?」

 明弥が声を上げると、彼は片手でタンクを捻る。

「一撃では無理ですか。やはり丈夫ですね。坂上」

 彼は何かを催促するように運転席の方に手を出す。

 坂上と呼ばれた男が運転をしながら助手席にあるアタッシュケースかを開くと、新しいガラスタンクを取り出し、彼に渡した。

「あの、何を……」

 男は答えずに窓を開いた。

 開いた瞬間息が出来ない様な突風が車内になだれ込んでくる。

 彼は身を乗り出し窓枠に腰を下ろした。

 先刻のような風を切る音と、獣の呻り声。

 車内に入ってきた彼の手がもう一度坂上に催促する。坂上は先刻よりも少し薄い色の赤い液の入ったタンクを渡す。再び同じ音が聞こえた。やがて音と揺れを生じさせながら獣がゴロゴロと道路を転がっていくのが見えた。

 明弥は視線でそれを追った。

「!」

 車が急停止する。

 その勢いで明弥は助手席のシートに鼻先をぶつけた。

「降りて下さい」

「あ、はい」

 男に言われ明弥はそれに従った。

 車の外にはタイヤが滑った跡と血痕のような跡が残されていた。

 そしてその先には、

「っ……!」

 明弥は息を飲む。

 転がっていったはずの獣の姿が無かった。代わりに、傷だらけで全裸の大男の姿。顔こそ見えないがその身体は紛れもなく人間のものだった。彼の腕から血が流れていた。

 意識が無いのだろう。男はその傷を手で覆うことすらしなかった。

「……まさか、死んで……」

「生きていますよ。ただ、良く利く麻酔のようなものを打ち込んだだけです」

(ようなもの?)

 明弥は眉を顰めた。

 と言うことは麻酔では無いのだろうか。

 いや、そもそもこの男は誰で、あの獣と何の関係があるのだろうか。これでは獣が男に変身したようにしか見えない。

 そんなことが、あるのだろうか。

 運転士が車から毛布の様な布を持ってきて大男の上に掛ける。

 明弥は男を見上げた。

 微笑んでいる顔の男の表情が僅か困ったような、悲しそうな色を帯びる。

「彼は私の弟なんですよ」

「え?」

「人狼です」

「ジンロウ?」

「狼男、と言うのが解りやすいでしょうね。月の満ち欠けに左右される訳ではありませんが」

 確かにこの状況を説明するのに、男が狼男だったと言われるのが一番しっくりくる。だが、俄には信じがたい。常識しか信じられないわけではないが、そんなのは都市伝説で現実にいるなんてとても思えない。

 自分が芸能人であれば大がかりなどっきりを仕組まれたかと思うだろう。

 それに、男が人狼ということは兄弟である彼も人狼だと言うのだろうか。赤い髪の男はともかく、この細身の男が狼になる姿は想像が付かない。

「彼は特殊な病気なんです。今、この状態で警察に捕まればもう二度と会うことは出来ないでしょう」

 明弥が言葉を理解するよりも、視線が交わるのが先だった。

 今まで殆ど開かれていなかった男の瞳が明弥の瞳を捕らえた。

「今のこと、見なかったことにしてもらえませんか?」


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